ミラちゃん、ストレス
「神様、救世主を連れてきました」
ーーー楽な仕事だったぜ
言いながらに、ミラちゃんは思いました。1時間前の地上にシーンを戻ります。
友坂勇輝の部屋に突如、ミラちゃんは現れます。ダメージジーンズにスカジャン、サングラスをおでこの乗せたイケイケ姿になったミラちゃんです。
「友坂勇輝、世界を救う救世主になりませんか?」
ミラちゃんは声高らかに言いました。
その時、勇輝のスマホが鳴りました。勇輝はスマホを確認します。勇輝は小さくため息をついて、ミラちゃんを見て言います。
「ロスカットですって」
ーーーロス・カット?
意味はよくわかりませんが、音の響きがミラちゃんは気に入りました。
「それはおめでとうございます」
「おめでたくないけど」
勇輝の声は小さくも、どこにもぶつけようのないエネルギーがこもっています。ミラちゃん、若干引きます。
ミラちゃん、友坂勇輝の風貌を見てアニメオタクだと決めつけます。ジャパニーズのOTAKUについては事前に調査済みです。アニメ好きにぴったりのセリフで勧誘してあげましょう。
「僕と契約して、魔法少女になってよ」
ミラちゃんは決め台詞のように言いました。
「は?」
友坂勇輝は口をぽかんと開けてミラちゃんを見ています。
ーーーなんで知らねえんだよ
心の中で悪態をつきながらも、少し顔を赤らめながらも、ミラちゃんはさらに言葉を紡ぎます。
「救世主になっていただけませんか?別の世界に行っていただきたいのですが」
「はい、喜んで」
「え?」
「え?」
「いいの?別の世界に行くけど。今の世界から離れて」
「ええ、もう本当に喜んで。すぐにでも行けますけど!」
急にテンションの上がる友坂勇輝に、ミラちゃん思います。
ーーーこいつやばいやつなんじゃね?
急に現れた女に、別の世界の救世主になってくれませんかなんて、絶対怪しいのに二つ返事で受けるってやばくね?と謎の俯瞰視点が働きます。
考えるのもめんどくさくなったので、さっさと神様のところへ連れて行きます。ミラちゃん、ここは決め所と声を張ります。
「神様のとろこへ、ワープ!!」
勢いは大事です。友坂勇輝とミラちゃんの辺りに光が放たれたます。
友坂勇輝の表情は何だか高揚しています。ワクワクしているように見えます。何かから解き放たれたように。どれだけこの世界から逃げたいんだ、とミラちゃん少し呆れます。この世界でダメだったやつに別世界に行ったところで救世主になれるんかいな、とミラちゃん呆れ気味の関西弁は特に好きです。
ミラちゃんは友坂勇輝を伴って天上へと戻りました。天の岩屋戸の前に行き、言います。
「神様、救世主を連れてきました」
秒で神様が岩をスライドさせて顔を出します。引き戸のようです。
「え、そいつ?」
神様が友坂勇輝を見て、明らかに残念な表情を浮かべます。見るからに冴えない男なのです、彼は。
さっきまでワクワクウキウキ気分だった友坂勇輝でしたが、神様の反応にみるみるうちにテンションが下がります。
「え、いや、やっぱり僕なんかじゃ、そうですよね」
「大丈夫だ、大丈夫!友坂!いけるって!神様も、ねえ!なんか言ってあげて!」
ミラちゃん、心が痛くなってフォローに入ります。ミラちゃんは思います。
ーーー無駄に繊細だなこいつ!
別の世界に二つ返事で行く大胆さからは考えられない繊細さです。めんどくさい。
「いや、ほんと助かった!まじで!あっちの世界がちょーやばくて!あんたがこないとまじやばかったの!」
謎のギャル語で神様もフォローに入ります。
「ええ、はあ、はい」
とフォローされている自分にさらに惨めさを感じているのか、友坂勇輝は背中を丸め、俯きながら返事しました。
三人は雲の上に立っています。天上ですから。そして三人の上には雲はありません。ですが、どんよりと三人の空気は曇っています。気分は人に移ります。これを打破できるぐらいの鈍感でマイペースなやつは、意外にもこの中にはいませんでした。普段ちょっとウザいぐらいのやつが、こういう時空気も読まずに言動してくれると助かったりするなあ、なんてミラちゃん、同級生の空気の読めない天使ナカノーを思い出したりしました。
三人の誰もが所在なく立ち尽くしていました。
「さ、ということでね!異世界行きましょうよ!」
ミラちゃん、思い切って柏手のように手をパンと叩き言いました。
「はあ」
友坂勇輝は以前テンション変わりません。
ーーー早く切り替えろよ!
ミラちゃん、苛立ちを何とか隠します。
「あ、はい。えっと、はい」
神様も以前居心地悪そうに言いました。
ーーーいや、お前は乗ってこいよ!無理にでもあげてこいよ!お前のせいでこの空気だぞ!
ミラちゃん、ストレスが溜まっています。