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08 がーるず・こんふゅーずど⁉

「お、おげぇぇぇー! げぇぇぇー!」

 運動部の部室近くにある、人気(ひとけ)のない女子トイレ。

 千本木百花が、便器に向かって嘔吐を繰り返している。

「はぁ……はぁ……はぁ……。もう、最悪ですわ……うぷっ!」


 彼女はさっき、水泳部の更衣室で思いもしなかった光景を目撃して、あまりのショックと驚きからこのトイレまで逃げ出してきたのだ。

 彼女が更衣室で見てしまったのは、期待していたはずの「モノ」とは、真逆にある物。ある意味では、百花にとってはとても身近な物だったのだが……。


「い、一体……ど、どういうことですのよ! ……うぷっ! うげげぇぇ……」

 少し体調が戻ってくると、またさっき見たものを思い出してしまって、すぐに気分が悪くなる。

「さっき、ワタクシを連れて行ったイケメンの両脚の付け根には……あるはずの『モノ』が、な、なかったわ! な、なんで……なんで……」

『のじゃー? なんか、足りてなかったかのー?』

 百花の頭の中にアシュタの言葉が響く。彼女と心の中で会話出来ることなど忘れて、百花は声を荒げている。

「足りてなかったわよっ! 全然、足りてなかったでしょーがっ!」

 興奮している彼女には、既に人並みの羞恥心は消え失せているようだ。周囲に人がいたら正気を疑われるようなことを、大声で叫ぶ。

「イケメンの両脚の付け根は、本当はあんなふうにツルっとしてないはずなのよっ! あの部分には、イケメンの最も大事なパーツが……イケメンの息子(イケメン)が……ふてぶてしく鎮座してるはずなのよっ! な、なのに、ど、ど、どういうことなのよ! なんで、何もなかったのよっ⁉ あれじゃあまるで……お、女じゃないのっ⁉」

『じゃが、今更そう言われてものー……』

 騒ぎ立てている百花と比べると、アシュタの様子はずいぶんと落ち着いている。

 それは無理もない。そのときのアシュタにしてみれば、百花のセリフはあまりにも当たり前のことだったのだから。


 アシュタはそれから、百花にとっては青天の霹靂の――しかし、それ以外の者にとってはあまりにも今更な――事実を口にした。

『実際に、あやつは女じゃからのー』

「は、はぁーっ⁉」

『じゃからの。今さっきおぬしの手を引いていった人間は、ゴリゴリで、ガチガチの、ただの女の子なのじゃよー』

「さ、さっきのイケメンが……お、お、お、女ぁーっ⁉ そ、それじゃあ、女が男装していたってこと? な、何よそれっ! そんなの、偽物じゃないのっ⁉ き、聞いてないわよっ! 貴女、ワタクシを騙したのっ⁉ ふ、ふざけないでよっ! ちゃんとやりなさいよねっ⁉ ワタクシの願いは、ちゃんとした本物のイケメンと……」

『いやいや、焦るでない、焦るでない。おぬしは、ちょっと勘違いをしておるぞー?』

 百花の頭の中で、アシュタは百花に対して「どうどう」と動物を落ち着かせるようなポーズをとる。

『あやつは、男装なんかしとらんぞよー? おぬしが言うところの、イケメンの偽物なんかじゃないのじゃー』

「な、なんでよっ⁉ だってさっきの彼は、顔や服装は完璧なイケメンなのに……股の間は、どう見ても女だったじゃないの⁉ あ、あれがイケメンの偽物じゃなくって、なんだっていうのよ⁉」

『じゃからのー。あやつは確かに正真正銘の女なのじゃが……それと同時に、おぬしにとってだけは、「完璧なイケメン」なんじゃー。言い換えるなら、「おぬしの視界の中でだけ完璧にイケメンに見える」、ということになるのかのー』

「ワタクシにとってだけはイケメン……? ワタクシの視界の中でだけ……って、どういうことよ⁉ だ、だってワタクシに見えてるんだったら、それが真実のはずで……ま、まさか⁉」

 そこでやっと、百花も自分の置かれている状況を理解し始めたようだ。

 アシュタは彼女の頭の中でまた『にひひ』と笑うと、彼女を絶望に叩き落とすように、説明を始めた。


『おぬしがわしに頼んだ、「イケメンに囲まれた生活を送りたい」という願い……わしは確かに、それを叶えてやったのじゃー。ただ、その目的の実現のために、ちょーっとだけ「効率的な方法」を選んだのじゃなー。

……じゃって、普通におぬしの願いを叶えようとすると、何人も何十人も……下手したら何百人ものイケメンを、おぬしの周りに用意しなくてはいかんのじゃろー? それだけでもなかなか骨が折れる作業じゃが……その上、そのイケメンたちがおぬしをチヤホヤすることに違和感が生まれぬように、イケメンやその周囲の人間を洗脳する必要もある。その他にもこまごました裏工作も必要になるじゃろうし……そんなの、めんど過ぎるのじゃー。じゃから、もっと根本的な部分を変えて、それと同じ効果を起こすことにしたのじゃー』

「こ、根本的な部分って……そ、それって……実際にワタクシの周囲の世界を全てイケメンだらけに変えるんじゃなくって……。ワタクシが見ているこの視界だけを、イケメンだらけに変えたってことですの……? つまり、ワタクシの目に細工をして、『ワタクシが見るものを無理矢理イケメンにしちゃった』っていう……」

『その、通りなのじゃー!』

 嬉しそうに言うアシュタ。しかし、百花の方は全く嬉しくなどない。

「な、何よそれーっ⁉」


『今のおぬしは男から完全に隔離されていて、周囲には女しかいないじゃろー? じゃから、その女どもが全員イケメンに見えるようになれば……つまりおぬしの世界は、イケメンだらけになるってことじゃー! じゃからわしは、おぬしの家のメイドたちや、この学校の女子生徒、それ以外のありとあらゆる女も……おぬしの目に入る女を、例外なく全てイケメンに見えてしまうようにしたのじゃー!

どうじゃー? こうすれば、無数のイケメンを作るために何度も魔法を使わずとも、おぬし一人に魔法をかけてやるだけで、おぬしの願いを叶えることが出来るじゃろー?

うーむ。我ながらなんとも効率的で、頭のいいやり方だとは思わんかー?』

 百花はアシュタの問いには答えずに、うつろな表情で質問を返す。

「じゃ、じゃあ……今日会ったイケメンたちは全員……いつもワタクシの周りにいた女、だったってことなの……? ただワタクシの目に、イケメンに見えただけで……」

『そうなのじゃー。もう少し正確に言うなら……実は目だけでなく五感全てで、おぬしが女をイケメンと錯覚するような魔法をかけたのじゃー。まあ、わしは人間の男の股間がどうなっとるのかなんて知らんから、そこはオリジナルのまま手つかずなんじゃがなー。

ちなみに、さっきおぬしの手を引いていった水泳部員は、おぬしのクラスメイトの水科(みずしな)千尋(ちひろ)じゃな。これまでおぬしによく突っかかっておった、あの黒髪ロングの学級委員長じゃー。わしや他の人間には、あやつはただのツンデレ美少女にしか見えぬのじゃが……おぬしの目には、独占欲が強い俺様風イケメンにでも見えておったのではないかのー?』

「あ……ああ……」

 ショックのあまり、ガクッとトイレの床に膝を落としてしまう百花。アシュタは、気にせずに更に彼女を追い詰める。

『それから今朝、その千尋からおぬしをさらっていったチャラい茶髪がいたと思うが、当然あれも女じゃよー? おぬしと同じクラスの、福地(ふくち)(あおい)じゃー。本物がギャルっぽかったから、おぬしにはホスト風のチャラ男に見えるようにしてみたのじゃが、どうだったかのー? まあ、あやつは軽そうに見えて、実はなかなか一本筋の通った情に厚い性格のようじゃから、今朝の行動も、きっとおぬしと友情を深めたかっただけなのじゃろーなー。

あ、あとそれから、その後に現れた教師はおっとり系巨乳の……』

「……かじゃない」

『のじゃー?』

 アシュタが調子よく語っていたところで、百花が、喉の奥から絞り出すような声を出した。

 頭の中にいるのだから、そのとき百花の考えていることなど当然分かっているはずだったが……アシュタは小馬鹿にするように聞き返す。

『何じゃのー? よく聞き取れなかったのー。もう一度、ちゃんと言ってもらえるかのー?』

 百花は体を震わせている。

「ば、ば、ば……」

『んー? ばー?』

「バ、バ、バ……バカじゃないのーっ!」

 そこで彼女は、魂を込めた全力の叫び声をあげた。


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[良い点] 8/8 ・お、おうふ。これは大変だ。 [気になる点] どうなってしまうのか。予測不可能です
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