03 がーるず・あいそれいてっど!
昔ヤンチャした武勇伝を自慢げに語る田舎のヤンキーのように、自らの過去の過ちを堂々と恥ずかしげもなく披露している百花。
そんな彼女を無視して、天乃はさっさと話を先に進めてしまうことにした。
「お嬢様がそんな恐ろしい事件を『やらかして』しまったことに危機感を感じた奥様は、すぐに手を打ちました。ご自分の娘の将来を案じ、その心の内に潜むモンスターを封印しようとしたのです。……かくしてその日からお嬢様の周囲からは、男性という男性がことごとく排除されることになってしまったのでした」
「そ、そうよ……」
「お屋敷内の男性は、執事から調理師、庭師や雑用係に至るまで容赦なく解雇され、新しく女性のスタッフが雇われることになりました。それまで通っていた名門小学校もその日のうちに転出の手続きがなされ、それ以降はお屋敷で専属の女性家庭教師がお嬢様の教育を担当することに。それでも、高校生になってようやく屋敷の外の高校に通うことが出来るようになったかと思えば……そこは奥様が百花お嬢様のために新設した、完璧な管理によって絶対的に男子禁制が貫かれた、私立女子校だったのです。もちろんそこへの送り迎えも、今お嬢様が乗っているこの専用リムジンを使うことで、偶然男性に会ってしまう可能性を無くしているという徹底ぶりで……」
「そうよ……。そうなのよ……」
「それはもう完璧に、お嬢様から男性を遠ざけるような措置がとられるようになったわけです」
「完璧、過ぎるのよっ! やりすぎよっ! 何も、ここまですることないじゃないのっ⁉ 子供のときのワタクシが、ちょっと『オイタ』しちゃっただけでしょうがっ⁉ それなのに、ここまでする必要があるっ⁉ イケメンを遠ざける、なんてそんな甘っちょろいものじゃわよっ! 男性を思わせるあらゆるものから、完全に隔離されちゃったのよっ!」
「お嬢様を地下牢に幽閉しなかっただけでも、感謝するべきだと思いますけどね」
「ここまでやられたら、もうそれと同じようなものよっ!」
溜まっていたうっぷんを発散するかのように、百花は叫び散らす。
「毎日毎日ワタクシの目に入ってくるのは女、女、女……女だけっ! 学園の生徒、教師が全員女なのは当然として。その誰もが、男友達どころか兄弟すらいないのよっ⁉ 父親だっていないか、いても海外に単身赴任してるとかで……。ワタクシがどれだけ彼女たちと親しくなっても、絶対に男と知り合うことが出来ないようになっているんだわっ!」
「学園には、『お嬢様に男性を紹介すると、その日のうちに一家まるごと神隠しにあう』という噂を、まことしやかに流してあります。学園の生徒や教員たちから、お嬢様が男性に巡り合うことは出来ないでしょうね」
「しかも、それだけじゃないわよっ⁉ 本や雑誌はもちろん、TV、ラジオ、インターネットにいたるまで! ワタクシが目にし、耳にするあらゆるものが事前に『検閲』されていて、男性の存在がことごとく削除されているのよっ⁉
英語の教科書にはSakiとMaryとEllenしか出てこないし! 日本史は卑弥呼と推古天皇、世界史はマリーアントワネットだけでかなりのページを使ってるわっ! どうしても男性を想起させる表現を出さなきゃ説明出来ないところだって……この通り!」
百花は通学鞄から化学の教科書を取り出して、運転席のメイドに見せつける。
「モザイクと黒塗りがされてるのよっ⁉ 何よこれっ⁉ いったい、どんないやらしい教科書なのよっ⁉」
「奥様は、そういったものを見せることで、お嬢様がかつての変態性を取り戻してしまうことを危惧されているのです」
「いくらワタクシだって、遺伝子の『Y染色体』って文字を見て、興奮したりなんかしないわよっ! やりすぎなのよっ!」
「ああ、その部分は解読出来てしまったんですね? もっとモザイクを濃くするようにと、担当者に言っておきましょう」
勢いがついてきた百花は、更に言葉を続けようとする。
「TV番組だって、男性が出てくるところは全部モザイクとピー音だし! アニメだって、男性キャラは全員『検閲』で真っ黒に塗りつぶされているのよっ⁉ おかげでほとんどの作品が、前衛的な影絵アニメみたいになっちゃってるわ! まともに内容が分かるのなんて、せいぜい漫画タイムけららが原作のものくらいで……」
だがそこでちょうどリムジンが、彼女の住む豪邸の玄関に到着した。
「お嬢様、お屋敷に到着しました」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! まだワタクシは、全然納得出来てなくて……!」
「ごちゃごちゃ言わずに、どうぞ、さっさと車から下りてください。私、これから予定がありますので」
「むぅーっ!」
メイドのぞんざいな態度にイラっとする百花だったが、彼女にどれだけ愚痴をこぼしたところで、状況が変わるわけでもない。そもそもこの仕打ちは全て、絶大な権力と財力を持つ百花の母親が作り出したものだ。彼女のその力はあまりにも絶大すぎるため、世間からはほとんど物理法則や自然災害と同じように扱われているくらいなのだ。それを思い出して、結局素直に従うよりなかった。
だから、リムジンから下りる直前にメイドの天乃が煽るように、「実はこれから私、イケメン青年実業家と合コンなので」なんて言っても、百花は腹を煮えくり返らせることしか出来ないのだった。
屋敷に入ってからも、
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「お嬢様、お疲れではないですか?」
「お嬢様……」「お嬢様……」「お嬢様……」
無数のメイドたちによって、百花は申し分ないような最上級のもてなしを受けるのだが……それでも、彼女の心が満たされることはなかった。
ああ……どうしてこんなことになってしまったのかしら?
イケメンに囲まれた、みだらで退廃的な日々を送りたいというワタクシの小さな願いは、もう決して叶わないの……?
神様、あなたが本当にいらっしゃるのなら……どうかワタクシを、この世のどこかにあるという、イケメンだらけの「イケメン♂パラダイス」へ……。あるいは「イケメン忠臣蔵」とか「イケメン三国志」とかの世界に、連れて行ってくださいませんか……?
イケメンずくしのイケメンフルコースで、「むにゃむにゃ、もうイケメン食べられないよぉー」とか、言わせて下さいませんか? どうか……どうか……。
いつものように、そんな残念すぎる祈りをささげてから、百花はその日も眠りについた。
そして……。
『おぬしの願い、わしが叶えてやるぞー。にひひひ……』
次の日、彼女のその願いは、「神ではない別の存在」によって叶えられたのだった。