10 がーるず・ほーんてっど?
「ようこそ、皆さん……。999羽の鷹の亡霊に支配された……この、恐ろしい館へ……。耳をすますと、聞こえてきませんか? 皆さんを1000羽目にしようと狙っている、無数の羽音が……!」
おどろおどろしい声色のナレーションの途中で……、
バチッ!
突然、建物内のライトが消える。そして、
バサバサバサッ!
大きな鳥が、部屋の天井付近を縦横無尽に羽ばたく音が響き渡った。
「きゃー、こーわーいー」
「ちょっと、貴方⁉ こ、こんなところでいきなり抱きついたりして、そ、そんな大胆な……って、いやだわっ⁉ ど、どこを触ってますのよっ⁉」
「えー? なんかー、変なとこ触っちゃったー? アタシ、真っ暗だから全然わかんなーい」
「も、もおう、ハレンチな人ですわね……。でも、そんなチャラいところが逆に、ワタクシの被虐性をビンビン刺激しますわぁ……。ああ、こんなイヤらしいチャラ男にトコトンもてあそばれて、ゴミクズのように捨てられることを想像したら……た、た、た、たまりませんわぁ……」
ライトは消えたが、それ以外にもどこかに予備ライトがあるらしく、周囲は真っ暗というわけではない。小さい子供でも我慢できる程度の、薄暗がりだ。そんな中で、人目をはばからずにイチャつく百花と福地蒼。
蒼がチャラ男ではなくギャルに見えている周囲の人間になら、その光景は女友達同士の少し過剰なスキンシップとして捉えられただろう。
「……」
そんな二人のすぐ後ろでは……今彼女たちがいるホラー系アトラクション、『ホーク・テラー・マンション』の展示物の一つかと見間違えそうなほど死んだ目をして二人を見ている、鷹月ソラがいた。
「うぅ……。せっかく水科さんのガイドから逃げ出せたと思ったのにぃ……。どうして今度は、福地さんがいるのぉ……?」
うらめしそうに、喉の奥から搾りだすソラの声。
「ふっふーん」
そんなソラに見せびらかすかのように、百花に抱きつきながら蒼は得意げに微笑む。ここまでは、彼女の作戦の通りだ。
蒼はシャワールームから出たあと、ソラと百花を無理やりこのアトラクションまでつれてきたのだった。
「えーんえーん、モモカっちー。アタシ、怖いよー。アタシを励ますと思って……いい子いい子してー?」
「え、そ、そんな……い、いくら周囲が薄暗いからと言って、こんな公衆の面前で、ワタクシがそんな、はしたないことを出来るはずが…………。いい子いい子……」
「わーい、やったー。じゃあ、アタシもモモカっちにいい子いい子してあげるねー。よしよし、いい子いい子ー」
「あ、ああ……な、なんですの……この、プレイは? なんとも言えない背徳感が、クセになりそうですわぁぁぁ!」
『……あの、福地様?』
そこで突然、蒼のつけていたピアスから、かすかな声が聞こえてきた。百花の家のメイドである、天乃の声だ。現在彼女は、百花に気づかれないように少し離れた位置に隠れている。ただ、蒼とだけはいつでも連絡が取れるようにと、彼女にピアス型の無線送受信機を渡していたのだ。
『本当に、大丈夫なのでしょうね? その、作戦のほうは……? さっきから、暗がりに乗じてお嬢様にセクハラまがいなことを繰り返して、遊んでいるだけにしか見えないのですが?』
「だいじょぶ、だいじょぶー」
ピアスの向こうの天乃にだけ聞こえる声でそういいながらも、いまだに百花に対するセクハラをやめない蒼。
『はあ……』
離れた位置からそれを見ている天乃の表情には、もはや呆れを通り越して諦めの色がうかがえる。蒼は、そんな天乃に申し訳程度のフォローを入れるように、小声でピアス型送受信機に応答した。
「ほーんとに、だいじょぶだってばー。だってさー……アタシたちが今いるこのアトラクションってー、言ってみればお化け屋敷みたいなモンなわけでしょー?」
『……まあ、大きく分類すれば似たようなものだと思いますが……それが何か?』
「ここがお化け屋敷ならー、アタシが考えた完璧な作戦が使えるってことじゃん! そしたら、絶対成功間違いなしだもん! だから、心配いらないんだよー」
『そうは言われても、現状ではとてもそう思えないからこそ、私が今心配しているのですけれどね。それで、その作戦とはなんなんですか?』
「聞きたいー? アタシの考えた、完璧な作戦聞きたいー?」
『はいはい、聞きたいです。聞きたいです。だから、さっさと教えてください』
「モモカっちのイケメン好きの気持ちを利用してー、モモカっちをアタシに夢中にさせてソラっちから引き離すー、その、完璧で完全な作戦とはぁー……」
『その作戦とは?』
「その、まったく新しい画期的な作戦とわぁぁぁぁー……」
充分すぎるほど充分にタメを作ってもったいぶってから、ようやく蒼は言った。
「その名も……『吊り橋効果作戦』でーっす!」
『うっわ……』
タメにタメた割に、あまりにもありきたりな言葉が出てきて、思わず本音をこぼす天乃。
『古っ。半世紀近く前からあるやつですね。この令和の時代に、ドヤ顔で言っていい作戦ではないですね』
「えー? だめかなー?」
しかし、蒼は気にせず、相変わらずひょうひょうとしている。
「古いのにいまだに残っているってことは、それだけ信ぴょう性があるってことですよー? 今でもたくさんの人にとって、無視できない意味があるってことですよー? ほら、『古きを温ねて、新しく知る』なんてことわざもありますしー。オールドスクールなファッションも、一周回ってリバイバルしたらニュースクールじゃーん?」
『……ツッコミどころが、多すぎです』
「まーまー。とにかくさ。こーゆーのは、アタシらみたいのに任せとけばいいんだってばよー。だって遊園地なんて、ギャルのホームグランドみたいなもんなんだからー? 遊園地のフィールド効果でギャル属性キャラのパラメータ爆上げで、キューピットのハートの矢のエイム命中率だってチート級なんだからー!」
『はい……そうですか』
結局最後には面倒になってしまったのか、全部スルーしてしまう天乃だった。
やがて、蒼と百花とソラたちはそのアトラクションの奥へと進み、ついに蒼の『吊り橋効果作戦』は本格的に開始された、のだが……。
しかし、やはりそんな単純な作戦だけでは、残念お嬢様の名を世間にとどろかせる千本木百花を攻略できるはずもなかった。
「どっひゃー! あっちこちから、怖ーいお化けがたくさん現れてきたよーっ⁉ さあさあモモカっちー! 今こそお化け屋敷の恐怖のドキドキを恋のドキドキと混同して、アタシの胸の中に飛び込んでおいでー……って」
「あら! あんなところに、幽霊系影薄いイケメンがいますわっ!」
「……へ?」
両腕を広げる蒼を押しのけて、飛び出していく百花。
アトラクションの一部の、「館にいる恐ろしい鷹たちの被害者となってしまった女性の幽霊」という設定のホログラム映像まで駆けていくと、そのつかみどころのない映像に触れようと腕を伸ばしたり、ぴょんぴょんジャンプを始めた。
「ああんっ! ワタクシがどれだけ手を伸ばしても、幽霊となってしまった貴方の体には触れることは出来ないのねっ⁉ これこそ悲恋っ! なんてロマンチックなのかしらっ!」
「あ、あのー……モモカっち?」
さらには、
「まあ! あっちには、ゾンビ系不健康イケメンまでいるじゃありませんのっ⁉」
と叫ぶと今度は、「一度は死んだのに、鳥葬の途中で鷹が媒介した未知のウイルスによって蘇った女性」という設定の、ゾンビのハリボテに向かって飛び掛かる。ほとんど、プロレス技のボディプレスだ。
「ああっ! もはや生前の記憶をなくして、血肉を求めて生者に襲い掛かるイケメン! ……それでもワタクシは、イケメンの貴方にだったら、食べられてしまっても構わないわっ! さあ、思う存分ワタクシをむさぼりつくしてちょうだいっ!」
「いやいやいや……」
「ああ! あちらの棺桶からはヴァンパイア系八重歯が可愛いイケメンが! そっちのピアノを弾いているのは、透明人間系イケメンね⁉
もう! 次から次へと新種のイケメンが現れて、よりどりみどりじゃありませんのっ⁉ 全く、恐ろしいアトラクションですわね、ここはっ! ……ぐふふふふ」
だらしない笑みを浮かべながらヨダレを垂らしている百花。蒼は開いた口がふさがらないという様子で呆れている。
「あ、あれー……? お化け屋敷の恐怖による吊り橋効果で、アタシにドキドキさせるはずだったんだけどなー……? モモカっちったら、アトラクション中のあらゆるホラー要素をイケメンに変換しちゃって、もはやただのコスプレホストクラブくらいにしか思ってないんじゃねー? あっははー……」
百花のイケメン狂いは、蒼の想像をはるかに超えていたようだ。
『……全然、だめじゃないですか』
やっぱりね、という声の調子で、ピアス型トランシーバーから天乃の声が聞こえてくる。
「い、いやー。だってまさか、モモカっちのイケメン好きがここまですごいとは、普通思わないじゃーん? っていうか、幽霊系イケメンとかゾンビ系イケメンくらいまでならまだしも……透明人間系イケメンなんてジャンル、本当にあるの? モモカっち、もうイケメンってつけとけば何でもよくなってない?」
『私たち常人の考える普通が通用しないのが、残念お嬢様の、残念お嬢様たるゆえんなのです。福地蒼様でも、お嬢様を攻略することは出来ませんか……となると、本当に不本意ですが私が……』
嫌々という感情を隠さず、そんなことをつぶやく天乃。そんな彼女の言葉を遮るように、蒼は「ふっふーん」と鼻を鳴らした。
「まあ、今までもアタシが散々誘ってきたのに、全然仲良くしてくれなかったモモカっちだしねー? これぐらいで攻略出来たら、世話ないよねー? ……しゃーないなー。それじゃあ、ちょーっと本気出すかー」
『今のは、本気ではなかった……とでもおっしゃるのですか?』
「まあ、ねー」
蒼は、いまだにゾンビ風のハリボテに夢中で抱きついている百花を見下ろしながら、ゆっくりと右手を上げる。そして、
「ギャルってゆーのは、えてしてアドリブに強いもんでしょー?」
と言って、パチンと指を鳴らした。