06 がーるず・えんかうんたーど!
「と、とりあえず、ずっとここでこうしてても仕方ないし……そろそろ、ジェットコースターの方に行かない? 百花ちゃん」
そう言って、ソラがイーグレッ子ちゃんから百花を引きはがそうとしたとき……。
「ちょっと待ってよ!」
そんな彼女たちに、声をかける者がいた。
「え……?」「?」
声のした方を向くソラ。百花も、キグルミにうずめていた顔を上げる。
そこにいたのは、スカート姿の美少女委員長――あるいは、ダメージジーンズをはいた俺様イケメン――の、水科千尋だ。
「え? み、水科さん? ど、どうしてここに……?」
天乃の策略を知らないソラは、その姿に驚く。
千尋は、ソラに掴みかかる。そして、恐ろしい剣幕で言った。
「鷹月ソラさん! あなた、分かってるの⁉」
「え? え?」
「自分が今しようとしていることがどういうことか、分かってるのって聞いてるのよ!」
「い、今……私が、しようとしてることって……」
チラリと、百花の方を見るソラ。
彼女も、何が起こっているのかよく分からないようで、キョトンとした顔でこちらを見ている。
今、自分がしようとしていること。
それは、始まったばかりの「遊園地デート」で百花にいい印象を与えて、その最後に愛の告白をすることだ。
そのことについて、目の前の千尋がどれだけ知っているのかは分からないが……しかし、こんなふうに激しい剣幕で詰め寄って来る理由は、一つしか考えられない。
つまり、彼女は自分の恋敵なのだ。
一瞬のうちにそこまで考えたソラ。
そうとなれば、負けるわけにはいかない。驚きと恐怖で震えてしまっていた体を奮い立たせて、千尋をにらみ返す。そして、叫ぶように答えた。
「わ、私のやろうとしていることが、何か問題でもあるんですか⁉ 私は今、そこの百花ちゃんとデートしてるんです! これから一緒にジェットコースターに乗ったりして、それから最後に、観覧車で……」
反抗されるとは思っていなかったのか、一瞬ひるむ千尋。しかし、それはすぐに更なる怒りへと変わり、彼女はソラに向けて大きく手を振り上げた。
「あなたね! いい加減にしなさいよねっ!」
「ひぃっ!」
なけなしの勇気だけでは、とっさの反応まではどうにもならない。殴られるのかと思って、ソラは思わず目をつぶってしまう。
そして、真っ黒の視界の中で、千尋の次の怒号を聞いた。
「だから……『よやくパス』は手に入れてるのか、って聞いてるのよ!」
「……え?」
聞こえてきた言葉が予想外過ぎて、全く意味が分からない。ソラは、恐る恐る目を開ける。
そこには、さっきと変わらず恐ろしい形相で自分をにらみつける千尋がいる。しかしどうやら彼女は、自分を殴ろうとしたわけではなかったようだ。
さっき振り上げていた右手は、今はソラの顔の目の前で止まっている。しかも、その手の中には、何かのウェブサイトを表示しているスマートフォンが握られていた。
「え、えと……」
そのウェブサイトには、こんなことが書かれていた。
人気アトラクションに乗りたい! でも、行列に何時間も並ぶのは嫌! そんなあなたには、『よやくパス』がオススメ!
事前にパスを取得して時間予約をしておけば、行列に並ばなくても予約した時間にすぐアトラクションに乗ることができます。『よやくパス』の取得は、各アトラクション入口の端末か専用アプリで。
「え? あ、あの……これって……?」
やはり千尋の意図が理解できず、ソラはクエスチョンマークを浮かべた表情を向ける。それに対して千尋はオーバーに首を振って、
「ああもう、信じられないわっ! まさか、『よやくパス』も知らずにジェットコースター……正式名称『ビッグ・ラプター・マウンテン』に手を出すなんてね。このパーク最大と言われて恐れられている順番待ちの行列に、並ぶつもりだったんじゃないでしょうねっ⁉」
と、高圧的な声で言った。
「あ、あー……」
そこでようやくソラも、千尋が言っていることを理解することが出来た。
彼女は、百花とデートをしている自分に敵意を向けているわけではない。単純に、自分たちが人気アトラクションに向かうと聞いて、行列対策はしてあるのかと心配してくれただけなのだ。
緊張がほどけて、ソラは少しリラックス出来た。というか、さっき千尋のことを「自分の恋敵だ」とか言っていた自分が少し恥ずかしくなったくらいだ。
そんな気持ちを誤魔化すように微笑みながら、ソラは千尋に言った。
「あ、あはは……心配してくれてありがとう。で、でも多分、大丈夫だと思う。
じ、実はさ、このパークの経営者は私のお父様なんだけどね……。そのお父様にお願いして、今日はこのパークが臨時休館日っていう告知をバラまいてあるんだ。だから、どれだけジェットコースターが人気だったとしても、今日に限っては行列なんか出来るはずはないんだよ。
そりゃあ、私だってその『よやくパス』は知ってたけどさ……。でも、今日の私たちのプランに不要なものは、取らなくてもいいじゃない?」
「ああ、そうなの……」
一旦、納得したかのように、スマートフォンを持った手を下ろす千尋。しかし、そこでまたスマートフォンを操作して、今度は何かのSNSのアプリ画面をソラに見せた。
「残念だけど、『フェイクの休館日』なんて、この『鷹パー情報共有掲示板』で、とっくに流出済みよ? むしろ、『今日は一般人が少ないから遠慮しなくていい』とか言って、普段はたまにしか来ないようなガチ勢がたくさん押しかけてるくらいなのよ?」
「え? 情報共有……掲示板? 私、そんなの知らないんだけど……?」
「そりゃあまあ、これは非公式サイトだからね。あなたが知らなくても、仕方ないわよ。でも、この業界じゃあ有名なオタクの人が運営してるんだから、信頼性はお墨付きよ。
ちなみに……『ビッグ・ラプター』の待ち時間は今じゃもう、だいたい三時間くらいにまで増えてるわよ? これじゃあ、いつもとほとんど変わらないんじゃない?」
言われてソラが改めて周囲を見回してみると……確かに、あらかじめ休館日と周知していた割には、パークのお客の数はそんなに少なくはない。千尋が言ったように、いつもの休日の混雑具合とそう変わらないだろう。
「そ……そんな……。それじゃあ、本当に……?」
いまだに現状を把握しきれていない様子のソラは、あっけにとられている。そんな彼女に耐えかねるように、千尋は、
「ああ、ラチが明かないわっ! 貸しなさいっ!」
と言って、ソラから二人分の入場チケットを奪い取る。そして、懐から出した自分のチケットと合わせて、慣れた手付きでスマートフォンのカメラで撮影し始めた。どうやら、チケットのバーコードをアプリでスキャンしているようだ。
それから、
「はいっ! これで、『ビッグ・ラプター』の私たち三人分、二時間後の回を予約しておいたわ!」
と言って、ソラにチケットを返した。
「あ、ありがとう……」
千尋に完全に主導権を握られてしまったソラは、焦り混じりの表情でそう言うのが精いっぱいだった。
そして、その二人のやりとりを見守っていた百花はといえば……、
「ああんっ! イケメン二人が、ワタクシを巡って争っている! これこそ、全女子の憧れのやつ! 『二人ともやめて! ワタクシのために、ケンカしないでっ!』ってやつですわっ!
でも、口では『やめて』なんて言いながら、その心では……二人の争いが激しければ激しいほど自分への愛の大きさを感じて……快、感! なのですわぁーっ!
さあっ! もっとやりなさいっ! もっと激しく! もっと醜く! ワタクシを取り合って、お互いに全力をかけて戦いなさいっ! おーっほっほっほーっ!」
と……。
相変わらず、自分にしか見えない『イケメンの幻』に囚われてしまって、二人の少女たちの本当のやり取りなど、知る由もないのだった。
――――ここからしばらく、百花の見ているイケメンの幻はほとんど変わり映えしないので、一旦無いものとして記述する――――
「さあっ! いまのうちに、別のアトラクションを回るわよっ! それで⁉ 『ビッグ・ラプター』の他は、どこに行く予定だったの⁉」
せきを切ったように行動を開始する千尋。
「え、えっと……ジェットコースターの次は、イグデレラ城の前でお昼のパレードを見て……。そのあとは適当に百花ちゃんの行きたいところをまわりながら、夕方になったらパーク内のレストランでご飯を食べて、最後に観覧車で……」
ソラが質問に答えている途中で、「却下ね」と無下にその言葉を切り捨てしまう。
「十二時のパレードはもう既にいい場所は取られてて、今から行ってもキャストは米粒ほどの大きさにしか見えないわ。ましてイグ城周辺なんて一番人気なんだから、今更動いても遅すぎよ。しかも……そのあと『適当に行きたいところをまわる』ですって? あなた、本当にこのパークの経営者の子供なのっ⁉ 何もかも、甘く見すぎよ⁉
今からなら……まず、昼のパレードはどうやったって間に合わないからいっそあきらめて、その通り道からは一番遠い位置にある『イッツ・ア・ス猛禽ワールド』と『イーグレッ子ちゃんのまんまるハント』を狙うのがいいわ。パレードに人が集まっている分、少しは空いているはずだから。
その二つを乗り終わる頃には、ちょうど予約時間くらいになるだろうから、周辺のグッズショップを物色しつつ『ビッグ・ラプター』に行って……あ、そうそう! 今日は、私のイチ押しの面白いキャストさんが『イーグル・クルーズ』の船長さんを担当する日だから、ここは外せないわね⁉ そのあとは、状況次第ではすぐ隣の『イーグラシック・パーク・ザ・ライド・3D』にも行けるかもしれないけど……まあ、それについてはあんまり期待しないほうがいいわね。『イーグラシック・パーク』は最近改装して内容が新しくなったばかりだから、『よやくパス』も取れないと思うし……。
で、最後は……はあ? 観覧車? あなた、本当に何も分かってないのね⁉ やっぱり鷹パーに来たからには、最後は『イグレ子リカル・パレード』で締めなくっちゃでしょ! ……ええ。もちろん『イグ・パレ』だって、本来なら最低二時間前から場所取りしなくちゃ、お話にならないんだけれど……。実は、先週来た時に偶然見つけた私だけの穴場スポットがあるから、今日はそこを使えば大丈夫。三十分前に行って、テイクアウトしたフードをつまみながら待ってれば、最高のイルミネーションが見れることを約束するわ!
まあ、そのスポットが鷹匠の皆さんにもバレてしまうのは避けられないでしょうけど……それはこの際、仕方ないわね。あ、鷹匠っていうのは、私たちの業界で、ごく一部の熱狂的な鷹月イーグルパークマニアだけに与えられる、名誉ある称号のことなのだけど……」
「う、うん……」
まくし立てる千尋。ソラは、圧倒されて相槌を打つことくらいしか出来ない。
「で、でも……」
それでも。
百花の前で一方的に言われ続けるのがカッコ悪いと思い、言葉が途切れた瞬間を狙って反撃に出る。
「ほ、ほら……ここってさ、私のお父様が経営してるパークでしょ? だからいざとなったら……スタッフに私の名前を言ったら、行列とかパレードの場所にも割り込ませてもらえたり……な、なーんて」
しかし、そんな付け焼き刃の反撃は、「鷹パーガチ勢」の千尋の心を逆なでするだけだった。
「……あなたそれ、本気で言ってるの?」
「え?」
千尋の目が、すべてを飲み込むブラックホールのように漆黒に染まる。
「今日は普段にも増して、ガチ勢の割合が多くなってるって……私、さっき言ったわよね? 血に飢えた大量の鷹パーマニアたちを前にして、もしもそんな『マナー違反』をしたりしたら……どうなると思ってるの?」
「え、え……? ど、どうなるの……?」
千尋がぐぐぅーっと、ソラに顔を近づけてくる。その間も、彼女の目は瞬き一つせずに、ソラをとらえていた。
そして彼女は、ドスの利いた声で、つぶやくように……、
「鷹匠たちによる、リアルな『まんまるハント』…………つまり、命の保証は出来ないわよ?」
と言った。
「じょ、冗談……だよ? や、やだなー、冗談にきまってるじゃなーい……?」
かろうじて、そんな言葉を返すソラ。
「あら、そう……。それならよかったわ……」
千尋も、それを聞いて近づけていた顔をソラから離して、さっきまでの表情に戻った。
「うふふふ」
「は、ははは……」
パーク内で自分の身分を利用するのは得策ではないと、理屈ではなく本能で悟るソラだった。
それから、元通りのただの「テーマパークオタク」になった千尋は、
「ああ、こうしちゃいられないわっ! 鷹パー攻略は、時間との勝負なのよっ⁉ こんなところでだべってないで、さっさと次の『ス猛禽ワールド』に向かうわよっ⁉」
と叫ぶと、走り出す。
そして、その途中で、いまだにマスコットキャラのキグルミに抱きついたままの百花を強引に引っ張り上げる。
「千本木さんっ! あなた、いつまでイーグレッ子ちゃんに抱きついてるのよっ⁉ キャストの皆さんを困らせるなんて、ゲストの風上にも置けないわっ! そんなことじゃあ、いつまでたっても名誉ある鷹匠の称号をもらえないわよっ⁉ さあ、行くわよっ!」
そして、百花の手を引いて、パーク内を自分の庭のように縦横無尽に走っていった。少し遅れて、追いかけるソラ。
「ま、待ってよーっ! ちょ、ちょっとー! これは、私と百花ちゃんのデートなんだからーっ!」
「おーっほっほっほーっ! 強引な俺様イケメンが一歩リードかしらーっ⁉ でも、まだまだ分かりませんわよーっ⁉ 最終的に、このワタクシのハートを奪い去るのは、どちらのイケメンなのかしらーっ⁉ ……って、っていうかむしろ……『どっちか』なんて言わずに、いっそお二人でシェアして半分ずつワタクシを召し上がっていただきたいくらいですわーっ! おーっほっほっほーっ!」
「千本木さん、ちょっと静かにしなさいっ! 鷹パーは、エリアごとに異なるBGМを鑑賞するというのも楽しみの一つなのだから…………あ! あそこに『隠れイーグレッ子ちゃん』がっ! ああ、あそこにもっ!」
「ああーん、もおーうーっ! どうしてこうなっちゃったのーっ⁉」
そんなことを言いながら、走り去る百花、千尋、ソラの三人だった。
そんな三人を、建物の陰に隠れて、ギャルの蒼と、毒舌メイドの天乃が見ていた。
「さすが、水科千尋様です。アッと言う間に、あの場をコントロールしてしまいましたね。たしか水科様は、イギリスの由緒正しい名門貴族であるリリィスカヴィル家の血を引いていると聞いておりましたが……。あの人心掌握力は、まさに人の上に立つ者として持って生まれた、天賦の才ということなのかもしれませんね」
「いやいやいや……。あれ、ただ単にチヒロっちが、このテーマパークのガチヲタってだけでしょ……? っていうかもう、趣旨忘れて普通にパーク楽しもうとしてない?」
そういえばさっきこのパークに入るとき……天乃がチケットを買ってくれようとしたのを断って、千尋が普通に自分の年間パスポートを使っていたのを、今更ながらに思い出す蒼だった。