1ー3
「え」
声にならない声が彷徨う。
突然の通告だった。『あなたたちの全国制覇は叶わない』。
「誤解、しないでください」
竹本はなおも続けた。
「一般論を述べているのではありません。全国数千校という確率の話をしているわけでもありません。しっかりと、あなたたち一人一人の姿を見つめた上で、全国制覇は絶対に不可能だと言っているのです」
「友渕中に赴任することが決まってから私は、実は何度もここに足を運んでいました。そしてあなたたちの練習風景を、陰ながら見守らせていただきました」
ぎくり。
放出の心が、後ろめたくざわめいた。
「見ていましたよ、一部始終。お遊びのような練習を。明確な目的もなく走り回って、疲れたらひっそりと足を止める。老久保監督の放任主義をいいことに、定められた基礎トレを疎かにして試合形式ばかりを繰り返す。そりゃあ、さぞかし楽しかろうと思いますよ。あなたたちが部に愛着を抱くのもわかります。先輩との上下関係もそこそこに、プレーの合間、練習の隙間に交わされるのはゲームやテレビのことばかり。さぞかし居心地のよかろうこととお察しします」
11人は顔を伏せていた。誰もが心で理解しながら、居心地のよさを捨てるのが恐ろしくて胸の中に留めていた『罪』。誰も言い出さないから、自分も甘えていた。心地のよいぬるま湯に肩まで浸かり、口先で全国制覇を唱えていた。
「ですが」
竹本が、大げさに論調を切り返した。
「これは、あなたたちが悪いのではありません」
意外な言葉に、環七は恐る恐る顔を上げた。
「老久保先生の前でこんな話をするのは憚られますが、選手たちが本気にならぬのは、選手自身ではなく、指導者側の落ち度なのです。選手たちを『本気にさせてあげられなかった』。選手たちがその瑞々しい情熱を傾けるに見合う『部活の価値』を提供してあげられなかった、大人側の罪なのです」
11人の竹本を見る目が、明確に変わってきていた。依然、廃部を突きつける竹本に対する敵対心が溶けて無くなったわけではない。それでも、竹本の力強い言葉は、少なくともこれまでの友渕中では聞いたこともなかった情熱的な『部活論』は、たしかに11人の琴線に触れていた。
「そして、私が指導者として『部活の価値』を提供できる場は、幼い頃から親しんできた野球という舞台でしかありえません。これが、断じてサッカー部の顧問を引き受けない理由です」
11人は揺れていた。
現段階でそのことを公言したりはしないものの、すでに竹本の新設する野球部に心惹かれてしまっている者も中にはいた。けれどやはり、事はそう単純ではない。彼らの中には、これから最後の大会を迎えようとしている先輩たちの存在があった。
「……2年だけ」
巻島が、揺れ動く心でぽつりと呟いた。
「なんとなく、あんたが悪い人間じゃないってことは俺らも感じとる。きっと、言っていることも正しいんやろ。それを踏まえた上で、どうにか2年……俺らのサッカー部に付き合ってもらうわけにはいかんやろか?」
10人が、静かに巻島の方を向いた。
「つまり、俺らが引退するまでや。今の2年生はもちろんのこと、俺らのことも面倒見たってくれや。そらぁ、痛いトコ突かれた思うとるで。遊びと言われりゃ遊びのような練習にかまけてたかもしれん。それでも、1年や。フラフラしてても生半可でも、1年、サッカーに費やしたんや」
せや、と言って、京極も巻島に加勢する。
「中学生の1年って、そんなに軽いもんとちゃうはずや。貴重な貴重な1年間のはずや。その1年間をパーにして、さあこれから新しいスポーツやりましょ言われたかて、そら二つ返事では承諾でけんで。なにより、俺たちの選択次第で先輩たちが最後の大会に出れんくなるっちゅうのは、なんぼなんでも夢見が悪いわ」
「大会なら、誰かに助っ人を頼めばいいでしょう」
竹本は一歩も退かなかった。
「アホ、そんなシロウトかき集めたかて……」
「分かりませんか? あんな練習しかしていないあなたたちと大会用の助っ人とでは、さしたる差などないと言っているのです」
また、11人の心にグサりと刺さる。
しかし、それでも、京極の言うように『1年』だ。きっと、竹本の言うことも一つの事実。しかし、今を生きている彼ら自身にとっては、遊び半分でもなんだろうと、先輩たちと過ごした1年間は紛れもない青春の1ページなのだった。
竹本の言うように練習に取り組んだ「真剣さ」で時間の価値を計るのは、きっと、部活を引退して社会に出て、それから何年もした後にほのぼのと身に沁みるものなのだろう。
今を生きている彼らにとっては今のこの時間だけがすべてであって、そこに他人の価値観を押し付けられたとしても鵜呑みにすることは難しかった。
有り体に言ってしまえば、彼らとて別に、本気で全国制覇できると考えているわけではなかった。
小学校を卒業して、中学生になり、入ったサッカー部では全国制覇を目標に掲げていたので、なんとなくそれに倣っているだけだ。練習して、遊んで、試合に挑んで、それでやっぱり負けたとしても、別にいいのだ。きっと、それはそれで素晴らしい経験になるのだろう。
再び、竹本に対する反抗心がゆらゆらと燃えていた。
やはり、サッカー部の廃部は竹本の強引すぎる采配だという感覚が11人の間に漂う。
その様子を見て、竹本はひとつ呆れたようにため息をつくと、放出の方を向き直した。
「放出」
「なんでしょうか」
「正直に答えてください。あなたたちの目標、全国制覇。それって……同級生や、老久保先生以外の大人に話すの、ちょっと、恥ずかしくないですか?」