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「まず最初に断言しておきますが、私がサッカー部の顧問を引き受けることは100%ありえません。このことを大前提として話をさせてください。私が指揮を執ることでサッカー部が存続する。――そんな期待がいつまでも頭をよぎっていては、話がスムーズに進みません」
教室内に、ピリピリとした空気が走る。
11人は竹本に対し、強い敵意を抱いていた。サッカー部の廃部という災厄が、竹本によってもたらされた人災のように彼らには思えていたのだ。
「決して、意地悪で言っているわけではありません。学生たちに競技選択の自由があるように、私たち指導者にもその自由があります。せっかくならば己のキャリアを活かしたい、と願う意思があります」
キャリア? と、11人の誰かが反芻した。
「ええ。私は小学生の頃からリトルリーグで野球に励み、高校生の時には大阪桃蔭高校でマネージャーとして甲子園優勝のベンチも経験させていただきました。その後、大学では再びプレイヤーとして野球に触れ、今に至ります。要するに、野球しか知らない人間なのです。適材適所、人にはそれぞれ輝ける場所があります。私自身、他人より貴重な経験をしてきたという自負もあります。少なくとも、それを活かせる場所はサッカー部ではないということです」
言い終えるのを待たずして、教室はにわかに湧いていた。
むろん、甲子園などとはまるで縁のない中学サッカー部員たちだが、それだって大阪桃蔭高校の名前くらいは知っている。昨年も甲子園で春夏連覇を達成した、“超”がつく強豪校である。日本一の高校である。竹本を見る彼らの瞳が、有名人でも目の当たりにしたように輝きだした。
竹本が、わざとらしく咳払いをした。
「これは決して、野球に慣れ親しんでいる私が、自分のやりやすい環境に身を置きたいという話ではありません」
竹本とて、その華々しい経歴で無垢な中学生たちの心を釣るのは不本意であった。真っ向から、正攻法で話し合うことを望んでいた。
「……ほな一体、どういうことやねん。結局は、自分に都合がいいだけやないか」
襟川が、少し弱々しい声色で問うた。
竹本はその無礼千万な言葉遣いを咎めることなく、にこりと笑って顔の向きを90度回転させた。
「――放出」
不意に名を呼ばれた放出が、びくりと身体を強張らせて声を上げた。
「あなたが、この学年のキャプテン格だと伺っています。……教えてください。この部活の“目標”はなんですか?」
11人の間に、不思議な緊張が走った。
わずかな逡巡の後。放出は、素直に答えることした。
「“全国制覇”です」
老久保を含め、その言葉に異を唱える者は一人としていなかった。少なくとも彼らにとって、サッカー部の最終目標が全国制覇だというのは共通の認識であった。
放出の顔は凛々しく、どこか強い意志のようなものを感じさせる。
彼らの様子を見た竹本は満足げに薄く笑って、両手を教卓の上に置いた。
「今から、あえて言う必要もないくらい、とても当たり前なことを言います」
わざとらしく回りくどい表現に、彼らの頭上にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「なんでしょうか」
その中でただ一人、放出だけが、これから言われることを理解しているかのように、神妙な面持ちで言葉の続きを待っていた。
「あなたたちの“全国制覇”は100%、たとえこの先なにがあっても、叶いません」