最強令嬢、反撃する
「意外とやるわね、ナイペルク元帥」
フランツの後見人というのが主な理由で起用したが、ナイペルク伯は、精強なプロイセン軍相手に粘り倒していた。
ナイペルクは、敗残兵をまとめてシレジア南部を死守していた。
手を焼いたプロイセン軍は、西のプラハ方面に進出する。
もしも、この防衛線が崩れていれば、ウィーンは北と西から包囲される場面であった。
「バイエルン・フランス連合軍が動きました! 北です、プラハへ行くようです!」
とても重要な報告が届く。
西からウィーンに迫りつつあった連合軍が、プラハを目指す。
ナイペルクの負担は激増するが、これで首都防衛軍団の手が空いた。
「ナイペルクとの連絡を絶やすな。ハンガリー騎兵を北へ回して、ハンガリー軍をウィーンへ。それから、ケーフェンヒュラーへ伝えよ。進軍せよ、リンツを取り戻せと!」
この戦役で初めてオーストリアから攻勢に出る。
ケーフェンヒュラー将軍は、フランツの弟、つまりわたしの義弟の後見人。
縁故人事なのだが……だって、仕方がないじゃない!
わたしには、腹心と呼べる者が居ないのよ!
フランツとカールの兄弟とその周辺を、どうしても頼らざるを得ない。
こんな時にオイゲンが居れば……と思わなくもない。
もし彼が居れば、初戦でフリードリヒはわたしの前に跪いただろうに。
そこに、悪い報せが届いた。
「プラハが無血開城いたしました! バイエルン公アルブレヒトが、ボヘミア王に推戴されました!」
「なんですって!?」
流石にこれは予想外。
頑強な古都プラハが、真っ先に裏切るとは予定にない。
これで、神聖ローマ皇帝を選ぶ選帝侯――この時代は九つ――の内、過半数が敵の手に落ちた。
以下が敵方の選帝侯になる。
バイエルン公国、プロイセン王国、ケルン大司教、ザクセン公国、ボヘミア王国。
ボヘミアを取られた我が方に残ったのは、英国王が兼ねるハノーファー選帝侯だけ。
残りの三つを足しても、4票にしかならない。
『ボヘミアの貴族どもめ、何時か窓から放り投げてやる!』と怒ったところで仕方がない。
バイエルン公アルブレヒトが、父上の次の神聖ローマ皇帝に決まった。
この時が、オーストリアのどん底。
そして、底に達すれば一度は浮上するものだ。
良い報せもあった。
ケーフェンヒュラー将軍は、とても有能だったのだ。
リンツを守るフランス軍を簡単に蹴散らす。
「やるじゃない!」
これでオーストリア領内からは、敵軍が消えた。
次に、北へ旋回してプラハを突くという作戦もあったが、ケーフェンヒュラーは一路西進した。
目指すは、バイエルンの首都ミュンヘン。
間抜けなアルブレヒトが皇帝位に目がくらんだ隙に、ケーフェンヒュラーが進撃する。
秋までに守備要塞を突破すると、冬季の強行軍を率いて一気にミュンヘンを包囲する。
一向にボヘミアから戻る気配のないアルブレヒトに見切りをつけ、ミュンヘンは降伏した。
これに焦った大国が一つあった。
「美しき女王陛下にはご機嫌麗しゅう……」
「挨拶はいいから、用件は?」
グレートブリテンだ。
基本、味方なのだけど……。
「プロイセンと和平していただけませんか?」
「嫌よ」
「そこをなんとか!」
「無理ったら無理。まずシレジアを返しなさいと伝えて」
もしオーストリアがバイエルンまで吸収すれば、全ドイツの統一も間近。
大陸で超大国が誕生するのは、英国にとって受け入れられぬ。
ただし、戦争の基本は占領地の取り合い。
バイエルンを下しても、フリードリヒがシレジアに居座る限り戻ってこない。
「シレジアの返還が最低条件よ。でなければ、あんな奴と和平してやるもんですか!」
グレートブリテンの大使はすごすごと引き上げる。
わたしの威勢が届いたのか、ボヘミアに居たプロイセン・バイエルン・フランス軍が揃って攻勢に出る。
目標はウィーン。
だが、今のわたしにはハンガリー軍がある。
長年イスラム騎兵と渡り合ってきた、東欧騎兵の実力を見るがいい!
騎兵に連絡線を食い散らかされた連合軍の足は、あっという間に止まる。
「反撃よ。ボヘミアから敵軍を追い落としなさい!」
オーストリアの東半分を、北から抱えるように横たわるボヘミア王冠領。
開戦当初から粘り倒したナイペルク軍団を軸に、ケーフェンヒュラー軍、義弟カール公の軍、そしてハンガリー軍が襲いかかる。
これ程に大規模な機動戦は、欧州の戦史でもそうはない。
バイエルンとフランスの軍は壊滅した。
プロイセン軍も、慌ててシレジアに引き上げる。
プラハは、再び無血開城した。
「あのー陛下?」
ボヘミアの貴族どもが、わたしの前に頭を垂れる。
どの口が! と思うが、ここでボヘミア貴族を粛清する訳にもいかぬ。
「今回だけは許します」
ハンガリーに向けたのは違う微笑で、わたしは許すことにした。
あとは、シレジアに籠もるあの糞野郎を追い出せば終わり!
なのだが……フリードリヒは、ここから戦場の天才たる所以を見せた。
ちなみに、フランツは戦場に出ていない。
だってあの人、戦争下手くそなんですもの。
家で子供たちの面倒を見てもらっている。