最強令嬢、女王になる。
この戦争の開始当初、わたし『マリア・テレジア』の評判は良くない。
いや待って! 評判は良いのよ?
オーストリア大公女にして美しく優しく明るく、晩餐会を飾る花としてはヨーロッパの最高品質よ。
問題は、お父様が表向きに関わらせなかったせいで、政治や外交の評価ポイントはほとんどゼロ!
ちょっと脅せば直ぐに泣きが入るひ弱な女君主と、思われてたこと。
それが、フリードリヒの舐めた態度や、バイエルンとフランス・スペインの同盟に繋がった。
『良いでしょう、これから思い知らせてやる。奴らが誰を敵に回したか』
ハンガリー王国。
このマジャール人の立てた国が、時に独立を志向しながらもハプスブルクに従うのは、ひとえにトルコやロシアに支配されるより”まし”。
ただこの一点に過ぎない。
それ故、オーストリアは全力で外敵からハンガリーを守ってきた。
だが、「今回ばかりはハンガリーの助力を請わなくては……」
ハンガリーの歴史やマジャール人の気質、わたしはこれらを書物で学んだ。
それに、宮廷にもハンガリー人は沢山いる。
彼らにあるのは、絢爛豪華なウィーンへの憧れと、同じカトリックを奉じる同胞意識。
それに、ハプスブルクの支配は苦々しくても、若く弱い女王への哀れみは強い。
なんたって、彼らはまだ騎士の時代を生きてるんですもの。
「そういう訳で、プレスブルクへ参ります」
案の定、高官たちは大反対。
万が一にも、独立派を刺激したりすれば、本当にハプスブルクは滅ぶ。
「へーきへーき、心配ないから。あ、フランツ、あなたにもやって貰いたいことがあるの」
もう先代からの老臣の意見は聞いてられない。
わたしのやりたい用にやる。
ついでに、愛する夫も利用する。
ごめんなさい、また泥を被せることになるけど、ちゃんと愛してますから!
誇り高きマジャール人を味方にするには、言葉だけでは駄目。
赤白緑のハンガリー国旗、いささか品がないけど派手な色の衣装をまとい、ドナウ川を下る船団も同色に飾り立てる。
御座船の先頭には、わたしが立ち、両岸の臣民には笑顔も忘れずに。
堂々たる態度で、わたしはハンガリーの首都へ乗り込む。
ハンガリー総督のエステルハージィ老侯なんて、出迎えのときから涙でくしゃくしゃ。
「陛下……このような時に、よくぞ……!」
九十に近いエステルハージィ老侯は、それだけ言うのが精一杯。
「出迎えありがとう。けど、こんな時だからよ。戴冠式の準備は出来てる?」
「それは、もう」
まずはハンガリー貴族の心をとる。
かつて騎馬民族だったマジャール人の慣習に従い、わたしは介添も使わずに騎乗する。
この日の為に、必死で練習したのだ。
わたしの見事な馬さばきに、プレスブルクの民衆は大歓声。
エステルハージィ老侯なんて涙で顔が溶けそうだ、馬から落ちなきゃ良いけど。
そのまま、大聖堂に向かう。
ここにあるのは、ヨーロッパでも鉄王冠に次ぐ歴史がある”イシュトヴァーンの聖王冠”。
これを戴かずして、ハンガリー王は名乗れない。
国内の貴族はほとんど列席した。
物珍しさもあるのだろうが、若く美人な女王は自慢でしょう。
イシュトヴァーンの聖王冠は、細身のわたしにはとても重い。
だが、その重みにあう責任と権力がある。
王冠を戴き、列席の諸侯を振り返ったわたしを、彼らは『女王万歳』で迎える。
フランツには、あえて外で待ってもらった。
長女と共に、教会を覗き込むフランツの姿は、わたしが家族以上にハンガリーを愛するという証拠。
ハンガリー貴族の忠誠は、大きくわたしに傾いた。
「それは認めるわ。けどそれは無理よ」
ただし、議会は別だった。
これを機会に貴族と教会の特権の更新と追加を求めてくる。
わたしも権威を振り回すだけでなく、時には丁寧に頼み込む。
「わたしとこの子を救えるのは、あなた達の他にないのです」と、生まれたばかりの息子を膝に乗せて。
老いた貴族は、これが最後の奉公と覚悟を決めてくれた。
血気に逸る若い貴族は、既に戦争準備を整えてプレスブルクに集結しつつある。
ハンガリー議会は、全会一致でオーストリアと共に戦うと決める。
「我らの血と命を女王に捧げる」と宣誓した。
彼らは、この誓いを遠い未来まで守る。
ハプスブルク家が全ての兵権を放棄するその時まで、ハンガリーは一度も裏切ることはなかった。
開戦以来、オーストリアに初めて味方が付いた。
それも勇猛果敢なハンガリー騎兵と五万の兵士。
これから、わたしは反撃に出る。