最強令嬢、負けそうになる
シレジア地方、シュレージエンとも呼ばれるこの一帯。
品質の良い毛織物が盛んで、中欧でも屈指の豊かさを誇る。
人口はおよそ150万人。
人口250万ほどのプロイセンが手に入れれば、文字通り国力は倍増する。
ただし、オーストリアとシレジア地方のあるボヘミア王国、それとハンガリー王国だけで人口は1000万を大きく超える。
「タイマンなら絶対に負けないのに!」
わたしはそう思っているが、廷臣たちはそうでもないらしい。
先代のプロイセン王は、軍人王とも呼ばれた軍事一直線の人物。
小国のプロイセンで常備八万とも言われる無茶な軍拡をした。
フリードリヒは、この約半数を率いて侵攻してきた。
「あのー陛下。この際、フリードリヒの要求を飲んでは如何でしょうか?」
そう言上する者まで出る。
北からフリードリヒ、西からバイエルン、南からスペイン。
我がハプスブルクは、創立以来の窮地にあった。
「新しく編成した軍は、ウィーンの西へ置きます。バイエルンがウィーンを狙っておりますゆえ」
「フランスとスペインは、兵を集めておりますが当分は動けないでしょう」
「グレートブリテンは、フランスが参戦すれば我が方に付くと約束しました」
父上が急逝だったので、列強の動きは鈍い。
プロイセン軍さえ撃破すれば、この戦争は止まる。
「ナイペルク伯はどうか?」
彼の働きに全てがかかる。
「はっ。シレジアのナイセ要塞の攻囲を蹴散らし、東進してプロイセン軍の補給線を断ちつつあります。プロイセン軍は、シレジアの占領を中断。集結して決戦の構えかと」
「そうか……」
次の会戦で半分は決まる。
勝てばプロイセンは終わり、負けても我が方にはまだ余力がある。
頑張れナイペルク! 勝てば元帥よ!
だが、負けた。
損害はどちらも4000ほど。
フリードリヒなど、側近と共に戦場から逃げ落ちる程の激戦だった。
我がオーストリア騎兵は、プロシア騎兵を簡単に蹴散らし、敵の戦列に幾度も穴を空けた。
しかし、歩兵の装備と練度に差があった。
プロイセンのシュヴェリーン元帥は、歩兵を再構築し何度も騎兵を防ぐ。
オーストリアには、戦果を拡大する歩兵の予備が不足していた。
シュヴェリーンは、オイゲンと並び称される程の名将。
フリードリヒが逃げた後、日が沈むまで兵を叱咤し、最後は歩兵の突撃で勝負を決めた。
「……どうなるか?」
流石に怖くなって聞いた。
わたしは、つい一ヶ月前に、待望の男子を得ていた。
お腹を痛めて産んで、十数年かけて育て上げた子が、一日で数千も死ぬとは。
このまま負け続ければ、全てを失う可能性すらある。
「もうしばらくお待ちください。今はバイエルンが……」
バイエルンは、既にオーストリアに侵入していた。
その後方には、フランスが派遣した傭兵隊が控える。
「ナイペルクに援軍は出せぬな。代わりに、元帥号を届けよ」
わたしは冷酷な命令を出すことにした。
一歩も引かずにプロイセンを抑えよ、これがその命令代わりになる。
それにしても、兵が足りない。
戦線はシレジア以外にも、バイエルン方面、ネーデルラント方面、イタリア方面と四つもある。
しかも「お金も足りないじゃないの……」
我が家の家計はとっくに火の車。
しかし、フリードリヒとだけは絶対に和平したくない!
どうしましょうと、最近影の薄いフランツを見る。
視線に気付いたフランツが、にこりと笑う。
確かに癒やしになるけど、今はそれどころじゃなくてよ?
すると、フランツが一枚の紙を差し出した。
「これが、少しは助けになるかな?」
『何かしら? あら、あなたが継いだトスカナ公国の財務証書ね。けど、そこも他聞に漏れず大赤字……一、十、百、千……って』
わたしは顔をあげる。
フィレンチェを抱え、かつてはイタリア経済の中心だったトスカナ公国は、フランツが継いだ数年の間に、往時の勢いを取り戻していた。
「皆、これを見なさい! オーストリアはまだ戦えるわ!」
それにしても、軍事はさっぱりでも経営者の才能があったなんて、さすがはフランツ様!
ならば、わたしも賭けに出ましょう。
北も南も西も駄目なら、あとは東――ハンガリーへ。
「船を用意して。ドナウを下るわ。それと馬も。我が家で一番良い馬に王家の鞍を乗せるのよ!」
ハンガリー女王の力を見せてやるわ。