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最強令嬢、生まれる


 わたしは、生まれながらの皇女にして二つの国の王女で、大公女。

 令嬢だなんて生ぬるい。


『小さなレースル』の誕生は、祝福と歓声でもって迎えられた。

 時代は絶対君主制の真っ只中、皇帝の長女の生誕とあって、帝国の領域内のみならず周辺列強すら熱狂した。


 命名から髪の色、開いた瞳の色、洗礼受けた場所、初めて喋った言葉、初めてのミサ参加まで全てがニュースになった。



 『小さなレースル』の行く先では、市民が歓呼して迎え、帝国は市民への感謝としてパンと葡萄酒を配ったそうだ。


 父の裾を掴みながら軍の閲兵に参加した時は、数万の兵士の大歓声に怖くなり、思わず父の後ろに隠れてしまった。


 兵士たちは声をあげて笑ったが、皇帝である父も笑っていた。

 帝国軍二十万、これが我が家と帝国とドイツ民族を支える背骨。

 彼らの忠誠なくして、わたしの未来はないと後に知る。


 帝国の元勲にして元帥、プリンツ・オイゲン閣下。

 大戦争を4つも戦い抜いた国の歴史でも最高の将軍、けどわたしには甘い。


「殿下、しばしお暇を頂きに参りました」と、オイゲンが告げにきた。


 わたしは不満だった。

 もう70に近いオイゲンが戦場に行くと聞いている。

 しかし、女が戦場に向かう男性を引き止めるなどあってはならぬこと。


「元帥、そなたの無事を祈っております。……けど、わたしがお父様に」

 そこまでで、オイゲンはわたしの発言を止めた。


 本来はあり得ぬ無礼でも、彼は特別だ。

 これから父の名代として出征する帝国軍の最高指揮官。


「殿下、殿下、その先は。この老骨がお役に立てると喜んでおりますれば。なに、我が帝国のみならず、ロシア帝国にドイツ諸侯とプロイセンまで味方に付きました。必ずや、東方の安定を取り戻して参ります」


 にこやかに語る老将に手を差し出すと、帝国の騎士は跪いて甲にキスをした。

 オイゲンは、もう一つ付け加えた。


「プロシアの王子が参戦いたします。ご存知でしょうか?」

 そりゃもちろん知ってるわ、王族の世界は狭いのよ。


 2年ほど前、18歳のプロシア王子は、厳しい父王に耐えかねて亡命しようとした。

 あっけなく捕まったけど、父上が仲裁して首と胴が繋がったのよね。


 その礼のため、お忍びで別荘へ来た時に挨拶を受けた。

 確かに、体は頑丈そうで、見た目は良かったけど険のある目つきだった。

 ありゃ、ろくな大人にならないわ。


「で、彼がなにか?」

 そこでオイゲンは、軍人にしては言い淀む。

 いやーな予感しかしない。


「その、殿下も15歳になられます」

 ほらきた!


「そんな嫌な顔なさらないで下され。お歳も家柄も釣り合いますれば、内々のご婚約として進めたいと」


 それは困る。

 わたしには想い人がいるのだ。

 けれど、王女のわがままで決まることでもない。


 せいぜい、渋い顔をして帝国元帥を困らせてやる。

 戦場では敵なしの名将も、これには対処出来ないでしょ?


「姫さま、姫さま」と、オイゲンは幼少期の呼びかけに変えてきた。

 ずるいわ、そう呼ばれると逆らえないじゃないの。


「陛下にも申し上げましたが、殿下に残すに文書など何の意味もございません。帝国の柱石たる軍と優れた将領、これこそが殿下を守り奉ります。かの王子、こと軍事においては天才としか」


 正直、オイゲンがそこまで彼を買ってるとは思わなかった

 だけど、わたしも精一杯の抵抗をすることにする。


「まあ、帝国元帥のあなたよりも? わたしにはそうは思えませんわ」


 オイゲンは、日に焼けた皺だらけの顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

 それから少し悲しそうな目で、わたしをじっと見つめていった。


「私が、長くお仕え出来れば良いのですが……」と。

 祖父、叔父上、父と三代に渡って帝国を支えた名将の言葉に、わたしは頷くしかなかった。


「お任せします。けれど、そんなことより無事に帰ってくるのよ。神のご加護がそなたにあらんことを」

 オイゲンは一礼して去っていった。


 この戦争には、憎きフランスとスペインが敵方に付いた。

 勝ったが犠牲も大きかった。

 オイゲンは、陣中で病に倒れてしまう。


 推進役を失い、わたしとプロイセンの王子――フリードリヒ――との婚約は流れた。

 噂では、『俺が欲しいのは皇帝の椅子の横ではない』と言ったとか。


 経緯はどうあれ、持ちかけたのはこちら。

 何時の間にか、わたしは振られたことになっていた。


 しかも、フリードリヒの野郎、婚約話の直後に結婚しやがった。

 べ、別に、悔しくなんかないんだからっ! いや、許すまじ。


 そして、次に喧嘩を売ってきたのも、向こうだった。


 わたしの本名は長い。名前の後ろにも

 ヴァルブルガ・アマーリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ

 と長く続く。


 それ以外にも、父の急逝で継ぐことになった称号が沢山ある。

 ボヘミア女王やハンガリー女王に、細かいものは数知れず。

 そして、神聖ローマ帝国共同統治者にしてオーストリア女大公。


 わたしが、これらを一斉に受け継いだ年、フリードリヒもプロイセンの王となっていた。

 それから宣戦布告もなく大軍を我が国へ向けた。

『女の後継者など認めぬ』と。


 よろしい、ならば戦いましょう。

 最強の令嬢にして最高の悪役令嬢の母、このマリア・テレジアが相手をしてあげますわ。

小説風に、多少色付けが濃いです。

架空の名あり人物は出ません。

主人公が先頭にたって敵軍を蹴散らしたりもしません。


参考文献 江村洋 『マリア・テレジア』

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