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付章:ヴァルトハールの滅亡 その2(『鉄鎖のメデューサ』第12章)

「人魚というのは不思議な種族だ。陸の上の人間が火の力を手にして他を圧する存在に抜け出したのに対して、水の中に棲む人魚は自分に近づくものの神経に作用しその行動を止めたり狂わせる力を持つ。その力ゆえに彼らもまた水中における無敵の存在へと抜け出した。人魚の力に触れると人間は幻覚や幻聴に襲われる。相手がその気なら一瞬で精神を砕かれる。人魚と比べれば人間は足下にも及ばぬ無力な存在でしかない。

 そして彼らは長い寿命を持つ。特に背と腹に大きな赤いひれを持ち緑の長い髪をした長命種は生まれ落ちて千年の時を生きる。天寿を全うできない宿命でいながら、それでも千年なのだ。比較を絶するというほかない」


「だが種族の命運ということになれば、話はまったく逆になる。己が肉体になんら特殊な力を持たぬ人間は、しかし他の種族から抜け出して以来数を増やし世界を左右しかねないほどの力を備えるに至った。だが無敵の力と長寿を誇る人魚は大きな理の定めにより、種族としての力を制限された。肉体に強い力を宿す存在はそれゆえ世界の均衡にその数を制限される。最も強い力を備えた長命種に至っては数を増やすことさえできなくなり、ゆるやかな滅びの定めに置かれている」

「増やせないって、なぜ? どういうこと?」

「親が子を一匹産むと同時に死ぬようになった。だからもう数を増やせない。事故や病などで子を残せず死ぬものが出るごとに、じわじわと減る一方なのだ。均衡の定める限度を超えた力と長寿を得てしまった代償として。

 長命種の人魚は自分の体の中で卵をかえす。そして五百年かけて子供を体内で守り育てる。対話を交わしながら。そして自分の死と引替えに十分に育ちきった子供を外界に産み落とす。

 親の死によって産み落とされた子は五百年の時を一人過ごす。彼らが歌を歌うのはこの時期だ。だが、時には孤独に耐えかねて他の種族に近づくことがある。背びれを持たぬ人魚たちに近づくことが多いが、ごくまれに人間に近づく者もいる。

 そして時が満ちると、その体内にも次の命が生まれる。今度は自分が子供に向かって語りかけながら最後の五百年を過ごす」

「天寿を全うできないっていったのは、そういうこと?」

 ロビンの問いに、ラルダは首肯した。


 ロビンの脳裏に病床で命尽きる無念を訴えていた姉の、リサの遠い声が甦った。千年も生きていても、それでも人魚にとっては無念なんだろうかと訝った。

「想像がつかないというような顔をしているな」

 突然そういわれたロビンは思わず相手の顔を見た。尼僧の緑の瞳には神秘的な光が宿っていた。

「そう。それが当然だ。千年も生きるものが感じることは我々の尺度では計り難い。だが人魚が歌えば、それは我々の心にさえもそのまま届く。人魚が思いを込めて歌うということは彼らの力の発露を伴うのだから。それゆえ人魚の歌は呪歌なのだ。我々には想像もつかぬ孤愁と滅びの予兆が織り混ぜられた歌なのだ。人の身で耳にすれば、魂を生涯晴れぬ愁いに閉ざされかねぬ歌だ。

 彼らにそんなつもりがなくても、人魚と人間が近づけば不幸な結果を招きがちだ。あまりにもかけ離れた存在であるがゆえに。それでいながら、その思いが人間にも通じてしまうものであるがゆえに」

 ロビンから離れて彼方に向けられたまなざしは、沈痛そのものだった。


「だが大陸南端のあの海辺の小さな入り江に棲み付いた人魚は、これ以上は望めぬほど海辺の部族とうまく暮らしていた。奇跡と呼ぶべきものだった。けれど、ある国の領主が己の欲望のままに手を伸ばした。私は見てしまった。祝福された奇跡が砕け散り、破滅と死が荒れ狂うのを」

 身じろぎもせずに聴き入るロビンの背後で、クルルもまた身を固くしていた。内容を理解するすべはないはずだったが、会話の間に流れる雰囲気の変化を小柄な妖魔が敏感に追っているのを、ロビンも背中で感じていた。


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