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オリエット伯爵の跡取り息子  作者: あだち
第二章 めくるめくめまぐるしい夜
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宴の裏

 セシルは確かに、今日は少し父をハラハラさせてやろうと思っていた。

 でも、本当に出席者を、ましてや高位貴族を、よりにもよって元王族を、好きな人を巻き込んで父を追い詰めるつもりは毛頭なかったのだ。


 ***


 セシルが庭園につながるテラスへ飛び出したときには、もうローズもキーラも姿が見えなかった。

 肩で息をしながら、庭に降りて周囲を見渡す。満月の光がふりそそぐ庭園では、広間から抜け出してきたと思われる男女の気配がところどころに感じられた。


 妖精が溜まりやすいのは、水の近くと大きな木の近くだった。人間を嫌う動物型の妖精や植物の妖精は、人気のない生垣など庭の端の方に出没するが、キーラのように悪戯好きなピクシーは、退屈な時は東屋や噴水の近くなど、適度に人がいるところに近づく。たいていの場合は退屈しのぎに人間を見ているだけであり、ちょっかいをかけたとしてもささやかなものだ。

 それに、妖精たちはよほどのことがない限り、外からこの建物のテラスに上がることさえできない筈だった。


 まさか、キーラは上がれないテラスの近くでローズが庭に出てくるのを待ち構えていたのだろうか。なんというしぶとい嫉妬心かと舌を巻く。キーラを連れてきたことより、馬車の中でローズとアレックスの話をしたことを、セシルは後悔していた。


 父の言葉が思い出された。


『発端は自分の浅慮にあったということをゆめゆめ忘れるな』


 庭先での見知らぬ妖精の気まぐれな悪戯なら、いつものことだとアルバートはそ知らぬふりをし、国王もそれを気にしないだろう。が、セシルが意図的に連れ込んだキーラが、明確に標的を絞って危害を加えたら、たとえかすり傷一つでも伯爵はただでは済まさないつもりだろう。


(どうかどうか、あのチビが大人しくしててくれますように……!)


 ローズがどこへ消えたのか皆目見当もついていないが、とりあえずセシルは東屋の方へと足早に向かった。



***



「レナード殿下、わたくしがいるのに上の空で、一体何を考えてらっしゃるの……?」

「ああ、すまない。あなたに見惚れていたんだ、本当だよ」


(……………)


 東屋に人影がみえて、それがドレスを着た貴婦人だとわかったからセシルは音を立てないよう急いで近づいた。

 しかし、セシルから柱の死角に入って見えないところに、相手の男がいたようだった。


(王太子……独身時代は恋多き派手な男ってきいていたけど)


 よもや自分の誕生祝の宴で、妃が体調不良で表に出てこられない時に、随分自由な男である。

 王太子妃には同情するが、ローズがいないなら、用はない。そう思って気づかれる前に立ち去ろうとした時だった。


「……あっ!」


 東屋近くの背の低い木立のふもとで、子供や小さな老人の姿の妖精たちが王太子の浮気現場を興味深そうに見ている、その中に見知った金の頭を見つけた。キーラもセシルに気が付いて、「あっ」という顔をした。


「ん? 誰かいるのか?」

「え、あ、で、ではわたくしは広間に戻りますのでっ」


 しまったと思ったがもう遅い。

 セシルが思わず声を上げたせいで、王太子に見つかってしまった。


「~~~~~っも、申し訳ありません、あの、人を探しておりまして」


 逃げるわけにもいかなくて、セシルは観念して姿を現した。相手の女性は顔を見せまいとしてか、かさばるスカートをつまんでさっさと明るい広間の方へ行ってしまった。


「た、大変失礼いたしました……」


 セシルが恐縮して頭を下げると、王太子はベンチに腰掛けたまま苦笑いして片手をふった。


「いや、見られて困ることをしていたのはこちらだ、気にしないでくれ。……ついでに、未遂だったことに免じて、あまり口外しないでもらえると助かる」

「…………はい、勿論」


 クラバットを整えながら言われた軽口に、笑っていいのかわからなかった。


「しかし、私は見ての通り逃げられてしまったところだけれど、君はいいのかい? 早く相手を探しに行かなくて」

「え、はい。……はい?」

「なんだ、恋人を怒らせて逃げられたのかと思っていたが、違ったかい」


 レナードはセシルが恋人を探しにきたと思っているようだ。確かに、月明かりとわずかなランプの明かりしかない庭園には、ここにたどり着くまでの道にもひそひそと囁き声があちこちでしていた。妖精の声もしていたが。


(あなたの妹を探していたとは……いえない)


「いえ、もう大丈夫です。見つかりましたので」


 ローズを探していたが、キーラが見つかったので結果的には問題ない。すでにキーラがひと暴れした後、というのでなければ。


「おや、私に用があったのか」

「えっ」

「それは探させてすまなかったね。……えーと」

(いや、あの、違いますけど)


 何も考えずに正直に答えてしまったせいで誤解を生んでしまった。

 セシルがなんて返そうか困っていた時、王子もわずかに乱れていた髪に手を差し込んで困ったように笑った。


「……酒が入っているようで、顔がよく見えないんだ」

「…………………オリエット伯爵の長男、セシル・ロッドフォードでございます……」


 君が誰だか思い出せない、と正直に言わないだけ優しい。家族ともども挨拶したばかりだが、招待客は膨大な数に上るうえ、セシルはここ一年王宮どころか王都にすら近寄らなかったのでは、王太子が覚えていないのも仕方がなかった。


「ああ、オリエット卿の……」


 そこで言葉が途切れた。


(ああ、王太子にも誰かが噂をしゃべったのか)


 人望が厚く貴族との交流も多い王太子のこと、例の話を知らないわけがなかったか、とこのまま消え入りたい気持ちになった。


(……いっそ今、殿下から国王陛下に、嫡子変更を却下するよう頼んでもらえないかお願いしてみようか)


 ほとんど話したことがないのに、あまりにも望みが薄い賭けだが、やらないよりましだと思った。ローズがアレックスの味方となって国王に働きかける可能性もあるなら、なおさら。


「殿下、あの」

「君は魔法使いの子孫だったね」


 意を決して声を発したセシルだが、レナードのそれまでとは異なる低く抑えられた声に遮られた。

 ロッドフォード家ほかいくつかの家の始祖が特殊な力を持っていたことは、当事者たちの子孫と、王家の人間だけが知っている。


「は、はい」

「ちょうどよかった。少し、時間をくれないか」


 セシルは目を剥いた。ちょうどよかった、とは? 時間をくれとは、そんなの、こちらから土下座してお願いしたいくらいだ。

 しかし、王太子から心当たりのない申し出をされるというのはセシルにとっては不気味でもある。王宮で何度も顔を合わせ、今日も直接言葉を交わした父アルバートでは駄目なのか。


 でも、セシルはこう返すしかない。


「……勿論」

 


 ***



 王宮に出仕してもいなければ、友人づきあいするような王子・王女もいないセシルは、生まれて初めて王宮の奥、王族の寝起きする居住区画に足を踏み入れた。

 王宮内の建物に入る際、捕まえたキーラをどうしようかと思ったが、アルバートの妖精除けはセシルがその場で解けるものではない。せめてスカーレットに事情を伝えて、キーラがローズに近づかないよう見張っていてほしかったが、「誰にも知られたくない」とレナードに言われてしまえばそれもできない。仕方なく、念のためと持ってきていたクッキーを袋ごと見せて、「絶対に僕以外の人間に近づくな」と言い含めた。キーラはまたいつものように、やだやだくれくれと喚いたが、今回ばかりは頷かないとクッキーがもらえないとわかると不満そうに「わかった」と言った。


「面白いな。妖精に言うことを聞かせるのに、まるで恋人の独占欲からくる言葉みたいだった。クッキーがなければ」


 人気のない廊下を選んでいるのか、侍女や衛兵にほとんど会わずに進みながら、レナードが振り返って言った。彼自身に妖精が見えていなくても、『セシルには見えている』ことがわかっているのだ。


「妖精はみんなクッキーが好きなのか」

「みんなではありません。屋敷に住み着いたり、職人の手仕事を手伝うような種類は焼き菓子とミルクが好きですけど」


 『大抵泣かれて無条件で奪われる』と言いそうになって口をつぐむ。緊張して、つい言わなくてもいい自虐的な話をするのは、お茶の時間にアレックスに馬鹿にされてから控えるようにしていた。


「嫌いなものもあるのか? 教会は妖精も精霊も悪魔だと一緒くたにするが、妖精に十字架はきかないだろう」

「よくご存じですね。先程言ったような種類は、火と鉄を避けますよ」


 あと、キーラの場合はチョコレート。これはただの好き嫌いだった。


「まぁ、ちょっと色々調べたり、試したりしていてね」


 ひと際豪華な扉の前で、レナードが足を止めた。


「あの、不躾なことを聞きますが、殿下、ここは?」

「私の寝室だ」

「え」

「セシル」


 庭園では軽薄な様子を見せていたレナードが、思いつめた目でセシルを見下ろした。


「……殿下」

「セシル、これから見るもの、知ることを決して、家族にも、他言しないと誓えるか」


 快活で陽気だと評判のレナードが、一切の表情を消して、セシルに迫ってきた。他人への圧のかけ方を知っているやり方だった。

 東屋の時から嫌な予感はしていたが、もう間違いなく、ただ事ではなかった。

 周りの空気が薄くなったかのような感覚にめまいを覚えながら、だけど、とセシルは考えた。


 自分は口止めをされている。脅しに近い、なんならほぼ命令だが。


(……父さんには知られたくないこと?)


 妖精に関することでセシルができることなら、アルバートがもっとうまくできる。王太子として、正式に命じればいい。なのにそれをしないで、こんなにひっそりと、でも強引に事を進めようとしている。


 これは、取引に、なるだろうか。


「で、殿下が」


 セシルは王族の迫力に竦みあがった自分を奮い立たせた。

 遠くから見たローズの顔が浮かぶ。下から見たアレックスの顔が浮かぶ。喉元で引き返しそうになる言葉を後押ししたのは悔しさだった。


「わたしを、たすけてくださるなら……」


 交換条件です、と、そこまで言えたら確実だったのだが、だんだん尻すぼみになってしまった。

 そう言うと思っていたと言わんばかりに、レナードが力強くうなずく。


「勿論、引き受けてくれるなら、できる限りの礼はする」

「で、できる限りの……」


 逃げ道を残す言い方だ。


「……君ができないなら、君の弟の方に頼む」

「誰にも言いません! やります!」


 キーラに九割負けるセシルが、外交慣れした王太子との一発勝負に勝てるわけがなかった。


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