とりかえっこ
それは、オリエット伯爵家の長男が秘密裏に王太子の歓待を受けた日のこと。
(……どうして、彼がここに? ……いえ、それよりも、さっきのお兄様の言葉の意味は一体)
崩れた化粧を直し、俯きがちに庭へ出た女の目の前に、氷のような瞳の艶やかな貴婦人が立ちふさがった。
「おや、懐かしい顔だこと。まったく、その陰気な仏頂面、全然変わっていないのね」
庭園に広げられた、私的で華々しい茶会の場。扇で顔を隠す間もなく女の顔をのぞき込む異母姉の様子に、兄が庇うように咳払いをする。あら、ごめんあそばせと笑った姉の意地の悪さは、それこそ数年前と何ひとつ変わっていないように、傍目には見えた。
(……何?)
前王妃腹の姉たちに笑顔を向ける長姉の薄青の目を見つめて、女は呆気にとられた。それは十年近く相手に抱いてきた恐怖ではなく、戸惑いゆえだった。
コルセットでしめた胸の奥に、煙のような疑問が湧く。寂寥感で滲んだ涙は驚きで瞬時に乾いていた。
(なんで?)
テーブルへと誘う兄が、女の手を強く握る。体調がすぐれないならすぐに言いなさいと、気づかわしげに囁く、その刹那。
「――それから、くれぐれもさっき言ったことを忘れないように」
耳打ちされて、女は兄の青い目を恐れつつも見返したが、その視線をやにわに逸らして頷いた。
青い目を見ても、答えは映っていない。兄も知らないのか、いや、知らないならあんな忠告はしてこない。
そして女は考え直した。なぜ、と探るのは愚かだ、理由なら簡単に想像がつく、と。
長姉のために集まった兄妹たちを前にしても、女がほとんど話さないのはいつものことだ。だから王子や王女を、母王妃を前にした恐怖で埋め尽くされそうになる頭を、別のことで働かせることに集中する。女は開いた扇の陰で母を見ないようにしながら考えた。
問題は、どうやったのかだ、と。
***
「ここで、しばしお待ちを」
そう言うと、ヘンリック・エスカティードは夜の闇から煌々と明るい大広間の方へ足早に去っていった。
きっとマグノリアを連れてくるのだ。そう思ってセシルは東屋の冷たい腰掛けから立ち上がらなかった。
(……どういうことなんだ)
ひとりになって、セシルは改めてヘンリックのことを考えた。今までは魔法の秘密に無関係だと思っていたから、ローズが嫁いだ公爵家を怪しむことはなかったが、そうではなかったらしい。
ローズの夫にして現フレイン公爵クライス・エスカティードは、もともと先々代国王の王弟・ディックスラン公爵のもとに生まれている。クライスは父が漏らした国の秘密を覚えていて、さらにそれをレナードの側近となったヘンリックに受け継いだのか。それとも、レナード自身が、側近に秘密を洩らしたのか。その中に、ダンリールの城への入り方も含まれていたのか。
だが何にしても、ここ最近セシルと父母の間で勃発したアレックスの出自問題や、セシルの胸に秘めた決意まで知っている理由にはならないではないか。
わからない、一体どうやって知ったのか――。
(……あれ、この感じ)
ふと、どこかで馬のいななきが聞こえた気がした。蹄が土を蹴るような音も続いたか。
セシルは我知らず床を見つめていた自分に気が付いて、ゆるゆると顔を上げた。
「――ごきげんよう。ずいぶん、待たせていただいたわぁ」
いったいいつからそこに、目の前に立っていたのか。
夜に慣れた緑の目に、ゆったりと細められる薄青の瞳が映り込むのだった。
***
アレックスは王宮の奥、豪奢で人気のない回廊を悠然と歩いていた。
「こっちの道なら、人がいないよ」
「アル、最近見なかったね。ねぇねぇ、どこ行ってたの?」
「アルだ、引きこもり様のお気に入り! また会えてうれしい!」
足元でけたたましく騒ぐ妖精が先導しようとするが、アレックスには道案内など必要ない。ローズに拾われ王宮で暮らしつつも、その素性ゆえか身を隠すよう言いつけられていたおかげで、どの時間、どの道を選べば人に遭遇しないかは把握していた。
「……この奥だったはずなんだがね、さて。……まだ入れるかな」
身を隠して移動するにも、当時はローズに仕える少ない侍女や侍従の協力があったが、今はそれもない。
アレックスは、セシルがいやに王太子と親しげなのが気になっていた。兄の普段の様子から、とても権力者と親密になれる男のようには思えなかったからだ。だが、セシルがアレックスに「アレックスとローズのことをとっかかりに、王太子を揺さぶってみるから!」と宣言してから実際に王宮に向かうまでの時間は驚くほど短かった。まるで親友であるかのように、彼は最速で会談を取り付けた。それはセシルにとって喜ばしく、アレックスにとって由々しき事態を想像させた。
オリエット伯爵の跡取り問題に、王太子は公平な立場ではない。確実に、アレックスに不利となる見方をしてくる。
(そのうえで、今さら父親の問題なんて……)
決定打だ。後継位の簒奪なんて、ただでさえ奪うより守るほうが有利な勝負なのに、向こうは大きな支援者と、こちらを追い落とすに都合のいい疑惑を握った。
それでも、自分と知り合った当初はセシルがローズのことをあまり知らなかったことからも、もともと二人が親しく交友していたとはアレックスには考えられない。距離が縮まったのはここ最近――おそらく、自分が現れてからであるのは明白。
ではなぜ王太子は自分ではなくセシルを選んだか。それも、アレックスが現れてからダンリールに出発する前までの間、という極めて短い間にだ。
(何か、秘密か、弱みを握ったか)
王太子ともあろうものが、セシルに後れを取るかという疑問も残るが、人間どこで追い詰められるかわからないと、アレックスは父が不用意に書類に署名したことで知っている。それに、自分がローズと庭で会っていた時、セシルは「王太子の寝室から見えている」と言った。
そこに、いくら人を避けていても、アレックスが正面から乗り込んで探ることはできない。
(……クリステ妃殿下が、あの日は欠席だった)
侍医がどこに詰めているか、アレックスは覚えている。これを探ってどうなるかはわからなくても、もうなりふり構っていられなかった。
アレックスは庭に降りた。噴水や東屋が整えられた広い庭からは離れた、閑散とした場所に作られた井戸に向かう。妖精が一層騒ぎ立てて、膝裏を叩くものもいたが、アレックスは気にしなかった。
しかし、周囲に誰もいないか、今一度確認しようと後ろを振り返ったとき、妖精たちが多きく声を上げた理由を知った。
「……良い夜だこと。若きオリエット卿」
その長い髪、星の光が映えるわねぇ。そう優雅に笑った女は、今しがたアレックスが歩いてきた回廊の白い柱に体重を預けていた。
「……まさか、星の光のごとき、といえばまさしくあなたの方だ」
アレックスは笑みの下で苦々しく思った。
そうか、そういえば――と。
「――殿下」
***
「っ、ま、マグノリア、様?」
突然目の前に現れた、ように感じたセシルはあからさまに体をびくつかせて、相手の名前を呼んだ。
見渡しても、周囲に眼鏡をかけた男の姿はない。セシルが慌てふためきながらも立ち上がって王女に腰掛けるよう促すと、女は慣れた様子でエスコートに従った。
「あの、ヘンリック殿は……?」
「ヘンリック? さぁ」
セシルが困っている様が面白いのか、王女はにこやかな笑みでこともなげに返した。
知らないとはこれ如何に。ヘンリックとすれ違ってここに来たのだろうか。
「……殿下、ヘンリック殿のお言葉でないなら、なぜ、ここにおひとりで?」
「あなたがあの男とここに向かうのが見えたから、何だろうと後を追ったのよ」
暗がりの中で、揺れるドレスはすみれ色よりずっと暗い色に見えた。
「オリエット伯爵の息子が、妖精の舞踏会に公爵子息を招待したのかもしれないと思って」
「……」
セシルは小声で失礼を詫び、王女の向かいにもう一度腰を下ろした。
妖精の舞踏会とは、夜の庭や空き地で妖精たちが夜な夜な輪になって踊り、目撃した子どもを攫って行くという伝承だ。オリエット伯爵の秘密とは何も関係がない、国中の人間が知っているおとぎ話のひとつだ。
マグノリアが相手でなければ。
セシルは緊張でひっくり返りそうな心臓を落ち着けようと、ゆっくり息を吐いた。
「殿下、なぜ僕と公爵子息殿を見かけて、追ったのですか。……何か、僕たち二人で話されると気になることでもありましたか」
「嫌に冷たい物言いをするではないの。言葉に気をつけなさい、この先もわたくしと直接言葉を交わせるような身分でいられる保証はないのでしょう」
長い睫毛の下の眦は緩やかに下がり気味で、穏やかで優し気な印象を持っている。しかし口を開けば歌うように酷薄な物言いをする女だった。傲慢さは王女の共通項か、それとも元王位継承者である故か――後者だったらなんでローズはあんなに偉そうだったんだとセシルは口角を下げた。
「オリエット伯爵、妖精の舞踏会……ねぇ、おまえ覚えている? あの時のこと」
「……あの時?」
「二十年くらい前かしら。あの女が騒いで王宮中大騒ぎだったわね」
何のことかとセシルは戸惑った。会話の主導権を握ろうにも、目の前の女がなぜ自ら近づいて来たのか、今何の話をし始めたのかもよく分からず、なすすべなかった。セシルの生まれる前の話を「覚えているか」と聞かれても、返事に窮するだけだったのだが、王女は指折り数えて話し続けた。
「六歳だか七歳だかのトロイが取り換え子に遭ったものだから」
「えっ!?」
セシルは自分の耳を疑った。トロイと言えばこの国の第二王子で、レナードの弟だ。
取り換え子とは、端的に言えば妖精による連れ去りのひとつだ。妖精の舞踏会しかり、妖精の求婚しかり、妖精が気に入った人間を自分たちの領域に連れ込んでしまうというのは稀に起こりうることである。とくに対象が赤ん坊や子どもで、人形や石など、『妖精の子ども』と言われる代替物を置いていく事例を“取り換え子”と呼ぶ。
実際には、置いていかれる代替物は妖精の子どもではなく、子どもをもらっていくお代のつもりの場合が多く、子どもやその親と直接合意の取引をしていない場合には、子どもを取り戻せる場合もあるとセシルは知っている。
「で、でもトロイ王子はそのあと戻ってきたんですよね? 今はご結婚されて、お子様もいらっしゃると聞いてますし」
兄夫婦を差し置いて。
当惑するセシルをよそに、王女は過去を懐かしんでいるのか、東屋の外、灯りの方向に目線を送りながら話し続けた。
「ええ、離宮でいなくなったと思ったら、この王宮の子ども部屋で見つかったもの。でもトロイ、しばらくぼんやりした様子で、本当に妖精の子どもと入れ替えられたんじゃないかってあの王妃はいつまでも心配して」
そういえば、と薄青の目がセシルの方に戻されると、再びその口から思いもよらない言葉を繰り出した。
「結果的に戻ってきたけど、妖精伯爵……当時のオリエット伯が責任取って謹慎、実質引退にまでなったのに、おまえなんにも覚えていないの? いくら世間的には自分から隠居したことになっているとはいえ……」
「…………」
セシルは、こんな場面で祖父の隠居の真実を知ってしまった。なるほどあんなにも辺鄙で不便な立地の城にいたわけだ、と妙に納得する。
セシルの年齢を勘違いしているのか、特に気にしていないのか、王女はセシルのことを小ばかにしたように含み笑いをした。
「まぁ、そのあとローズが生まれて、ようやく王妃も落ち着きを取り戻したけど……あのあと立て続けにライオネルも生まれたから、王妃はオリエット伯爵一人犠牲にして次期国母の地位を安定させたと言えるわねぇ。あの老伯爵、どこぞの田舎で息を引き取ったんですってね」
前王妃の娘である王女から出たその言葉に、潜んだ棘を感じとり、セシルも思わずむっとしたように言い返していた。
「お、おそれながら、レナード殿下がお生まれになった時点で、王妃殿下のお立場は既に確かなものだったかと」
「何を。レナードなど、十四、五歳かそこらくらいまでずっと医者が付きっきりだったのだから、あれでトロイの様子もおかしいとなれば、あの女の子どもよりも、むしろ我ら姉妹から時期女王を望まれても、全然おかしくなかったわ。……実際、レナードの立太子が確定されるまで、第一王女に対する君主教育も平行して続いていたでしょうに」
でしょうに、といわれてもセシルにはわからない。しかし、レナードが昔病弱だったという話は本人から聞いていたが、まさかそんな話が浮上するほど深刻だったとは。
あのすました王妃も、なかなかに気苦労の多い結婚生活を送ったらしいと、セシルはいつも王配座に堂々と掛けている金髪の初老の女性のことを思い返した。
(……アレックスがいたころ、ローズは王妃の訪問だけは受け入れてたって言ってたな)
精神が不安定な時期に授かった子だから、ローズは母親に大層ありがたがられたのではないか。ローズの体調を慮ってあえて老体の公爵を夫に推したのかもしれないと、レナードも言っていたことを思い出す。
「……でも、絶対仮病だよな」
「え?」
「あ、いえ、その」
セシルの憮然とした独り言は相手に拾われたらしく、慌てて誤魔化そうとした。だが、そこで自身の目的を思いだし、このままローズのことを確認しようと考え着いた。
「……最近、フレイン公爵夫人の体調は、いかがでしょう」
セシルは努めて冷静に尋ねようとした。
「急に何かしら」
「成長された後は、レナード殿下より妹の第四王女殿下の方が、体調が思わしくなかったと伺っています。あ、姉であられるマグノリア殿下から見て、最近はいかがでしょう、ということです」
「そんなの」
マグノリアは片手に持っていた扇を開き、悠然と仰ぎ始めた。
「わたくしの知ったことではなくてよ。この前のお茶会でもろくに話さないで、無礼ったらないわ」
「それより、もっと前から、頻繁に、お会いしていたのでは」
「頻繁に? まさか。王女マグノリアが、コルメルサ王子妃マグノリアと同一人物だと知らないものが、よもやこの国にいたとは驚きだわ」
セシルは膝の上に置いた拳を固く握りしめた。緑の目で、相手をひたと見つめる。
「お会いしていなくとも、ご姉妹ふたり、連絡を取り合っていたのでは? ……そう、例えば、レナード殿下の誕生祝の前後、コルメルサの貴重な花を贈ったり、来客対応中のフレイン公爵夫人のもとに使者を寄越したりなどして」
そこまで言って、相手の反応を観察した。相手のはぐらかしには惑わされない、そう意気込んでいた。
「まぁ」
開くときには無音だったのに、閉じるときにはぱちん、と音がした。
閉じた扇を口元に添え、王女の薄青の目は再びにゅうっと細められ、口角も同時に上がった。
「一体誰から出た情報なのかしら。そんなの、わたくし初耳だわ」
「ご、誤魔化さないでください。使者が来たとき、あなたは確かにコルメルサにいらっしゃったことでしょう。だからこそ、公爵夫人の侍女は『コルメルサの』と女主人に伝えたとしか、思えません」
セシルは息を詰めた。
何を考えているのか、皆目見当もつかなかった。心当たりがあれば少しくらい反応があるだろうと思えば、余裕のある態度をまるで崩さないマグノリアへの疑いに自信がなくなってくる。
だが、ハリスの言ったこと、状況を鑑みれば、マグノリア以外に誰があてはまるというのか。もしかしたらヘンリックも関わっているかもしれないが、協力者はそもそもひとりとは限らないのだ。
「まぁ、『コルメルサ』と。それは確かに、王子妃マグノリアのことを指し示していることに他ならないわねぇ」
セシルの緊張はピークに達した。認める、次に来る言葉はきっと、『ばれてしまっては仕方がないわねぇ』だ――
「あとで、お姉さまに聞いておくわね。いつの間にローズと仲良くなったの、と」
「…………え?」
「ああでも、もしかしたら元々仲が良かったのかしら。結婚の話が出る前に、よくローズのことを侍女に聞いていた、か、ら……」
その時、機会を伺っていたのかと思うようなタイミングで、砂利を踏みしめるざらついた音がした。
セシルは素早く立ち上がってそちらを振り向いた。すわ敵の援軍か、そう思ってのことだったのだが。
「お姉様ったら急にいなくなって、全く何をしているの!? ご主人が心配していてよ!」
そこには、濃い茶色の髪を緩やかに巻いた貴婦人が立っていた。セシルはもうわけがわからず、目をぱちぱちと瞬かせるしかなかった。
「ま、マーガレット殿下……」
マーガレットと呼ばれた女は困り顔をセシルに向けて、小走りで東屋に近寄ってくる。その横にはカンテラを手にした二人の侍女が付き従っており、ともにセシルとプラチナブロンドの王女に近寄ってきた。
「……失礼しました、えっと……。あの、姉はマグノリアお姉様に久しぶりに会えたものだから、はしゃいでお酒を飲みすぎたのですわ」
「え、姉、え、マグノリアお姉様……え」
まさか。
セシルは背中に冷たいものを感じてさっきまでの話し相手に顔を戻し、そこに認めた光景に思わず「ひぇっ!?」と間の抜けた声を上げた。
数秒目を離したすきに、王女は腰掛けた体制はそのままに、その首は前に倒れ、扇を持つ手はだらりと力なく膝の上に置かれている。細い肩が微かに上下しているところが、王女が突然絶命したわけではないと教えている。
「酒気を抜いてくるだなんて言ってお庭に出て……ええっと、若き貴いお方、どうかこのお姉様の醜態、他言なさいませんようお願いしますわ。こう言っては何ですが、顔色も変えずに泥酔して、ひと眠りしたらもう何も覚えておりませんの。無礼な振る舞いもありましたかしら、でもどうかこの第三王女マーガレットに免じて、また、」
地味なセシルの顔と名前が一致していないらしく、ますます困った調子で話すマーガレットが手で侍女二人に合図すると、二人は呆けて立ち尽くす男の脇を通って脱力した王女に近寄り、慣れた様子でその肩に腕を通した。
「第二王女、リリーの名誉のために、くれぐれも、どうか」
侍女のカンテラが、眠る王女の濃紺のドレスを照らした。
「………………はっ、はぁぁぁぁぁっ?」
闇の中に、若く貴い身分の若者の、気の抜けた声が木霊した。
***
「……失礼、マグノリア殿下はどちらに」
喧騒やまない大広間で、ヘンリックは見知った貴族たちの一団に声をかけた。
「おや、殿下ならあちらで王女様方と……ええと、あれ? さっきはいたような」
「殿下なら、さっき宮廷の奥に向かっただろう」
「いや、あれはリリー殿下だろう? 多分庭に降りて……ん? いやどっちだったか」
公爵子息はひそかにげんなりした。苛立ちを押し込めて、確実な情報を集めることに努める。
「……すみれ色のドレスの方です」
双子の王女の片割れの、今日の特徴をさりげなく伝えてから。
***
人気の無い閑散とした庭の一角、宮殿内の人間の動きは把握していたはずのアレックスが言葉を探す。
そうか、そういえば、自分がこの王宮に来たとき、この女は既に結婚によって国を出ていたかと、苦々しい感情を笑みに隠して。
「マグノリア、王女殿下」
すみれ色のドレスが揺れる。
近づいてくる女の薄青の目が、獲物を追いつめる楽しみに輝いていた。




