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オリエット伯爵の跡取り息子  作者: あだち
第六章 監督不行届

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捕獲

「闇ルートでもない限り、南方でしか自生しない貴重な苗がこんなところに自然と流通してるわけありませんのよ。きっと、盗人が役人のふりをして保管場所を探して回っていたところで、目をつけられたのでしょうね。

 危ないところでしたわ、地方の街や村で立場ある者に近づき、盗品を預からせて、盗み元に手出しさせないように細工する手口が横行していますから。……あとあと警吏がきても、その実力者を脅して匿わせることもできますもの」


 盗品と言われて青ざめた哀れな小役人は、最初こそスカーレットの言葉を否定していたが、供を付けた立派な身なりの目の前の少女から、国内有数の商会の紋章を見せられると、どちらの言い分に信憑性があるか認めざるを得なかったようだった。


 肩を落としたログスターから慎重に鉢を受け取ったスカーレットの傍らで、状況を呑み込めていない夫人へ「お気になさらず」と言いながらアレックスが手紙を受け取った。

 睨みつける目をスカーレットから離さない小妖精にもう一枚クッキーを渡しながら、セシルも弟の手元をのぞき込む。


「……ローズの筆跡じゃない、だと?」

「……エリックでもない」


 手紙の内容は、世話になったことへのシンプルな礼と、小男の言う通り、珍しい苗を別の鉢に移すことを依頼する内容だった。具体的な世話の内容がなく、書かれたことのほとんどが苗に関する情報のため、ログスターと直接やり取りをしていなくともしたためられる内容だった。


「あからさまだな。目的はマンドレイクを移し替えさせること……口封じか」


 アレックスの後半の言葉はひそやかなつぶやきとなってセシルの耳に重く落とされた。その手の中のクッキーが紙袋ごしに、ぱき、と割れる音がして、キーラが「ああっ」と悲痛な声を出した。


「……エリック、の、字じゃない」


 うめくように繰り返したセシルは、振り返ってログスターに問いただした。


「今日、掲示板に張り出されていた紙で、見慣れない内容のものがあったはずです。思い出してください、その盗人絡みで、身内の者が巻き込まれているかもしれないんです」

「……ジョナの(せがれ)とやらが、盗人の仲間ということか」

「っ! ちが」

「それを確かめるために、あなたから事情を聴きたいんです」


 感情的になるセシルの言葉を遮ったのはやはりアレックスだった。植木鉢の根に土をかけなおしていたスカーレットは、黙って兄弟の様子を見ている。


「……毎日のように勝手に貼られては剥がされるからな。しかし、あの視察官、いや盗人らしい男は来なかったのだが」

 

 ログスターは恨めしそうな顔でセシルを睨みつけてから一転、顎に手を当てて暗くなり始めた空にむかって唸るように話し始めた。


「……今日の昼以降、エリック・ジョナと特徴の一致する男がやってくる以前の短い時間の間です」


 セシルが狭めた時間は、ローズが森から脱出してから、エリックが最後に目撃されるまでの間を示していた。


「女かもしれません」


 アレックスがさらに言うと、ログスターは「女?」と訝しげな声を出して視線を合わせた。


「……旅装の女が一人いたな。見るからに通りすがりという風情だったが、図々しくもロビーの掲示板に貼り紙を貼っていきおった」


 セシルは心臓が大きく跳ねたのを感じた。しかしアレックスが髪の色を問えば「背後からしか見えなかったし、帽子をかぶっていたのでわからん」と返された。


「だが明らかに盗人ではなかったぞ」

「え、なんでそう思うんです」

「簡単だ。歩き方が老女のそれだった」


 アレックスの問いにこともなげに返された言葉に、逆にセシルの方で確信が確固たるものとなった。


「……その人は足を引きずって歩いてたんですね」

 

 アレックスの灰色の目が隣で暗い声を出したセシルへと向けられる。


「ああ、視察官に化けたやつは男だった上、若かったからな。全く、何人仲間がこの村に入り込んでいたんだか!」


 騙された怒りがふつふつと湧き出てきたと見える小男に、アレックスが貼り紙の内容を急かした。


「ああ、しかし、内容はよくわからんかったぞ? 『ひとつは、神様の足元に』と一言だけだった。~~っしかし、しかし! 足の悪い老人のすることと見逃したワシの懐の広さがあだになったとは……!」


 顔を真っ赤にしたログスターが大きな鉢を地面にたたきつける。よくほぐされた土のおかげで砕けることはなかったが、横で首をかしげていた夫人は突然の夫の荒れ様に「お前さんが言うから買ってきたのに、何してんだい!」と怒鳴り声をあげた。

 

 てんやわんやになった夫婦に背を向け、セシルはアレックスに耳打ちした。


「神様の足元って……」

「まぁ、間違いないんじゃないの」


 教会だろう、そう言った弟の言葉に、兄も異議を唱えなかった。

 意見が一致すればためらう暇もないと、すぐさま次の目的地へ向かおうとする。


「……ねぇ、二人とも。とりあえず私をディフレッドの家に案内してくれない? まさか道もわからないレディにここで用が済むまで待ちぼうけさせるつもり?」

「……」


 門へと振り返った二人の目の前に、恐ろしい苗を抱えたままで憮然とした顔の従妹が立ちはだかったのだった。 


 ***


「……用があったみたいなのに、なんだかごめんなさいね。役場でディフレッドの家の場所を聞こうと思ったのに、もう閉めちゃったの一点張りで困っていたのよ」


 スカーレットの供はメイドひとりであった。兄弟はスカーレットから荷物と苗の鉢を受け取り、村のはずれの屋敷まで取って返す羽目になった。

 玄関を破らんばかりの二人のただならぬ急ぎように、ふざけて高飛車に言い放ったことを悪いと思っているようにスカーレットが弁明した。


「道行く人間に訊いてもみんなピンとこないみたいだし、日が暮れ始めたし……仕方ないから“じゃあ森の管理人の家を知っていそうな人の家は?”って訊いて、ようやくたどり着いたところだったのよ。こっちはあなたたちに合流出来てラッキー、て思ってたんだけど」


 玄関ホールでディフレッドの驚いた顔を背景に困ったように笑ったスカーレットを見たセシルには、彼女との再会の挨拶もぞんざいにして教会に向かうことはいささか冷たいような気がしていた。なんといっても、彼女の知識と機転で兄弟とログスター夫妻の命は助かったのである。


「いや、リンデンから来たなら道中大変だっただろ、道が荒くて。それから、さっきはありがとう。助かったよ」

「あら、いいのよ。この国じゃ珍しいけど貴重な薬になるから、覚えてたのよ」


 旅の疲れも感じさせない笑顔で明るく返したスカーレットに、玄関に向かっていたアレックスも振り返った。


「ああ、助かった。……そういえば、盗品って」

「嘘よ。でも、妖精がいないただの希少な苗ならともかく、人死にを出す妖精が張り付いてるものを素人の手元には置いておけないじゃない?」


 そう言って床の上におろされた鉢を見る。狭そうな根元には相変わらず青い髪の妖精が佇んで震えていた。キーラがちょいちょいとつつく動作をしたので、「やめな、かわいそうだろ」とセシルが窘める。


「そういえばお従兄さま、もしかして怪我してる? 私の荷物、持ちずらそうにしてたけど」

 

 キーラがスカーレットのドレスに興味を移す前に、と急いでもう一度出かけようとしたセシルの足はまた引き留められた。元気いっぱいに活動したせいか、小さくとも確かな重みを感じる小妖精を力任せに抱え上げたせいか、痛み止めを処方されたはずの肩の痛みはじくじくとぶり返し始めていた。


「マンドレイクを泣かせずに根の端っこを切り取れば、いい薬になるのよ。煎じてあげるから、出かけるのはそれを傷口にしみこませてからにしたらいいじゃない」

「あ、ありがとう。でもあとでもらうよ」

「いいから! だってあなた、冷や汗かいてるじゃない。……結構深い傷なんじゃないの?」

「……あとで、自分でやるよ」

「……苗を見てもマンドレイクだってぴんと来なかったあなたに、ちゃんと煎じられるとは思えないのよね。火にかける時間を少しでも間違えると、致死の毒になるんだけど、平気?」


 平気かと言われれば全然自信はなかった。とはいえスカーレットの指摘通り、セシルの額には涼しい夜の気候に似合わない汗の玉が浮かんできている。主張し始めた痛みによるものだと、さすがに己でも分かっていた。

 しばらく二人のやり取りを聞いていたアレックスが、ひっそりと溜息をこぼした。


「俺一人でいってくるから、あんたは薬貰って待ってろよ」

「な、嫌だよ! エリックは僕の従者だぞ!」


 城でのローズに対するアレックスの態度を考えれば、怒りと恨みに任せて何をするかわかったものではない。たとえエリックに非があるのだとしても、セシルは自分のいないところで最悪の事態が起きるかもしれないとは考えたくもなかった。


「とにかく心配はいらない! 今は優先順位がこっちなん……いっったぁ!!」

「ちょ、いだっ!!」


 これ以上の足止めは無用と言わんばかりに靴音高く扉へと向かおうとしたセシルは突然大声を上げてくずおれた。タイミングの悪いことに、彼の腕の中にいた小妖精が目の前で揺れていた黒い髪束をしっかり掴んでいたため、アレックスまで後ろに引きずられて倒れこんだ。


「……エリックがどうしたのか知らないけど、とりあえず話してごらんなさい。あなたたちは話が通じてるのに、セシルと昔馴染みの私が仲間外れなんてひどいじゃない?」


 従兄の右肩にわざと強く手を置いたことを謝るのは後回しにして、スカーレットがしれっと上から声をかける。

 うずくまった己の上体の上に重なるようにアレックスが後ろ向きに倒れ込んできたため、弟のほとんど全体重を受け止めることになったセシルは、声が出せなかった。自分の抱え込んだ腕の中から「この悪女!」と罵る言葉が出てきても、さすがにこの時は小妖精をたしなめられなかった。

  

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