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オリエット伯爵の跡取り息子  作者: あだち
第四章 災いの潜む城
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銀の弾丸

 ダンリールは大広間や礼拝堂を備えた背の低い主塔、それを囲む東西と南の塔、居住館とそこからのびた北の塔で成り立っていた。東西の塔と居住館は、それぞれ石造りの通路で主塔とつながり、居住館と東西それぞれの塔も石の渡り廊下でつながりあっていた。


 居住館の北に面した物置から飛び出したセシルは、弟のもとへ向かうべく、建物をぐるりと囲む回廊を走り出した。

 角を曲がるとき、セシルは一度目の発砲は居住館側から東の塔へ向けられていたものだったと知った。回廊から分岐して東の塔へ続く通路には幾本もの柱がある。それら古びた石柱の一本に、黒い穴が三つ開いているのを目にしたからだ。セシルが急ぎ近づくと、予想した通り、それは弾痕だった。


「……銀だ。ちっ、厄介なもん持ち込んだな、おにいさんたち」


 ついてきていた少年妖精がセシルを押しのけて、壁にあいた穴に鼻を近づけると舌打ちした。鉄以上に魔法のかけられた銀の弾丸は妖精への敵意を如実に表すものであり、いつものセシルなら妖精に謝るところだが、今はそこまで頭が回らない。


(僕の閉じ込められていた部屋のある方向から、東の塔の方向へ……僕を閉じ込めたやつが、塔から下りてこっちに向かってきたアレックスに発砲したのか?)


 発砲音は四回だった。柱に三発、あともう一発、どこかにあるはずだ。はやる気持ちを抑えてあたりに目を凝らした。つい先ほど、キーラを追いかけて走った道を小走りで戻りながら。

 四発目はカーブする通路の柱や欄干を擦り抜けて、塔の壁面に当たったらしかった。壁にめり込む弾丸に目を凝らして、セシルは息をのんだ。


「……馬蹄のマーク……」


 黒ずんだその弾には、確かに父親が施した馬蹄に似た紋様が刻まれていた。


「これ、撃ったのは、アレックスの方だ」


 安心していいことなのか、わからなかった。アレックスはおそらく咄嗟の時に撃つ銃は黒い銃だと、セシルは今日のアレックスの様子から見当を付けていた。それを、わざわざ銀の銃を持ち出したということは、紛うことなく妖精を殺そうとしたことになる。


(ハーンが守る城に、敵対的な妖精が入り込むわけないのに……?)


 しかし、アレックスは妖精が見えていても、接し方はセシルから見ても素人のそれだ。知識がないのだから仕方がないが、何気ない悪戯に過剰反応した可能性はある。

 その結果、妖精が逃げていっただけならいい。良くはないが、プラスでないだけだ。

 マイナスなことは、下手に怒らせて、決定的に対立してしまったかもしれないということだ。そうなると命の危険に直結することもある。


「ねぇ、ここにはどんな妖精がいるの!? 人を襲うようなのはいる!?」

「……いるとも? どんなやつだって、時と場合によっては相手を襲うだろ。人間同士だってそうじゃないか」


 呆れかえった妖精の返答はもっともだ。ピクシーだって怒れば二階から頭を狙って石を落とすかもしれない。

 一回目の発砲は居住館から三発。二回目の発砲音は、セシルのいた部屋からはより離れた場所から一発だった。


「くそ、一体どこで……」


 パァンッ―― 


 セシルの肩がびくりと震えた。


 これで五発目である。


「主塔の方!」


 通路まで戻る時間も惜しく、セシルは庭を突っ切って走り出した。


「おい、ちょっと!!」


 突然の銃声に同様に肩を震わせた妖精も、逃がさないとばかりに後を追った。


 ***


 主塔もまた、周囲を回廊に囲われていた。


「アレックス! どこ!?」


 庭師を呼びつけることもできない城である。手入れをされなくなった庭は夏の日差しで草も枝葉も伸び放題だった。そこを全速力で駆け抜けて、頑健な建物を前に一度足を止めて叫んだセシルは、心臓も破けんばかりで、息も絶え絶えだった。最低限しか体を動かさない生活がたたっていたが、赤毛からぽつりと垂れた汗も気にならないほどに必死だった。


「アレックス!!」

「ねぇ、バラ……」

「あとでね!!」


 そのとき、緑の目の視界を横切る小さな一団があった。目を向ければ、見覚えのない小妖精たちが束になって建物内の大階段の影から出てきた。逃げてきた、と言った方がしっくりくる慌てようだった。


(銃を、銀の銃を撃った人間に、妖精は寄ってこない)


 あそこだ。セシルは急く気持ちに突き動かされるように疲弊しきった足を前に動かした。


 安堵する気持ちが湧き上がってくるのを感じた。一カ月と少し前に出会ってから、アレックスの顔を見るのにこんな気持ちになったことはない。如何に憎まれ口を叩きあっていても、最終的に蹴落とす相手だとしても、銃撃を受けていいとは思えないのだから。


 セシルの立っていた回廊からは死角になる階段の影で、長い黒髪が揺れたのが見えた。


「良かった、無事……」


 セシルの言葉が止まった。

 一瞬、息も止まった。


「じゃ、ない?」


 光の遮られた床の上に、点々と黒い染みが見えた。


「…………アレックス…………」


 大階段を回り込んだそこには、階段の側面に体重を預けて(うずくま)る長い黒髪の男がいた。だらりと垂れた左の二の腕からは、(おびただ)しい量の出血が見て取れた。

 セシルはよろよろと正面から近づき、その場に膝をついて震える手を伸ばした。


「……し、しん」



「生きてるよ。残念だったな」



 くぐもった声が聞こえてきたのと、眉間に冷たい銃口が向けられたのは同時だった。

 すぐには、何が起きたのか、セシルには理解ができなかった。


 痛みと敵意に歪んだ冬空の瞳に射抜かれ、目の前の男が自分に銃を向けているということに。

 ぴたりとつけられた固い銃口同様、セシルも金縛りにあったように動けなくなる。


「な、な、な、なに、して」

 

 喉から絞り出された問いに、汗だくのアレックスは右手に銃を構えたまま答えた。

 

「先に動いたのはそっちだろうが」


 二の腕の傷がどれほどなのか、セシルにはわからなかったが、止血もしていないのがまずいことくらいはわかる。体力は血と共にどんどん奪われていくはずである。

 しかし、痛みの分だけ憎しみが増したかのように、充血したその瞳には確固とした殺意が宿っていた。


(……さきに、うごいた……?)


「な、何いってん、のか、わかんないんだけど……」

「……不自然な足跡を用意して、姿を隠して撃って、うまくやったつもりか?

 銀の弾丸は、俺とあんたしか持ってないのに、それ使っちゃ隠れる意味無いぜ、坊っちゃん」


 セシルは戦慄いた。


「違う!! 撃ったのは、僕じゃない!! 僕なわけないだろう!!」

「だまれ!! じゃあなんで俺の腕にこれが当たるんだ!!」


 アレックスの、血だらけの左手から転がり落ちた――投げつけるには力が入らなかったのだろう、床に転がったそれを、セシルは恐る恐る視線を下げて見た。アレックスは引き金を引かなかった。

 セシルの目に映ったものは、間違いなく父伯爵が用意した銀の弾丸と同じものだった。銀かどうかわからない血だらけの玉でも、何故か馬蹄の刻印はくっきりと見えた。


「違う!! 僕じゃない!! 僕は、ここに来てから一発も撃ってない!! 見せようか!? 五発とも、まだ僕は持ってる!!」


「それが、証拠に、なるか!! ……なんてこたない、最初から俺と同じ数だけ弾を受け取っておきながら、半分隠しておいたんだろう!!」

「違う!! いい加減にしろ、こんなことしてる場合じゃない、早く手当てしないと!! 僕だって、誰かに閉じこめられて、ついさっき妖精に出してもらって……」


 セシルは閃いた。


「アレックス、僕言っただろ、妖精は銀の銃を撃った人間に近づかない!! 見ろ、僕のそばには、この妖精が……」


「………………なんもいないんだけど」


 小麦色の髪の妖精の気配は、大広間のどこにもなかった。


 今日のセシルは、とことん嫌われている。

 妖精にも、弟にも、幸運にも。


 




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