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うたひめとかなわない恋と海の旅人

作者: 時見草 明日


_____お前の歌は、なんか、聴いてて落ち着くなァ。馴染むっていうか、幸せな気持ちになる



初めて、だったと思う。

私の事を美人だと、美しいと、歌が素晴らしいと褒めるのではなく、落ち着くと、幸せな気持ちになるとそう言ったのは、彼が初めてだった。


ちょっと癖っ毛の金色の髪に、紫色の瞳、少しくたびれた服から覗く素肌には刀傷なんかがあって、鍛えられた逞しい体。

本当はとっても強いけど、その強さをひけらかしたりしない、そのくせ酒と女に弱くてお調子者。

気づけば人の懐に入り込んで、ひだまりみたいな笑顔で人を誑し込む天才、しかも無自覚なんだから、いっそ余計タチが悪い。


……ばかで、ずるくて、たちのわるいひと。

かなわない恋とわかってるのに、忘れさせてくれないくらい、すきなひと






彼_____レオーネと会ったのは3年くらい前、島の酒場でだった。

酒場で働いている私は、所謂“歌妓”で_____酒場で歌を歌う芸者のこと_____いつもの様に歌を歌い終わった時だった。

初めて見る顔触れだったから、挨拶をして、それで話して次も来るように促すのも私の仕事_____あぁ、なんだか水商売みたい、酒場だし、女の子だっているから、そういうとこと言えばそうかもしれないけれど。

酒で顔を少し赤くしたレオーネはキラキラした目で凄いなァお前、といった。


私は顔は悪い方ではないらしい、それに加えて男の人が喜ぶ仕草だったり状況だったりが作用して、男の人は私を美しいと素晴らしいと褒めるのだ。

褒められても、島の常連以外は所謂愛人みたいな関係を望まれたりそう言ったことを期待する人が大半だから、最近じゃ嬉しくもなくなったけど、笑顔も仕事のうち。

……酒場だし、女の子だっているけれど、合意のもとじゃなきゃ成立しないタイプのお店だもの


「ふふっ、ありがとう。お客さん初めて見る顔ね」

「島で一番良い酒場どこだぁ?って聞いたらここ紹介されてなァ。確かにいーい店だァ、酒は美味いし歌も聞けるし」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「お前の歌は、なんか、聴いてて落ち着くなァ。馴染むっていうか、幸せな気持ちになる」


……それは、初めて言われた言葉で一瞬きょとんとしてしまった。

へらへら子供みたいに笑いながら、歌個人を純粋に褒めてくるんだから、逆にこっちが恥ずかしくなった。

最後に締めくくるように兎に角、俺はお前の歌好きってことだ!と笑い声をあげたのだからもう、たちのわるい。


その日から毎日、レオーネは酒場に足を運んだ。

レオーネは自分を旅人だと言った。

店の女の子に勧められたらデレデレ顔を緩ませて高い酒を何本も頼んだりするんだから、酒場からは上客(いいカモ)だった。

お調子者で酒と女に弱くて、話し上手で気付けばレオーネのペースで、初めて話すだろう相手と最後には飲み交わしたりして仲良くなっていたんだからコミュ力高すぎて逆に引く。


歌を聴いては馬鹿みたいに褒めてくるんだから、しかも毎回褒め言葉何処から出てくるのってくらい違う言葉で褒めてきて、最後にはやっぱりお前の歌好きだなァって締めくくる。

最早店の定例行事みたいになって、店の常連が囃し立てるのも恥ずかしかった。


「あなたって本当、恥ずかしいことばっかり」

「思ってことを正直に伝えてるだけだけどなァ」

「……それが恥ずかしいって言ってるのよ、ばか」

「お?照れたのか?顔隠すなよー!」

「うるさいっ、こっち見るな!」


このタチの悪い天然誑し男は、気付けば私の心ごと持って行きやがったのだ。

きっと、気づいてないだろうけれど。




「おーーーーいアリアーーーー!!一緒に出かけねぇかぁーーーー!?」

「うっ、るさいわよ!このばか!人の名前往来で叫ばないで!!」


昼間、街で偶然出会った時なんか私の名前大声で叫んでまだうなづいてないのに買い物に付き合わされた事もあった。


「付き合わせたからなァ、お詫びみたいなもんだ!」

「……お金は払ってあげないからね」


半ば無理やり付き合わせた事へのお詫びだと言ってくれた紫の髪飾り、可愛くない返事をしたけれど宝物になったのは内緒。


「う〜ん……むにゃむにゃむにゃ……」

「ちょっとレオーネ、毎回毎回酔い潰れないでよ……」

「ぐー」

「……はぁ、全くしょうがないわね」


限界まで呑んだ馬鹿が毎回酔い潰れるものだから面倒を見させられたこと。

それでも、いつも本気で止めないのは、子供みたいに無防備に寝るレオーネを見たいからだと、気付いて恥ずかしくなった。


「……悪いなァ、俺はアンタが思ってるような善人じゃあねェし、アンタとは付き合えない」


酒場の女の子に告白されてるのを偶然見てしまった時は嫉妬とか不安とか、付き合ってないのに思って、女の子がフられたのを喜んでしまって自分が嫌になった。


「……おい、そいつは俺の大事な奴なんだ。髪の毛一本でも触れてみろ……その指、どうなってもしらねぇぞ」


酒場で酔っ払った性質の悪い男に絡まれて困ってた時には何時ものお調子者は何処に言ったのか、真剣な顔で、その男を追い払ってくれて、でもなんだか纏う殺気に少しだけ怖くなってしまった事。

けれど眉を下げてへたれた表情で心配されて怖がったのがバカみたいだったし、それ以上に嬉しかった事。



「明日の朝、島を出る」



……それから、レオーネは旅人だから、島を出るときいたこと。


「……そう、分かったわ」

「あァ、世話になった」

「そうね、迷惑ばっかりかけられたわ」

「むっ、そうか?」

「酒場で毎度毎度酔い潰れた人はどなたかしら?その度にあなたの面倒見させられたのよ」

「あー、そりゃあ確かに面倒かけたよなァ」

「ほんとよ。貴方いつか女の子に騙されそうで心配だわ」

「ははっ、否定できねェな」


……旅人だもの、分かってたはずなのに、レオーネがいつかこの島を出ることくらい。

だって酒場で海の話をしている時、とっても楽しそうだったもの。


「でもそうね、最後くらい、お見送りしてあげましょうか?」

「……あァ、そりゃあいいな」


……だってきっと、もう、会えないもの。

かなわない恋だった事くらい分かってた。


その晩レオーネはいつものように酒場に来ていた、明日島を出ると言った時には皆寂しそうだった。

最後くらいと思ってアンコールにも応えてやったし、一番高いお酒を奢った。

夜中までどんちゃん騒ぎで、気付けば私とレオーネ以外皆酔い潰れて眠っていた。

少し外が明るくなるくらいまでみんな盛り上がってたから、見送りになんて来れるわけなくって、レオーネを見送るのは私だけだった。

思えばレオーネは私が奢ったお酒以外は飲んで無かったな、まぁ、それもそうか。


「それじゃあ、海に落ちたりしないようにね。あと、女の子に騙されないようにね」

「んな事ねェよ、たぶん」

「不安な返事、やめてくれる?」

「………なァ、アリア」

「な、にっ……!?」


レオーネに腕を引かれて、唇が触れ合って、抱きしめられて、何が起こったのか理解できなかった。

キスされてるのだと分かって一気に恥ずかしくなって、体温が一気に上がった。

唇が離されて呆けた顔をしていた私にレオーネは柔らかく笑って、それから、眉を下げてごめんなと謝った。


「なァ、アリア……俺のこと、忘れないでくれ」


ずるい、ずるい、ずるい

忘れるつもりだったのよ、かなわないこいだったと忘れるつもりだったのに

なんでそんな事いうの、なんでキスなんかするの、なんでそんな顔するの

だってレオーネ旅人じゃない、この島にもう一度来るかなんて分からないじゃない、もしかしたら、きっと、もう来ない事のほうが普通じゃない

……そんなこと言われたら忘れられないじゃない、帰って来るかもわからないのに、待つしかできなくなるじゃない


レオーネは私の頭を撫でて、小舟で海に旅立っていった。

それから3年程、結局レオーネが来ることもなく、私はレオーネの事を忘れられない。

……胸に巣くった恋心は根を張ってしまった。

いっそ捨てられれば楽なのに。


レオーネがくれた、紫の髪飾りをつけて、いつもレオーネが座っていた席に彼がいないことなんて分かってるのに、歌を歌いながらそちらを見てしまう。

もういない、いない、たった一か月程度一緒にいただけなのに、さみしい

もう一回、あのへらへらした笑顔がみたい、馬鹿みたいに正直な恥ずかしい褒め言葉が聞きたい、やっぱりお前の歌好きだなァって、そう、いってほしい


…………さみしい

あいたい





「やっぱりお前の歌が好きだなァ」





「え、?」


歌を歌い終わって、耐えられなくなって、酒場を出たそこに、いるはずないのに、金色の髪の、むらさきいろ







……幻覚?あいたすぎて?えっ自分に引く


べしん、幻覚を叩いた……あれ、叩けた

……え、ほんもの?


「アリア、久しぶりだなァ」

「……は、え、なんでここにいるの」


悪戯のバレた子供みたいに、罰の悪そうにレオーネは笑った。










レオーネに連れられたのは島の外れ、あまり人気のない海岸近く。

煙草を吸った黒髪の男の人がいて、レオーネに連れられてきた私とレオーネを交互に見て溜息をついた。


「おい船長、いいか、一時間だ。それ以上は無理だ。わかってるな」

「分かってる、悪いな」

「悪いと思うならケジメつけろ、俺は船に戻ってるからな」


レオーネの背中を蹴り飛ばした黒髪の男は海の方へ歩いていった。


レオーネは私の方を振り向いて、少しだけ言いづらそうに口を開いては閉じてを繰り返してから、俺の話を聞いてほしいんだ、と切り出した。



「俺さ、旅人だってアリアに言ってただろ。海を旅するっていう意味じゃ間違えてねぇけど、ほんとはさ、俺……海賊、なんだ」



一瞬思考が停止した。

海賊、レオーネが……?

この島は結構平和で、海賊が来たことは一度もない。

噂に聞く海賊は問答無用で金品を奪ったりする輩だと聞いていたから、目の前のレオーネがそうだと一瞬信じられなかった。

……あぁでも、海賊といっても、一概にみんな悪いとは言い切れないらしいとも聞いたことがある。

民間人への危害は加えない海賊も、少なくはあるが存在すると。


でも、それでか、と納得もした。

酒場で私が酔っ払いに絡まれていた時の殺気とか、鍛えられた体とか、腕とかにある刀傷とか。


「……そっか」

「エっ、それだけ、か?」

「他になんて言えばいいのよ。民間に危害を加えない(変わり者の)海賊がいるっていうのは聞いたことあるし、それにちょっと納得もしたもの」

「……おう、流石だな。もうちょっと取り乱したりすると思ってたんだけどなァ」

「お望みならばするけど?」

「いや、いい、十分だ」

「……あら?でも海賊で……さっきの人も仲間の人なんでしょ?レオーネ、島を出るとき小舟だったわよね?」


私の疑問にあー、その、な?と頰をかいた。


「俺がこの島に来たのは偶然だったんだよ、二日酔いでふらふらしてたら海に落っこちて流されちまってなァ。財布はポケットに運良く入ってたからホテルにでも泊まって、仲間に合流する為にもこの島に留まろうと思ったんだよ」

「あきれた……あなた、お酒やめたらどうかしら」

「はは、それ仲間にも散々言われた……。それで、情報収集の為にも酒場に行って、あァそう、お前が働いてる酒場。お前の歌を聴いて痺れたんだよ、一目惚れみたいな奴だな。それから毎日酒場でお前と会うたび、話すたび……呆れながら面倒見がよくて、しっかりしてるけど笑うと子供っぽくて、ちょっと素直じゃなくて……お前を知って行くうちに、好きになっちまった。柄にもなく独占欲みたいなのも湧いて、我ながら餓鬼くせェ、自分の目の色の髪飾りなんざ。……あァでも、気分は最高だ。他の男が触れようとするのに嫉妬だってした」


レオーネの手が紫の髪飾りに触れる。

指が流れ落ちるようにそのまま私の頬を撫でた。

レオーネの紫色の瞳がゆらゆら揺れて、なんだか色っぽくて、レオーネが触れられた場所が熱くなった。


「……それから、連絡を取り合ってた仲間がこの島の近辺に来たと聞いて……海賊船が来ればパニックになると思ったのもあって、一番近くの島で待ってろと言った。船は偶々漂流してたのを拾ってな、近くの島に行くだけだからそれで十分だった。……お前の事について、ケジメをつけなきゃならいのは分かってた。だが連れて行くのも置いて行くのも、俺には決断できなくて、一番お前にひどい選択をした。置いて行くならきっぱり切り捨てるべきだった、生きて、まず第一に帰ってくるかもわからないお尋ね者の事を、忘れないでほしいなんて一番最低だ、女々しいにもほどがある。……そのくせいざ海に戻ればお前が隣にいないのが寂しかった。ラカム……あぁさっき俺の背中蹴り飛ばした奴な、彼奴に怒られちまった。くよくようじうじ鬱陶しい上に男が廃る、その件の女を口説いて連れてくるかすっぱり諦めるかハッキリしてこいってな」


一瞬俯いたレオーネの顔はとても真剣で、それから呆れたように笑った。


「諦めるべきだと分かってた。でも酒場にいってお前の歌を聴いて……結局諦めれるわけ無かった、俺のことなんざ忘れた方が幸せな事くらいわかってた、わかってるんだ。でも……お前が隣にいない方が耐えられない。だからアリア、俺に、奪われてくれ」

「……わがままだわ」

「海賊はわがままなもんだ、ほしいものは力尽くで奪うんだからな」

「…………ばかね、もうとっくに奪われてるものをどうやって奪うのよ」

「なにィ!?ま、まさか他の男が」

「なんでそうなるのよ!変なところでばかで鈍感で女々しいわねほんとに!忘れるなって言ったのは誰よ。……他の男なんか出来てたら貴方の言う独占欲の表れの、髪飾り大事にしてる訳ないでしょう!」


私の心を奪って、散々好きにさせて、忘れるななんて言ってキスして海に旅立ったずるいひと。

かなわないこいだって諦めたのに、忘れさせなかったたちのわるいひと。

嫌いになろうとしても、嫌いになれなかったかなわないひと。



「ほんと、ばかで、ずるくて、たちのわるいひと。……私、歌と、あとは料理と掃除くらいしか出来ないわ。体力はあるけど、護身術をかじった程度で戦える訳でもないわ。性格も、見た目もそんなにいい訳でもないわ。けど、それでも……こんな私でもいいなら。奪ってちょうだい、海賊さん(レオーネ)

「……あァ、奪われてくれ、俺のうたひめ(アリア)



ちょっと素直じゃない子と狡いひとが書きたかったんです。(いいわけ、最後のセリフが書きたかった、狡い人って言わせたかった)

叶わない恋と敵わない人をテーマにつくりました、叶いましたけど。


余談ですが、アリアは船では料理人の人達の手伝いというポジションに収まります。

掃除だったり片付けだったりもします、戦闘になると役に立たないので日常生活で役に立ちます。

レオーネ(船長)の恋人ですが、船の中では一番下っ端なのを分かっているので文句言わず仕事はちゃんとします。

酒場出身なので世渡り上手ですし厳つい人にも耐性がありますし度胸があるので海賊船でも割と早めに馴染みます。

謂わば年上の部下じゃないけどそんな扱いになります。

アリアはレオーネには敵いません、でも、レオーネもアリアには敵いません、惚れた弱みです。


ちなみにレオーネは女と酒に弱いけどそれよりもっと奥さん(アリア)に弱いです、女好きですがそこから恋愛に発展したり浮気は絶対しません、レオーネは恋愛的な意味ではアリアしか眼中にありません。

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