これが第一話ってやつさ。尊いだろ?
かなり短いですが、キリがいいので投稿です!
「アッシュっ、こらアッシュっ! 勝手に走って行かないの!」
母さんが、僕を追いかけながら叫んだ。
「あははははは! こっちへおーいでー!」
「もうっ、やんちゃなんだから……!」
僕は今、父さんの仕事場とも言える森に来ていた。
母さんと一緒に山菜や果物を採るために。
不意に、僕の体がふわりと浮いた。
「こらアッシュ、母さんを困らせてはダメだろう?」
猟から戻る途中の父さんに、抱き上げられてしまったみたいだ。
「えへへー、ごめんなさい」
父さんは村で一番の猟師だ。
毎日朝早く森に入り、昼過ぎに帰ってきたら獲物を解体して村のみんなにあげている。
もちろん、代わりの野菜とか牛の乳とか、たまにお金ももらうんだけど。
父さんは村のみんなから尊敬されていて、村一番の美人だって言われていた母さんをお嫁さんにもらったんだって。
母さんは美人で器量よしの最高の嫁だと父さんがいつも言っていて、僕も優しい母さんが大好きだ。
そんな2人の間に生まれたのが僕。
僕は父さんに似て力が強くて、母さんに似て優しいみたい。みんなからは「さすがカイシュさんとアーニャの息子だ」ってよく言われるんだ。
カイシュとアーニャの息子だから、アッシュ。
僕たちの村では、両親の半分ずつをもらって子供は生まれるのだから、その名前も半分ずつであるべきだって言われてるんだって。
「それにしても、本当にアッシュの髪は綺麗だな」
「そうねぇ、その髪だけは、私たちとは全然似てないものね」
アッシュには、灰という意味がある。
僕の髪は父さんと母さんのどちらにも似ていなくて、透き通るような灰色をしている。
物心ついたばかりのころは、暖炉の灰みたいで僕はこの髪色が嫌いだった。
父さんみたいな茶色だったり、母さんみたいな金色の髪が良かったんだ。
でも、村のお年寄りたちはこの髪を灰ではなくて、夜空の星の色だって褒めてくれた。父さんと母さんも、その話を聞いて、確かにそうだと喜んでいた。
そのときから、僕もこの髪を好きになろうと努力している。父さんと母さんが誇りに思っている髪を、行商人さんとかに褒められると、僕もうれしい気持ちにはなるようになった。
でも、なぜか僕はまだ、この髪を好きになれていない。なんだか、もやっとしたような悲しいような気持ちになるんだ。
「ねね父さん! 今日は何を獲ってきたの?」
強引に、僕は話題を変えた。
「ふっ、今日は豪勢だぞ! なんとコカトリスを仕留められたんだ!」
「えっ、コカトリス!? 大丈夫だったのあなた!?」
コカトリスといえば、毒の霧を吐き、最悪の場合人を石のようにしてしまうという恐ろしい鳥だ。
大量発生した場合、専門の狩人たちが大きな街からたくさんやってくるほどに危険視されている魔物でもある。
「なに、1羽だけボーっとしていたのがいたから頭を撃ち抜いてやっただけさ。ほら、これが証拠だ」
父さんが猟に使う袋から出してきたのは、蛇のような尻尾とドラゴンみたいな翼を持った鶏――確かに絵本で見たコカトリスだった。
「父さんすごい!」
「ハハハハ! そうだろう? お前の父さんはすごいだろう? よしよし、今晩はこいつでステーキだ! サッパリとしているのに、舌に絡むみたいに濃厚な味なんだぞ」
「わーいやったー! 楽しみ!」
「全く、作るのは誰だと思ってるのかしら」
「ハハハ、許してくれアーニャ。でも君の料理は本当に美味いから、今から楽しみだよ」
「もう、口が上手なんだから」
僕たち家族は、幸せに包まれていた。
僕は、本当に幸せなんだ。
けれど――――
――幸せとは儚いものだ。
その隣には絶望と悲しみ、虚しさ、憎しみがまとわりついている。
一度砕けてしまえば、全て暗い影に飲み込まれる。
何度立ち上がろうとも、何度耐え抜いても、何度幸せを掴んでも。
人はまた、過ちを繰り返し、俺はまた、絶望に倒れてしまう。
それを俺は知っている。
「――シュ。アッシュ!」
「ふわぁっ!? か、母さん?」
「ぼうっとしてどうしたの? 寝ぼけてるの? 今日もお父さんを迎えに行くわよ。早く準備しなさい」
母さんはそう言って、部屋から出ていった。
僕は……今、何を……?
人の夢と書いて、儚い。
ああ、儚いからこそ――幸せというのは美しい。
砕け散ることで、その幸せは絶望に塗り替えられる。
人は、それだけで英雄にも怪物にもなれる。
彼は、また、繰り返すのだろうか。
『――だからこそ、私は君に惚れたのさ』