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トオル号三話 ベイビー  作者: 伊藤むねお
3/3

ホクロ

 テイは怒りもせず黙ってリョウを見た。あんたが智恵を出す番だよというように。

 しかしリョウは途方に暮れた顔のままである。目が落ち着かない。

 しっかりした母親にどうしてこんな頼りない息子が出たんだろう、いい年をして。

 空也は内心苦々しかったが、いってやった。

「待つしかないんじゃないか。リョウ君の電話番号は伝えたんだから。それにいざとなればタケルに頼むという手もあるし」

 リョウとツキはうなずくしかなかった。タケルは官僚警察官で現在は警察庁にいるが5年ほど前には埼玉県警本部にいたのである。

「だけどね」

 空也がいった。

「どこで間違えたのかわからないなら、要は手から離れた時がいつかということだ」

 少なくともよその赤ん坊とのニアミスが、あったはずなのだ。

「ないわよ。ずっと誰かが抱いていたから。車の中だってずっと抱いてたよ。そうだろう?」

 テイが息子夫婦にいった。

「だったら、家を出るときからちがっていたということになりますよ」

 シズがいった。

「家?・・・」

 リョウが一層狼狽したような表情になり、妻の顔をみた。

「家って・・・」

 ツキの返事は頼りない。

 30近くになってこれじゃ、店を潰しちゃうわね。

 シズはあきれてしまった。

「ちょっといい、ツキさん。最後にこの子のホクロを見たのはいつ? 意識して見たのはという意味だけど」

 シズが聞くと、

「え・・・」、とツキは一層うろたえた表情になった。

「この前、お風呂にいれたとき・・・ね、あなた」

「ああ、そうだったな」

「この前っていつだい?」

 空也の言葉に少し棘が混じりだした。腹立たしいのである。

「昨日かなあ。でも・・・」

「ちょっと、ツキちゃん、裸にしてごらんよ。おむつとか肌着に名前とか印があるかもしれないよ」

「あ、そうだわ」

 テイがそういうと、ツキはいそいで座布団の上に横たえ赤ん坊の産着を脱がした。生身の赤ん坊を初めてみるシズはこわごわと空也の肩越しに覗いた。

 すぐにツキが力無くいった。

「どこにもなにもないわ。みんな新しいのに着替えさせたんだった」

「しかし、ツキちゃん。どっからみてもこれ京ちゃんだと思うけどね。あたしは」

 テイがいった。

「すると、リョウとツキさんがちがうと思ったのは靴下とホクロだけということ?」

 空也が聞いた。

「そうなるわね。いくら赤ん坊といっても毎日裸をみてるんだから。でしょう?」

 テイもそういって息子夫婦をみた。

「そういわれても、あたし、わからないわ」

 わからない。わからないわ。

 ツキが叫ぶように繰り返したそういった。皆が無遠慮な視線での赤ん坊をみている。

「もう着せなさい。風邪ひかすよ」

 たまりかねたようにテイがいった。

「あ、はいはい」

「ちょっといいですか。僕にもみせてください」

 トオルが進み出て指で赤ん坊の大きな耳たぶの一カ所を指した。

「ホクロがあった場所はここでしたね」

「そう。そのあたりよ」

 ツキが怪訝な表情でそういった。

「ここに最近、多分今日か昨日あたりに皮膚組織が剥落した跡があります」

 ええー。

 空也は笑った。

「それじゃまちがいない、京ちゃんだよ。いいかい。トオルの目は僕らの目とちがうんだ。望遠鏡にも顕微鏡にも赤外線紫外線検視もできる。トオルがそういう以上、絶対だ。決まりだよ」

 へんな話だわね。朝な夕なに百日もみている赤ん坊の見分けもつかないなんて。

 赤ん坊が、抱いている母親や祖母も気がつかないうちにいつのまにか入れ替わっているなんてあるものじゃない、とシズは思っており、従兄夫婦の狼狽ぶりに納得がいかなかった。

「ああ、よかったわあ」

 ツキはしっかりと抱きしめて涙を流した。

「よかったな」

 リョウも遅れまいとするように傍からいった。

「やれやれ。いくら赤ん坊だってこんなにそっくりな子はいないわよ。誰よ、最初におかしなことをいったのは」

 テイが襟元を直しながらいった。

「僕が靴下のことをいったのが最初です」

 トオルがぽつんとそういった。申し訳有りません、というような表情はない。そもそもトオルがいったのは、靴下に「宮」という文字が書いてあるということだけである。

「そうだね」とテイ。

「あ、待って。思い出したよ。いけねえ。興奮してすっかり忘れていた」

 リョウがぱんと額を叩いた。

「神社で僕が抱いているときに、うしろからどこかの小母さんが、靴下が脱げましたよといって、それを手渡してくれたんだ」

「あら、そんなことがあったの。なんでいってくれなかったのよ」

 ツキがいった。

「もらってそのまま履かせたよ。その小母さんが間違えたんだ」

「間違えたのはあんたでしょ」

 テイが冷ややかに息子にいった。リョウはばつが悪そうな顔になった。空也が座を取り持つように明るくいった。

「トオル。ホクロって取れるのかい」

 空也がそういってトオルを見た。

「わかりません。医学のデータベースを検索してみましょうか」

「いやいいだろう。ホクロにみえたが医学的にはホクロではないってこともあるだろうな。ま、それは皮膚科か、この子が産まれた病院の医者にでも聞いたらいいさ。な?」

「はい。明日にでも聞いてみます」

 玄関先で空也、シズ、トオルが見送りで出た。


 姿が見えなくなると、

「あれじゃ困るな。むしろアキを跡継にしたらいい。婿をとってな。ここはタケルと相談するか」

「それがいいかもね。アキちゃんなら五つ☆カードがもらえるかもしれない」

 トオル、どう思う?

 とは言わなかったが、シズはちらっとトオルの顔を見た。しかしこれといった反応はなかった。



ありがとうございます。次号をお楽しみに

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