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トオル号三話 ベイビー  作者: 伊藤むねお
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ベイビーとりちがえ?

「この子が自慢のロボちゃんかい」

「始めましてトオルです」

 トオルは膝をそろえて頭を下げた。

「ふうん」

 空也は病死した弟をイメージしてトオルの顔を作ったことをテイにだけはいってあった。テイもそのことを思い出したらしく記憶を辿るようにしてトオルの顔を眺めていたが、そのことの感想はいわなかった。むろん似せて作ったのではなくイメージで作ったのだから似ていないのは仕方がない。

「どっちかというとタケルが子どものころに似てるよ。けど、それよりはあんたの孫だね」

 テイはそういってシズの顔をみた。シズは首をすくめた。


「叔父さん。びっくりしましたよ。これ本当にロボなんですか? 普通、リボンを見なくてもわかるんだけどなあ。な、ツキ」

「そうよね」

 リョウとツキもそういいペットでもみるような目つきでトオルをみた。人間の子なら照れるところだが、トオルは無遠慮な視線にしっかりと耐えている。もっとも「耐える」というのはトオルには無用である。「辛い」という機能がないのだから。

 しかし傍で見ていたシズは不快だった。

 どうみても人間の子にしかみえないといっておきながら。あいかわらずしまりのない人だわね。でもこういう人に限ってロボがフリーズするほどのアタックはどうせできないんだから、うまくできてるわ。

「ヒロさん、仙台だって?」

「うん。昨日からね。地震のときはシズが行っていたんだよ。トオルをつれて」

「あら、そうだったの」

「ええ、あちらのお祖母さんにそろそろ介護ロボをどうかと思って、トオルを見せにいったら、あれだもの。最初のぐらっと来たときには死ぬかと思ったわ」

 シズが手ぶりを交えて語った。

「震度五強だっけ?」

「そう。わたし慌てて立ってしまって椅子ごと倒れちゃったわ」

「へえ」

「家は大丈夫だったけど、中の壺とか人形とかアルバムとか、亡くなったお祖父ちゃんの本とかが総崩れになって」

「そのくらいは仕方がないよ。でも、誰にも怪我はなかったんだろう」

「いや、ヒロの妹の亭主が足首を折ったよ。たいしたことはないらしいんだが、それもあってね、見舞いも兼ねて」

「あら、そうなの。知らないでごめんね」

「お義母さん。関東大地震は」

「え?」

 ツキが突拍子もない質問をした。テイは目を丸くした。

「ツキちゃん。あたしをいくつだと思ってるんだい」

「え? ちがいます?」

 ツキは、とんでもないことをいったらしいと気がついて顔を赤くしてリョウの顔をみた。リョウは顔を赤くしながら妻をたしなめた。

「馬鹿だなあ。あれは大正だよ。だよね」

「大正12年だ」

 空也がフォローしてやった。

「すみません」

 ツキひとりが小さくなってしまい座がしらけた。

 こういう時の頼みはペットか子どもである。

「可愛いわねえ」

 間髪を入れず、シズが手を伸ばして赤ん坊のほっぺをつついた。

「トオル。可愛いでしょう?」

「はい。可愛いです」

 シズの掛けたソファのうしろにトオルが立っている。

 空也の見るところ、最近、とくに仙台から帰ってからというものどうもシズに寄り添うように思えてならない。

「そうかい? 可愛いです、という顔じゃないけどロボちゃんでは仕方がないか」

 テイが笑いながらいった。

「伯母様。可愛いというのはこういうのをいうのかと学んでるのよ」

「そうなんだよ、姉さん。この子が本当に可愛くてよかったよ。でないと、おかしなことになるんだよ」

「どうして」

「可愛いという言葉を間違えて覚えてしまうだろう?」

 あらあ、そうねえ。

「結構、気をつかうんだ」

 テイが笑い、みんなも笑った。


 騒ぎの発端はトオルのひとことだった。

「赤ちゃんの名前は京ちゃんですよね」

「そうだよ。知っているんだ」

 リョウは感心したようにいった。

「リョウ君。ロボの記憶はわれわれとは全然ちがうんだ。全部メモを取っていると思えばいい」

 空也が苦く笑いながらいった。

「靴下の名前がちがいますが、どうしてですか」

 え?

「靴下に名前って?」

 リョウがきょとんとした顔でトオルをみた。

「ほら」

 トオルが前に出て着物の下から覗いている赤ん坊の白い靴下をそっと指した。

「あら、ほんとうだ」

「宮と書いてあります」

 何度か洗濯をされたらしいが小さな漢字がみえる。

「新しい靴下を履かせたはずだろう」

 リョウが怪訝そうな顔でそういった。そのとたんであった。


「ちがうわあ。京ちゃんじゃないわ」

 ツキが絶叫し、赤ん坊の左の耳をつまんだ。

「だってほらホクロがないもの」

「え?」

 リョウが怪訝そうな顔になった。

「ホクロなんてあったかい?」

 テイも覗き込んだ。

「ありましたよ。お義母さんたら、覚えてないんですか」

 ツキが難じるようにテイにいった。

 そこからあとの若夫婦の慌てようといったらなかった。信じられない事ながら赤ん坊が入れ替わっていたというのだ。

「ちょっと待って」

 たまりかねて空也がいった。

「毎日見ている赤ん坊だろう? いくらなんだって見間違えるかい?」

「そ、それは」

 叔父にそういわれ、ツキもリョウも改めてまじまじと赤ん坊を見直した。

「でもホクロがありませんもの」

「着ているものは?」

「着物? どうだろう。お母さんはどう?」

 リョウがテイに聞いた。

「あたしに聞くのかい? あんた達が買ったんだろう。でも、あたしの記憶じゃ、今朝、家に寄ったときからそういう柄だったよ」

「そう? 弱ったなあ」

 リョウは困った顔になった。

「ツキさんはどう?」

 空也が聞いた。

「わかりません。似てはいるけど違う気もするし・・・それに今日神社で会った赤ちゃんはどの子もみな同じような柄だったし・・・。リョウさん。ねえ、警察に電話して」

 ツキの目からはもう涙が溢れかけている。

 空也が制した。

「まあ、落ち着きなさい。ものが無くなったのとはちがうんだから、もしそうでも、どこかで取り違えがあったということだ。事情はわからないが向こうの方がもう気がついて探しているかもしれないだろう。とにかく赤ん坊は無事なんだから」

「そうだよ」

 テイは落ち着いており、息子夫婦の慌てぶりを楽しんでいるようにさえ見えた。ツキはそのような姑が気に入らないようである。恨みがましい目を向けた。

「お義母さん。ずっと抱いていたのはお義母さんじゃありませんか」

「ずっとじゃないよ。半分くらいだね」

 テイは軽くいなした。

 まあまあ。

 空也が、先ず社務所に問い合わせをしようじゃないか。

「トオル。川越大師の社務所に電話をしてくれ」

「はい」

 トオルはいつものように内蔵されている電話ではなく、空也の机の上のものを使った。

「もしもし。こちらは内山と申します。恐れ入りますが少しお待ちください」

 トオルは、そういい、コードレスの受話器をリョウの手に渡した。リョウは手にとっていそいで耳に当てた。


 シズは考えていた。トオルは誰が電話に出るのが一番いいかを、どういう基準で判断したのだろう。

 もしこの状況を真に、つまり人間的な感覚を以て理解していれば冷静で世間慣れた伯母が断然よい。しかしトオルは人間的な感覚を以て世間慣れた伯母をしらない。もっともテイが、わたしが出るよ、といえばそうしたろうし、電話をしてくれといった空也すなわちマスターに渡すのも正解だった。ツキは心を乱しているから渡せない。そこで赤ん坊の父親に渡した。あれ、候補にわたしが入っていない。

 プッシュ・・・をやめた。

「もしもし、内山リョウと申します。あのですね」

 リョウが咳き込むように話を始めた。

「え、そうですか。実は・・・」

 まだ届け出はないらしい。ツキはもう泣きじゃくっている。長い電話だった。

「え? こちらの電話番号ですか。ええと」

「あんた携帯持ってるでしょう?」

 テイがいうと、リョウは救われたようにその番号を告げて電話を置いた。

「ないって。それじゃ警察だよ。叔父さん。あそこは川越警察署でしょうか」

「そうだね」

「ロボちゃん。トオルちゃん、悪いけどまた電話してくれるかい」

「はい」

 しかし警察にも届けではまだなかった。

「こっちが気がつかなかったように先方さんもまだ気がついてないんだな。似ていることは確かなんだろうから」

「お義母さん、わたしどうしたらいいのかしら」

 ツキの言葉の調子にはなにかしら恨みがましいものが混じっている。空也もシズも心中、首をかしげた。

 どういうのだろう、この人。そんなに頭が悪い人にも思えないけど。パニック?


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