表現の自由と川崎市のデモ中止騒動
長いです。判例のせいです。
さて、またまた某エッセイの話をしましょう。某エッセイでは、「それ見たことか!!」などという目を引くタイトルで、川崎市のデモ中止騒動の話をしています。実はこれ、不適切な表現とはわかっていますが敢えて言わせて頂くと、とても興味深い事件だと思います。
まず、この騒動の簡単な流れを説明していきます。
・以前に差別的な内容が含まれるデモをしていたある団体が、集会の目的で川崎市に公園の使用の許可を申請
・川崎市は、この集会でヘイトスピーチ等が行われる可能性が極めて高いとして、不許可処分を出した
・デモ団体は、在日朝鮮人の団体の申し立てにより、同団体の施設から半径500メートル以内での集会等の禁止の措置を地方裁判所から受けていた
・デモ団体は、ヘイトスピーチ等を行う趣旨ではなく、民主党と日本共産党への抗議、という趣旨を事前に明らかにし、警察から道路使用の許可を得ていた
・集会当日、反デモ団体が大勢集まり、路上に寝込むなどして進行を妨害、両者の間で激しい言い争いも起こったようだ
・これらの状況を踏まえて、安全上の理由から、警察はデモ団体の主催者にデモを中止するように指導要請し、主催者はその要請を受け入れ、結局デモは進行直後すぐに中止となった
・デモ団体は当日はヘイトスピーチ等をしてはいなかったようであり、また事前にブログなどでヘイトスピーチ等をしないように促していたようだ
・反デモ団体は、当日は道路使用許可を取得していなかった、また、民進党や日本共産党の議員も参加していたようだ
ネットとかの情報をまとめるとこんな感じでしょうか。もし過不足や訂正があれば是非お願いします。ちょっとわかりずらいかもと思うところを補足しておきましょう。
まず、デモ団体は最初は川崎区にある「公園」の使用許可を「川崎市」に申請したんですね。そしてそれに対して、川崎市市長が不許可の処分を下しました。理由は、以前から行われているデモ等でヘイトスピーチなどと認められる言動を行ってきた事実を鑑みると、今回の集会でも同様の言動が行われる可能性が極めて高いと判断したからです。なので、デモ団体の主催者は、今度は中原区の「道路」の使用許可を「神奈川県警」に申請したわけです。ちゃんと、申請の時に、ヘイトスピーチ等の言動をする趣旨ではないよということを示したので、神奈川県警は、申請に対して許可処分を下しました。そして当日は、とりあえずデモ団体側に違法な行為はみられなかったかが、反デモ団体との接触による安全確保上の問題により、警察は最初は反デモ団体の方に解散を指導要請したが受け入れられなかったため、デモ団体の方に中止を要請、デモ主催者が要請を受け入れて解散、という流れです。ここで気になる点が、反デモ団体は許可を取っていなかったことでしょうか。
さて、これらを前提で議論をしていきたいのですが、議論のポイントはいくつかあると思います。
最初は、川崎市の不許可処分のところですよね。この処分が適法なのか違法なのか、というのが議論すべきポイントでしょう。
さて、これを議論するに当たり、まず判例三つを挙げておく必要があります。最初がが新潟県公安条例事件、次がが東京都公安条例事件の判例、最後が徳島市公安条例事件の判例です。長いですが、分かりやすいかどうかはわかりませんが、後で説明はします。
"公安条例が集団行動等につき単なる届出制を定めることは格別、一般的な許可制を定めて事前に抑制することは憲法21条に反する。ただ、公共の秩序を保持し、公共の福祉の著しい侵害を防止するため、特定の場所または方法につき合理的かつ明確な基準の下に許可制をとり、公共の安全に対して明らかな侵害が予見されるときには許可しない旨を定めても違憲ではない。"
"集団行動による思想の表現は、時と場合によっては一瞬にして暴徒と化し、警察力によっても阻止できなくなる危険があるので、公安条例が必要最小限度の事前規制をすることはやむをえない。東京都公安条例は文面条許可制をとるが、「公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の他は許可しなければならないとして、不許可の場合を厳格に制限しており実質においては届出制と同じである。許否の決定が保留されたままの場合の救済が定められていない、あるいは濫用のおそれがありうるからといってただちに違憲とはいえない。"
"条例は、法律の範囲内でのみ制定できるものであるが、条例が法令に違反しているかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する名文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間になんらの矛盾抵触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じない。"
新潟の判例は、集団行動の事前抑制として単なる届出制はいいけど、一般的な許可制はダメですよ。でも、安全とか迷惑とか考えて、特定の場所や方法を対象として、合理的ではっきりとした基準を定めたうえで許可制をとることは問題ないし、明らかに安全上の問題とか、過ぎた迷惑行為が行われる可能性が高いと認められる場合には許可しなくても違法ではありません、ということです。ここでいう一般的の例は、「公安を害するおそれ」みたいなものです。
東京の判例は、集団行動には常に危険性が伴うから、最小限の事前抑制は許されますよ、ということです。また、許可不許可の決定がある程度の期間されない場合は、それは間接的に集団行動を抑制することになりますよね。許可がないと集団行動は公共の場ではできませんから。でも、決定を保留されたときの救済の方法が定められていない場合でも、またこの決定の保留が濫用される可能性がある場合でも、それだけをもってただちにダメというわけではありません、ということも東京の判例は示唆しています。
徳島の判例は、言いたいことは最初の一文です。法令と条例の形式だけを比較するのではなく、中身もちゃんと考慮して矛盾抵触があるか決めましょう、ということですね。
そして最初の例えが、国の法令がない場合の話です。こんなときは、国の法令が無いからといって、条例を定めてもいいというわけではありませんよ、法令とか条例とかを定めない方が妥当という趣旨の場合は、条例を定めたらダメですよ、ということですね。何でもかんでも規制すればいいというものでもありませんから、規制しない方がいい場合もあるわけです。
次の例えの二つが、国の法令がもうある場合の話にですね。こんなときは、まず国の法令と条例が別の目的で規制している場合には、国の法令を邪魔しないなら問題ありませんよ、ということですね。また、国の法令と条例とが同じ目的であった場合でも、当然地方ごとに様々な違いがありますから、国の法令が日本全国一律の規制をする目的ではなく、国の法令が地方ごとに異なる規制を定めてもいいよというような中身のときには、その違いに応じて国の法令が定める規制とは別の規制を定めることもいいですよ、ということです。
例えば、京都なんかは、素晴らしい文化財が数多く存在し、町並みも日本風の古きよきものですから、その景観を守るために、建築基準等に関して全国よりも制限を設けてもオーケーなわけですね。
さて、これらの判例を踏まえて、川崎市の不許可処分の是非を議論していきます。まず、川崎市は在日外国人が全国と比較してもとても多く暮らしているようで、市の行政としても、在日外国人と日本人との共生を実現したいと考えているようですね。また、歴史的にも外国人との交流の中で発展してきた町だそうです。ソースは川崎市のホームページや公開文書等です。ならば、以前に国の法令であるヘイトスピーチ解消法の合憲性は確認しましたから、合憲であるヘイトスピーチ解消法の理念を具体的に実施する目的で、このような背景を持つ川崎市がヘイトスピーチ等の言動に対して厳格な姿勢をとることは合理的であり、十分合憲性が認められると私は考えています。
しかしながら、集団行動の自由は表現の自由として尊重されなければいけませんから、ヘイトスピーチ等の言動が行われる可能性が極めて高いと認められなければ、市の行政はデモ等をする目的で公共の場の使用を許可しなければなりません。
そこでポイントとなるのが、川崎市に申請をしたデモ団体の以前の言動と、申請の内容でしょう。前者は、どうやらかなり過激な発言をしていた事実があるようです。ネットにその発言の一部がありましたので、書いておきます。
「桜本は日本だ。デモをやって当たり前だ。終わらせてやる。一人残らず日本から出ていくまで、じわじわと真綿で首を絞めてやる。」
これはちょっと看過できませんよね。さすがにこれはマズイと思います。というか、命の危険性まで考えられます。そして、何度も説明はしていますが、デモをやって当たり前ではありません、公共の福祉を忘れないでほしいものです。
さて、後者の方ですが、これは情報がなかったのでわかりません。もし知っている方がいた場合は教えて頂けると幸いです。とりあえず仮定として、ヘイトスピーチ等の言動をしない旨を明らかにして申請をしていたならば、申請の不許可は違法だと私は考えています。逆にその旨が曖昧不明確ならば、以前の言動と川崎市の事情を鑑みれば、不許可の申請は当然に違法とはいえないと思います。
結局、川崎市の不許可処分の違法性は、具体的な申請内容の事実によって決まると思います。
けれども、我が国では、違法な行政処分に対する救済措置がきちんと用意されています。取消訴訟と審査請求です。詳しくは解説しませんので、気になる方は感想で質問するなり、自分で調べて下さい。さて、この二つの救済方法がきちんと用意されているのだから、川崎市の不許可処分が違法だと思ったのならば、これらを使って、不許可処分の取消と、許可処分の義務づけ訴訟を起こせばいいだけの話だと私は思います。ちゃんと用意されている救済方法という権利を積極的に行使しない人は、別に救う必要もないと私は思います。これは民法的な考え方ですが、私はとても賛成しています。与えられた権利を行使しないような怠慢な人間まで救うほど国は暇ではありませんから。
次に裁判所の措置ですが、私は司法に関しては素人なので、裁判所がそういうならばそうだと思いますが、もしこの措置に不服があるなら上訴すればいいだけの話だと思います。そのために我が国は三審制なのですから。
次は警察が道路使用許可を出したことでしょうか。これも問題ないかと思います。いくら過去に不適切な言動をしていたとしても、今回のデモの趣旨が正当であるならば許可をしなければなりませんから。
もしかしたら、あんな発言をするような連中に許可を出すなんておかしい、と思う方もいるかもしれません。しかし、過去に何か不適切なことをした人に許可を出さないということが許されてしまえば、様々なことが過去を理由に、容易に行政によって制限されうることになります。それは行政の権力の肥大化と、国民の自由が不当に制限されてしまうことにほかなりませんから、やはり集団行動の趣旨が正当だと認められる以上、許可は出すべきではないでしょうか。
次はデモ当日の話です。まず、このデモ団体はヘイトスピーチ等の言動をしたとは認められないようですから、デモ自体は適法でしょう。むしろ、道路使用の許可を得ていない反デモ団体の方が違法の可能性があります。しかしながら、この両者の接触で言い争いまで発展したようですから、警察が安全の確保を理由にデモの解散を指導要請するのは問題ないでしょう。それに、どうやら警察は最初は反デモ団体の方に解散するように指導要請していたようですが、それが受け入れられなかったため、やむを得ずデモ団体側に中止を要請したわけです。
ただ、反デモ団体の方が許可を得ていないのだから、反デモ団体に対して警察は解散を指導要請し続けるべきだ、と考える方もいるでしょう。しかしながら、東京都公安条例事件の判例でも述べられているように、デモなどの集団行動は一瞬で暴徒化する危険性を孕んでいます。そして、当日はデモ団体が数十人、反デモ団体は百人以上集まっていたようです。これらの事情も考慮しながら安全の確保という公共の福祉を考えると、デモ自体を中止するように指導要請することの合理性は十分あると私は思います。もし、反デモ団体に立ち退くよう指導要請し続けた結果、彼らが暴徒化する危険性も考えると、彼らが集まった根本原因であるデモ自体を中止することは十分合理的です。
さらに、警察はあくまで指導要請をしただけでデモ団体に強制はしていませんから、そこも考慮すべきです。警察の指導要請を受け入れデモを中止したのは、あくまでデモ団体の主催者が任意に行ったことですから適法だと思います。
そして、反デモ団体が違法だと思ったのならば訴えればいいわけです。そのために我が国には裁判所があるわけですから。ただ、実際に訴えているという情報もあるので、もう少し情報がほしいところです。また、反デモ団体も適法に許可を求めて集団行動すれば問題ないのですから、許可を取ればいいと思います。
あと、某エッセイでは適法に許可されたにも関わらずデモ中止だなんておかしい、言論弾圧だ、などと主張していますが、これは少し短絡的ですよね。なぜなら、例え申請時は適法だったとしても、その後の社会事情の変化により制限を受ける場合も十分考えられますから。今回の場合は、公共の安全が確保できない以上、デモはできないわけですから、仕方がない面もあるでしょう。
結局、川崎市の一連の騒動は、情報が不十分なとこもありますが、市の対応も警察の対応も大きな問題があるわけではないと思います。けれども、もし問題があると思うならば、裁判所で決着を付ければいいのではないでしょうか。これが私の結論です。特に裁判所がヘイトスピーチ解消の理念と表現の自由の衝突に対して、どのような判例を示すのか非常に気になりますので、不謹慎かもしれませんが、是非最高裁まで訴えてほしいものです。
さて、ここまでの話を聞いて、皆さんはどう思うでしょうか。長いとは思われたでしょうが、他にも結構いろいろな意見があるかと思いますので、どのような形でもいいので是非聞いてみたいと私は思っています。
次回はこのデモに関して、適法とかそういうベクトルの話ではなく、個人的な意見を述べていきたいと考えています。ようやくエッセイらしい話ができそうです。
みなさんはデモに対してどのような考えを持っているでしょうか。




