憲法21条について
なぜ法学上の文章はこんなにも回りくどいのだろうか……。
某エッセイでは、「大阪維新の会」の話のところで、日本国憲法第21条を根拠に、ヘイトスピーチ抑止条例が違憲であることを主張していました。この日本国憲法第21条は、憲法の話で重要なポイントがあるので、今回はそれを説明していきたいと思います。
まず、日本国憲法第21条の条文を挙げておきましょう。
"集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保証する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。"
これです。主な内容は三つありますが、それに合わせてポイントも三つあります。それらをひとつずつ説明していきましょう。
まず、第一文目の内容ですが、つまりは表現の自由のことです。ここでのポイントは、この表現の自由が絶対無制限に認められるか、ということです。みなさんはどう思いますか。結論は絶対無制限には認められません。公共の福祉の制限を受けます。公共の福祉とは、これが正しい解釈なのかはわかりませんが、みんなの利益や社会全体の利益、くらいの意味だと私は考えております。これは、具体例を考えてみるとわかりやすいと思います。例えば、もし表現の自由が絶対無制限に認められるとしたら、他人に対してどんなにひどい悪口を言っても許されちゃいますよね。悪口もその人の内心を表現したものだと言うことができますから。あとは、セクハラなんかもひどいですよね。愛情を表現しています、というような言い訳がまかり通ってしまうわけですから。ですので、結局のところ表現の自由といっても、なんでもかんでも許されるというわけではありません。
次の第二文目の内容ですが、つまり検閲の禁止です。さて、そもそも検閲とは何でしょうか。みなさんも、検閲という言葉は聞いたことがあっても、法学上のちゃんとした定義は詳しくない方も多いと思いますので、これはしっかりと説明していきます。
まず検閲という言葉の定義は、きちんと判例で定義されています。税関検査事件の判例です。
"21条2項の検閲禁止規定は、公共の福祉を理由とする例外の許容を認めない検閲の絶対禁止を宣言したものである。「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することをさす。"
前半の内容は、検閲の定義とは関係ないのですが、重要な内容なので書いておきました。検閲の定義は、後半の内容ですね。ポイントをピックアップしておきましょう。
主体➡行政権、公権力一般ではないことに注意
時期➡発表前、発表後ではないことに注意
目的➡発表の禁止
審査➡網羅的一般的
この四つが、検閲の定義のポイントです。これらを全部満たしていないと、検閲とは言わないと裁判所は言っているんです。とても厳しい要件ですよね。でも、だからこそ判例の前半で述べているように、検閲は公共の福祉の例外を許さない絶対的な禁止なんですね。わたしも法律の専門家というわけではないので断言はできないのですが、公共の福祉の制限を受けないものって、たぶんこの検閲の禁止と、あとは内心の自由だけだと思います。つまりはそれくらい、検閲はしてはならないものと裁判所は考えているわけです。
一応、対立学説が存在して、その学説では、主体を公権力まで広げて、時期を発表の前後に広げて、検閲を定義しています。この場合は、広く定義したぶん、公共の福祉の制限を認めることになります。ただ、現在最も有力なのは、判例の定義ですので、対立学説の方は話半分くらいに捉えておいてください。
なのでまとめると、判例の検閲の定義と、絶対的な禁止が第二文のポイントです。
最後に、第三文ですが、つまり通信の秘密の侵害の禁止です。これのポイントも、例外が認められるかどうかです。みなさんは、例外が認められると思いますか。これは、刑事ドラマとか見たことのある人ならわかるのではないでしょうか。これも、例外が認められています。これも判例があるので、書いておきます。
"重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話機により被疑事実に関する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存在する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮したうえで、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときは、法律の定める手続きに従ってこれを行うことも憲法上許される。"
まとめますと、重大犯罪事件の捜査において、合理的な理由がちゃんとあり、通信が行われる可能性がかなり高くて、他の方法では捜査が難しいという前提条件のもと、様々な利益を慎重に考慮してそのうえで仕方ないと認められるときには、法律の手続きを踏んで通信傍受を行うことは憲法に違反しませんよ、ということです。まとめも少し長いですが、一言で言えば、どうしようもなく仕方がないときはオーケーということです。
以上のように、きちんと憲法の条文を解釈していきますと、最初に出てきたヘイトスピーチ抑止条例は、21条に違反していないことがわかると思います。ヘイトスピーチは、公共の福祉を考えたら制限されても仕方がないですし、ヘイトスピーチは「不当な」差別的発言ですから、網羅的一般的な審査にも当てはまりません。ただ、この21条は、特に検閲のポイントは間違いが多いところなので、某エッセイの作者も勘違いしてしまったのでしょう。きちんと勉強して欲しいと思います。
あと、これは完全に蛇足ですが、某エッセイの大阪維新の会の話のところで、香山リカという人のTwitterが例に取り上げられていたので、彼女のことを調べてみたら、とてもすごい人でした。どれくらいすごいかと言いますと、検索タグに「頭おかしい」が予測で出てくるくらいすごい人です。もしかしたら、有名人なのでしょうか。私は初耳だったのですが。このことで、某エッセイの作者がどのような人か確信できました。まっくろですね。結論は、世の中にはいろいろな人がいるなぁということにしておきます。ただ、某エッセイを評価している人が、なろう上で考えた場合には相当数いるのことが、私はとても不安に思えます。身内票だといいのですが……。
みなさんもお時間があれば、香山リカさんを調べてみてはいかがでしょうか。ぶっとんでいる人なので、一見の価値はあるかと思います。動画もかなりすごかったです。
どうしてこうなった^p^




