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羽墨神社『人形さがし』(1/2)

 空が朱いのは太陽が血をまき散らしながら死ぬからなんだ。


 カラスは朱く染まったの空を羽ばたき、悲しげに鳴いていた。

 四月の暖かい風が、草木の青臭いにおいを運んでくる。

 やけに朱い夕焼けの中、一人の少年が石段をのぼっていた。


 くすんだ黄色のTシャツに黒の半ズボン。

 小学生五年生の少年だった。

 

 階段をのぼっている途中、無音のノイズが空気を震わせる。

 少年はその小さな変化を感じて、後ろを振り返った。

 その直後、音割れのした『夕焼け小焼け』が街一帯に鳴り響く。

 防災無線のスピーカーから流れ出したそれは、自治体が六時を知らせるアナウンスであった。


 少年――時任ときとう仁史ひとしも、この曲で今の時刻を把握はあくし、前を向いて再び石段をのぼりはじめた。


 この『夕焼け小焼け』が流れると、多くの外で遊んでいる子供たちは家に帰ろうとするが、仁史だけは違っていた。

 彼は妹を迎えに行くために、羽墨神社へ向かっていたのだ。


 羽墨神社は羽墨山の中腹にある神社。やや広い敷地を持ち、子供たちの遊び場となっている。

 ここからは学校や公園などから離れたところにあるので、この辺一帯に住む子供たちは外で遊ぶとなるとこの神社に集まってくることが多い。

 ただ山の中腹にあるため、神社へ行くための石段が少々長く、社まで数分ほど歩かなくてはならない。


 仁史は内心なんで妹を迎えにいくのはめんどくさいと思っていた。


 さきほどまで仁史は家の居間でテレビを視聴していた。

 薄い色彩のアニメ、昔放送した再放送のアニメらしいが、仁史は詳しくは知らなかった。

 それを見ていると後ろから母親が来て「妹の帰りが遅いから神社まで迎えに行ってきなさい」、と言った。


 妹――由実は七歳で小学二年生になったばかりだ。

 外で遊ぶときには空が暗くなり始めたら帰りなさいと母親が言い聞かせていた。

 今の時期でいうと五時半くらいには帰ってくるはずなのに、まだ由実は帰ってきていないのだ。


「心配しすぎだよ。そのうち帰って来るよ」

 仁史はアニメを見ていたかったし、めんどくさかったので言い訳をした。

 妹はまだ七歳、妹の足で行ける範囲の遊び場となれば、友達の家か羽墨神社しかない。

 母親の話では、妹も出かけるときに神社に行くと言っていたらしい。


「近いんだから、ちょっと行ってきなさい」

「近いなら自分で行けばいいじゃん」

「お母さんは夕飯の支度で手がはなせないの」

 ぶーぶーと文句を言うと、母親はとどめとばかりに「お兄ちゃんでしょ。妹のためにしっかりしなさい!」と叱られた。

 仁史はしぶしぶ迎えに行くことになったのだ。


 そんなことを回想しながら上がっている。

 もう少しで神社に着くというところで、どこからか女の子の泣き声が聞こえてきた。

 その声はとても聞き覚えのある声で、仁史は慌てて残りの石段をのぼるきる。


 夕焼けが風景を朱く染めていた。

 大きな木々に囲まれた神社の敷地。

 社、手水場、社務所と神社らしい建築物が建っている。

 境内には社まで続く石畳、それを挟んで狛犬が二体向かい合っている。

 脇道には赤い前掛けをしたお地蔵さんが並んでいた。

 

 そして神社には人が一人しかいない。

 境内、その真ん中に少女が一人泣いていた。

 赤い色のスカート。二つに結んだ髪。泣いていたのは妹の由実ゆみだった。

 由実は両手で目元をこすりながら、しゃっくりを上げて涙をぼろぼろと零していた。


 その姿を見た仁史は急いで妹のもとにかけよる。

「どうしたんだ、由実」

 仁史が聞くと由実は顔を上げ、兄の姿に気がついた。

 由実は涙混じりの声で話し始めた。

「お、おにいちゃん……、うっく……、ひっく……」

 何かをしゃべろうとするが、涙のしゃっくりのせいでうまく話せない。

 仁史は泣いている原因がわからないので、何をすればいいのかわからず、おろおろしている。

「……お、おい、泣いてちゃ、わからないだろ」

 仁史が戸惑いながら声をかけると彼女は少しずつ言葉を紡ぎ出す。


「ご、『ごうくん』が……、ひっく、『ごうくん』が……、ぇっく、ぅっく」

 『ごうくん』?

 仁史は『ごうくん』という言葉で一人の少年を思い出す。

 ごうくんというのは近所でも有名な悪ガキのことだ。

 由実と同じ小学二年生で、同じ学年の子と比べて体が一回り大きい。

 そのせいか他の子供に威張り散らしたり、暴力をふるうことがよくある。

 さらには猫や犬などの動物をいじめたり、ひどいイタズラを頻繁に繰り返しているので、近所では有名な悪ガキだ。

 どうやら由実もその『ごうくん』にいじめられたらしい。


「……ゆみの、ゆみのね。『さっちゃん』をとったの……、ひっく」

「……さっちゃん?」

「そう、……ぇっく、ゆみのおたんじょうびに、……パパとママにもらった、だいじなおともだち」

 ああ、あれか。

 一か月前、由実の七歳の誕生日。両親が由実にぬいぐるみ人形をプレゼントしたのだ。

 女の子の姿。綿が入った白い体に薄い桃色のワンピース。

 髪の毛は茶色い毛糸、目は黒いボタン、眉と口はナイレックス生地。

 由実はその人形に“さっちゃん”と名付けたのだ。


 由実の話を要約すると、由実の大事に人形を『ごうくん』に取られてしまった、ということらしい。


 由実の話はまだ続く。

「『ごうくん』、……ゆみの『さっちゃん』とって、……ひっく……わらってた。

 なんでこんなことするの? ってきくと。おもしろいからっていって、わらってたの……」

 仁史は頭がカッと熱くなるのを感じた。

 許せない。由実を散々いじめやがって。

「『ごうくん』は今どこにいるんだ?」

「……ぐす、……かえった」

「にんぎょうはごう君がもっているのか?」

 由実は黙って首を横にふった。

「この、じんじゃのどこかにかくしたって、……で、でも」

 由実は一層強く涙を流す、声は震え、時おり鼻をすする音がする。

「……うっく、……で、でも、さがしても、……さがしても、みつからなくて」

 よく見れば由実の服は茶色く汚れていた。

 スカートのすそは土のあとがあり、服のいたるところに擦ったようなあとがあった。

 きっと仁史が来るまでずっと人形を探していたんだろう。

 仁史はその姿を見て、由実に言った。

「でも、もう夕方だし、帰ろうぜ」

「……やだ、ユミ『さっちゃん』をさがすの」

「お母さんに怒られるぞ」

「……でも、……でも、『さっちゃん』はゆみのだいじなおともだちなの」

 由実は首を振って、駄々をこねる。

 仁史が説得しても言うことを訊かない。


「じゃあ、オレが、おにいちゃんがみつけてやる」

「……ほんとう?」

「ああ、ほんとうだ」

 由実はしばらく無言でうつむく。

 自分の人形だから自分で見つけたいと思っているが、だけどいろんなところを探したけど見つからないし、探し回って疲れていた。

 だから、しばらくして考えたあと仁史に問いかける。

「ユミの『さっちゃん』。おにいちゃんがみつけてくれる?」

 由実の不安を打ち消すように、仁史は笑顔を見せる。

「ああ、オレがちゃんと見つけてきてやる。だからユミは先に家に帰ってろよ」

「……………………うん」

 由実はしぶしぶ頷いた。


 仁史と由実は石段の前まで送る。

「帰り道はわかるな?」

「…………わかる」

 由実は一人で黙々と石段をおりていった。

 一歩ずつ一歩ずつ転ばないようにおりていく。

 由実が無事に石段を降りるのを確認して、仁史は神社の方を振り返った。


 夕日のきつい光が、目に見える景色をさっきよりも朱く染める。

 カラスの姿は見えないが、どこからか鳴き声は聞こえてきた。

 穏やかな風が吹き、草木の青い匂いが鼻腔をくすぐる。

 いつもならすがすがしい気持ちになるのだが、暖気をまとった風はまるで生きているように感じ不気味な気持ちにさせるだけだった。


 神社の社、境内、二つに並ぶ狛犬、手水舎、赤い前掛けをしたお地蔵さんたち。

 よく訪れている、なじみのある場所のはずなのに、なぜかとても不気味で、なぜかとても鮮やかだった。


 ここに仁史ひとりだけしかいないということも関係あるだろう。

 まるで自分だけが別の世界に迷い込んでしまったような気さえする。


 仁史はその景色に心を奪われ、一瞬呆けていたが、すぐに気を取り直した。


 ――妹の人形を探さなければ。


 『ごうくん』はこの神社の中に人形を隠したと言っていた。

 由実もこの神社の中を探したけど見つからなかったと言っていた。

 となると由実が探さなかった、もしくは探せなかったところに人形はあるのだろう。


 とにかく怪しいところを探してみよう。

 そう思い、まず目についた神社の社だった。

 当たり前だが、この神社の中で一番目立つ建物。

 とりあえず、社を外側から周って人形がないか探す。

 軒下を覗きながら、探してみるが、人形が見つからないまま、社を一周する。


 それなら次は、と考え、社の階段を上がる。

 社の入り口手前に置いてある賽銭箱、その裏に人形がないかのぞいてみるが、なにもない。

 ただ賽銭箱に入りそこなった、五円玉を見つけただけだった。

 もしかして賽銭箱の中に、と考えたが賽銭箱は隙間がせまく、人形が入るスペースはない。

 やわらかいぬいぐるみ人形としても、無理やり詰め込んでも入らないだろう。


 それじゃあ社の中だろうか。

 仁史はそう思って、社の戸に近づく。

 社の戸は格子戸になっている。細い木材で縦、横と並び正方形の口が並ぶので、外から中の様子を簡単に見ることができた。

 仁史は口に目を近づける。


 社の中は夕日の光が差し込んでいたが、ほのかに暗かった。

 奥に何か像のようなものが見えた。

 像の前には盃やお供え物らしきものが置いてある。

 人形が落ちてないか社の床を見回すが、何もみつからなかった。


 中に入ってちゃんと探したいけど、


 格子戸には南京錠と鎖が巻き付いてあった、きっと神社の関係者が付けたのだろう。

 ということはこの中に勝手に入って、人形を隠すということはできないはずだ。

 人形が隠してあるなら社の中だと考えたのだが、どうやらそれはハズレだったようだ。

 仁史は社を探すのをあきらめて、別の場所を探すことにした。


 別の場所といっても、仁史には隠し場所として思い当たるところがなかったので、目に着いたところから探していく。


 狛犬の口の中に入ってないか、手を入れて確かめた。


 手水舎の周りや、水が溜められている水盤の中に手を入れた探しが手が濡れただけだった。


 地蔵が並ぶ通りで、その周りをぐるぐる回って探してみたがなんにもなかった。


 神社の中で人形を隠せそうな場所を探したがどこにも見つからない。

 人形を見つけてやろうという気持ちはすっかりしぼんでしまう。

 もうあきらめてこのまま帰ってしまおう……。

 そんな考えさえ仁史の頭をよぎる。


 ただこのまま帰ったら、妹になんで言えばいいのかわからず、家には帰りづらかった。

 仁史は当てもなく神社の敷地内を歩き回る。

 地蔵が並ぶ通りを抜けて、木に囲まれた広場のような場所にたどり着く。

 ここは神社のはずれ、この広場で子供たちは遊ぶことが多い。

 仁史は思い出した、そういえばこの広場の先に子供が立ち入らない場所があったのだ。


 仁史は森の中、人によってできた獣道をたどると、目の前に“立入禁止”と書かれた看板を見つけた。

 黄色と黒のロープが道をふさぐように張られており、この先へ進まないように示している。


 仁史は四、五年前からこの神社で遊んでいたが、この“立入禁止”の先へ行ったことはない。

 この立入禁止の先が気になり、一度看板の先へ行こうとしたが、光をさえぎり不気味な暗さを持つ森の中、ぎゃあぎゃあと鳥が怪物のような声で鳴いていた。それらがとても恐ろしく、すぐさま引き返した。

 それ以来その場所には近づかなかった。

 この先にはきっとお化けがいるんだ。だから立入禁止にしているんだ。と本気でそう思っていた。


 仁史は昔の好奇心が蘇ってくる。この先には一体、何があるのだろう。

 ロープの向こうは、草が無造作に生えているが、人が歩いたようなあとがある。

 

 それと同時に気づく。神社の中で探してない場所はあの向こうだけだ。

 もしかしたら人形はそこにあるのかもしれない。


 仁史は右足を上げる。ロープを越えるためだ。


 心臓がドクっ大きくはねた気がした。越えてはならない境界を越えようとしているのだ。


 まるでロープに電流が走っているかのように、ロープに触れないようにする。


 ロープに触れたら何かが起こりそうな、そんな妄想が頭の中をよぎったのだ。


 右足がロープを越えて、地面につく。ついた。


 ふう、と息をついて、次は左足を上げる。


 右足に力をこめ、倒れないように体を支える。


 左足がロープを越える。ロープには触れない。


 左足を地面につける。


「何をしとるんじゃっ!! そこでっ!!」

 突然、耳に打つような大きな声が響いた。

 仁史の血の気が一気に引いた。


 後ろを振り返ると遠くに人影が見えた。

 夕日が逆光になっていて、よく見えないが声の感じから老人のようだった。

「おい! その先は立入禁止じゃぞ!!」

 鋭い怒声に体が震える。

 人影がだんだんと大きくなる、こちらに近づいてくるのだ。


 ――どうしよう、どうしよう、どうしよう、


 仁史は周囲に視線を走らせ、大木を見つける。

 獣道を外れ膝まで伸びる草を踏み抜く。大木に駈けよって後ろに隠れる。

 立入禁止の中にいることが見つかったらこっぴどく怒られてしまうだろう。

 そう考えた上でのとっさの行動だった。


 老人の足音が近づいてくる。

 仁史は荒れた息を整え、極力音を立てないようにする。

 手で口を押さえ、体を動かさないようにする。

 じっとしていると虫だか鳥だかの不気味な鳴き声が聞こえるのに気付いた。

 まるで自分を笑っているような気がする。

 

 老人は立入禁止の看板の前で足を止める。

 先ほど子供の姿が見えたはずだが、どこにもいない。

 老人は「よっこらっしょ」と言って、ロープを越える。

 この近くにいるかもしれないと思い、辺りを歩きながらきょろきょろと見回す。



 ……早くどこか行ってくれ。

 仁史はそう祈りながら、木の影で体をすくませていた。


 ……………………


 ………………


 …………


 しばらくして、「なんじゃ、誰かいたと思ったが気のせいだったか」という声が聞こえ、足音が遠くへ去っていくのが聞こえた。

 足音が完全に聞こえなくなると、仁史は木の影から顔をのぞかせる。

 ほんの一、二分のことだったが、仁史にとっては十数分の長い時間のように感じられた。

 広場への道の方を見て、誰かいないか確認する。どうやら老人は完全にいなくなったらしい。


 仁史はほっとため息をつくと。

 今度は獣道の先、森の奥の方へ目を向ける。


 光を遮った暗い森、風だけが森の枝葉を揺らし、虫や鳥が騒いでいる。

 この先に何があるのか、仁史は知らない。しかし今さら、引き返すことはできなかった。


 人形を探すため、仁史は森の奥に向かって走り出した。



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