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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒロインシリーズ

ヒロインはヘボい「リアリーはポンコツ可愛い」

作者: 茶月ちゃこ

単品でも楽しめますが、ユール編ハロルド編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。

 リアリー・ニョロモアという気の抜けたフルネームがよもや自分の名前になるなんて、マルドープレイ時に思い付くはずないじゃない?

 だって笑えるでしょう?


 (本当ににょろにょろしてますか?すんごくにょろにょろしてますか?…みたいな名前とかギャグじゃん。キラキラネームにすらならないじゃん!)


 リアリーは、シークレットヒロインが数多くいるマルドーの中では初期の情報公開時から看板を張っていた人気の高いキャラクターだ。妖艶なふいんき、の、ヘソ出しアラビアンな服装の踊り子のお姉ちゃんだ。蛇獣人のリアリーの肌は少し褐色で、唇はぷるっぷるの桃色。垂れ目がちで、左目尻の涙黒子(なみだぼくろ)がチャームポイントらしい。行き過ぎたマルドー制作スタッフの童貞丸出し欲求を詰め込んで作りました!…みたいなお色気キャラ。それがリアリー・ニョロモア。フルネームの脱力感は絶大な威力を発揮するよね。どこかのネット記事で制作スタッフが、名前でお色気爆発お姉ちゃんだけど天然な部分もあるギャップを表現してみたと熱く語っていたけれど。大半のプレイヤーはゲームの内容で表現してくれと思ったに違いない。

 そんな彼女が()の世界で存在していた男性向け恋愛シュミレーションゲーム、アニマルドール~君の尻尾を捕まえる~の攻略対象(ヒロイン)であることに気が付いたのは、野郎には絶対出来ない滑らかな腰付きでポールダンスを踊っていた時。

 欲望を込めた視線をリアリーに向ける野郎共の生け贄になっていた、その時だった。何だか粘っこいふいんき、は間接照明が水中を思わせる空間で、真っ白になった頭の中に僕は動揺してパタリと倒れた。それからしばらく、表向きはリアリーは謎の体調不良で店を休むことになる。事実は得てしてしょうもない。実際は股間のあれがないせいで上手く体のバランスが取れないだけであった。


 (だってあれがないんだもん!()のあれが!)


 僕は嘆いた。股間の大事な、重要な、この先大活躍する予定だった半身の存在が無くなっていたことを思って。

 足の間はスースーするし、胸の前には大きな丸いお山があるお陰で足元はちょっと見難いし。別に、それはちょっと女の子なら優越感を感じるところだっとしても、僕からしたら()の体じゃないってだけで大問題な訳である。




***




 そうして店を休んだ僕が朝も昼も夜までもをベッドの中で泣いて過ごしていた、はずがない。

 勿論自分がリアリーである現実を受け入れる為に様々な確認をしたに決まっている。当然の権利である。やましい気持ちなんてあるに決まっているじゃないか!保つべき体裁なんて今の僕には微塵もないのだ。全裸だ、全裸で姿見を使って様々な角度からあらゆる男女の違いを確認した。興味が尽きるなんてそんな馬鹿なことはなかった。


 「いやあ、いいな!リアリー最高!」


 カーテンも窓も締め切った古い木造アパートの狭い部屋の中で、僕はひたすら一人でリアリーを愛でていた。グラマラスな肢体に似合う服装をリアリーはよく知っていたのだろう。彼女の部屋には他人の視線を意識した服が多くあった。

 全裸でひとりファッションショーをしていたら、案の定リアリーの体は体調を崩した。ベッドで丸まって眠っていたら、夜の間に風邪を引いてしまったらしい。


 「うー…鼻詰まるー…」


 芋虫のように布団にくるまったまま、ひんやりとした空気の中に手を伸ばす。ベッドの脇に置いてあったサイドテーブルの上に、確かちり紙があったはずだ。しかし、伸ばす手は悉く空を叩いて一向にお目当てに辿り着かない。


 「はい、どうぞ」


 「あー、ありがとう」


 子供特有の瑞々しい果実を連想させる声がちり紙を差し出してくれたので、僕は有り難くお礼を述べて伸ばした手を布団の中に引っ込めた。冷えてしまったからまたぬくぬくして温めなおさないと、と考えながら鼻をかむと、また親切な声がする。


 「はい、ごみ箱に捨てますよ」


 「あー、またまたどうも…」


 再度お礼を言い掛けて、ふと気が付いた。

 リアリーは一人暮らしである。ならば、この親切な声は一体誰だ。


 「リアさん?寝ちゃいましたか?」


 反応を止めた僕に親切な声はトーンを落として気遣ってくれているが、正体の知れぬ輩においそれと愛想を振り撒くリアリーではない。

 素早い動作で起き上がって、ガバリと顔を出した。


 「誰っ!?」


 「きゃっ…!」


 寝癖で後ろの髪の毛が前に垂れて来ているが、気にしている場合ではない。声を張った僕に驚いたのか、親切な声はトトンと軽い音を立てて後ろに尻餅をついたようだ。床で後ろ手を着いてこちらを見上げる小さな姿に、リアリーの記憶の海を一瞬で泳ぐと僕はその名前を呼んでいた。


 「ルマちゃん!?」


 そう、それはリアリーの働く店の小間使いであるルマだった。まだ幼いルマは獣人奴隷の烙印を捺されていたが、美しい容姿と希少価値の高い種族という謳い文句に惚れ込んだ店主が数ヵ月前に店に連れてきた。しかし、滅多に店主が傍から離そうとしない程溺愛されているルマがどうしてリアリーのアパートに居るのだろうか。


 「何でルマちゃんがここにいるの?」


 確か、リアリールートで一枚絵(スチル)にも描かれていたルマは将来有望だなと()は思っていた。マルドー2が発売されるなら是非ともルマをヒロインに加えて欲しいとSNSで公式アカウントにコメントを送ってしまうなんてこともあった気がする。マルドーは、攻略対象(ヒロイン)以外にも魅力ある女の子が多い。全く主人公はうらやまけしからん。


 「(あるじ)さまに無理を言って、リアさんの様子をお伺いに来たんです。驚かせてしまいすみません。あ、お部屋の鍵は主さまにお借りしまして…すみません、勝手に入るのは良くないと思ったんですが。あの、お返事がなかったもので…すみません。お部屋の中で倒れてしまっているんじゃないかと思って…」


 「な、なるほど。ごめんね、寝ちゃってて」


 何度も謝り頭を下げられてはこれ以上何かにケチを付けて注意するのは気が引ける。事実、倒れてはいないが本当に体調は崩してしまったのだから心配は素直に有り難く頂戴してもバチは当たらないだろう。

 それにしても、店主を丸め込んだルマの手腕は見事である。悪い人でもないし、奴隷解放の為に冒険者ギルドのギルマスと結託しているような行動派ではあるけれど。夜の店の経営者で人徳者とは、ちぐはぐな印象があると思う僕は非人徳なのかもしれない。


 「すみません、あの…」


 「あー…、別に怒ってないよ。気にしないで。ぼ、私こそ大きな声出して驚かせちゃったよね」


 「そんなことありません!」


 後頭部をガシガシと粗暴な仕草で掻いて笑って見せると、頬を染めて狼狽えるルマが目蓋にギュッと力を入れて瞑ったまま震える声を出した。


 「あの…揺れて、ええっと。見えてます…!」


 「へ?何が?」


 今の僕にはナニも付いてないし第一揺れる程自己主張の激しいタイプでもなかったんだよ。とは思っても笑い話にもならない。ああ、よく分かっているとも。そんなこと主張したって()の可愛い半身に無礼なだけだ。

 ならば何が揺れているのか。自分の体を見下ろすと、素敵なお山が(そび)えている。なるほど、これはあれかな。押し付けがましいタイプのセクハラかな。ワイセツブツチンレツザイ、的な。


 「あ、ごめん!すっぽんぽんだったの忘れてた」


 「いいえ!あの、と、ととっても綺麗でふ!」


 「あらあ…」


 赤い顔して一生懸命に繕おうとしてどもった挙げ句、語尾で噛む。ルマは攻略対象(ヒロイン)の一人だったユールのような要素がありそうだ。端的に言うと、(うい)可愛い。

 とにかく、客人をいつまでも床に転がす訳にもいくまい。僕はそこら辺の床に脱ぎ散らかした服を適当に羽織ろうとベッドから足を下ろしてまたもや気が付いた。


 「ルマちゃん、もしかしなくとも片付けてくれたりした?」


 「あ、はい。差し出がましいことかと思ったのですが、素敵なお洋服達がシワになったらいけないと思って」


 なんだこの子は!天使か!

 ルマの献身さに多大な衝撃を受けて、ぐるぐると唸る震えが腹の底から沸き上がる。どうしよう、同性だし抱き締めて頬っぺたぐりぐりと捏ね繰り回してチュウしても怒られないだろうか。

 黙り込んだ僕にルマは不安になったのだろう。表情豊かに涙を浮かべたロリ…、コホン。萌えだ眼福だと余韻に浸るのは後回しにしなければいけない。ここは大人のお姉さんとしてお駄賃を渡した後にチュウしよう。そうしよう。


 「すみませんリアさん!よ、余計なことを…」


 「違うよルマちゃん!違う違う!心配して会いに来てくれただけでも嬉しかったの。それなのに片付けまでさせちゃって申し訳なくてね。ありがとう、ルマちゃん」


 思わず、ベッドから飛び出してルマと同様に床に膝を着いて頭を撫でていた。ふわふわとした巻き毛は見た目通りのエアリー感で癖になりそう。


 「ほ、本当にご迷惑では…」


 「ないない!」


 「えへへ…すみません、泣いちゃって。お役に立てて嬉しいです」


 よし、ここだ!今だ!

 ルマの頭に置いていた手で頬を撫で、そのまま降ろして顎の下に持っていく。クイっと上げれば可愛い唇が僕に食べられたいと待ちきれないようだ。ぱちくりと目を見開いて疑問を浮かべるルマのなんと無垢なことだろう。そして僕はちゃっかりさん、等と口角を上げた瞬間だった。

 腹の音が鳴った。思いきり、盛大に。

 ルマが気まずそうに食事を提案してくれた後も鳴り続ける程、たっぷりとである。

 全裸で空腹音響かせるお色気褐色お姉さん。ギャップ萌えは狙えるだろうか。


 「あの、よろしければサンドイッチを買ってきたので…召し上がりますか?」


 「…うん、戴こうかな…ルマちゃんもどう…?」


 「あ、はい。ご一緒させて下さい」


 ムードもへったくれもないこの仕打ちは少々酷いのではないか。心底悔しい僕はルマの顎から離した手で床を叩いた。天使が慌てて止めてくれたから、リアリーの売り物である体を傷物にせずに済んだ。

 当たり前のようにリアリーに奉仕する姿は献身的で庇護欲を掻き立てられる。頭からすっぽりと被る裾の長いシャツを渡してくれたルマを見ながら、僕はポツリと呟いていた。


 「ねえルマちゃん、付き合って欲しいの」


 「…え?」


 「フレメード湖畔にある温泉、一緒に行こう」


 「あ、温泉、ですか。はい、あの、はい」


 さすがに直球は避けたけど、僕の言葉に意外と頬を染めて狼狽えたルマはそっちの毛でもあるのかもしれない。一応忘れてはいないんだ。僕は今、リアリーという女性だということも。


 (そうかー、ルマちゃんは百合っ子かあ…)


 リアリーの中身に()が同化してしまっているから、純粋な百合にはなれない。リアリーであった部分と()は上手い具合に溶け合ったみたいだ。今はリアリーに成り立てだから違和感は拭えないけれど、もし僕が()として男の体だったらそもそもリアリーには成り得なかったのだ。体だけでも女性で良かったのだ。男としてルマを可愛がりたかった気持ちに未練はあるが、背に腹は変えられない。天使と温泉どころか、異性ならこんな風に警戒心なく僕と接してくれなかったかもしれないのだから。




***




 ルマが僕を訪ねてくれた次の日の朝。冬の始まりに片足を踏み入れた季節の鼻腔を通る寒さは嫌いじゃないけれど、蛇獣人のリアリーの体には少々負荷が大きかったらしい。眠たさに大きな生欠伸は止まらないし、着込まなければ寒さに(かじか)む体は油の切れたブリキの人形のように関節が軋む。風邪はそんなに重症ではなかったけれど、喉が少しヒリヒリとする。まだ冬はこれからが本番なのに、果たしてリアリーは無事に越冬出来るのだろうか。

 早い時間にも関わらず人気の多い馬車の待ち合い広場でルマを待ちながら、僕はマフラーに顔を埋めた。これでも売れっ子踊り子だから、万が一身分がバレてしまったら面倒だ。とは言え、ステージのへそ出し際どい衣装ではない着膨れしたリアリーは一般人と大差ない。あくまで悪目立ちはしない程度の警戒心は忘れずに、という一般良識の範囲でのお話しである。


 「おお、おはようごじゅ、ざいまし!」


 待ち合い広場の喧騒の中でもすぐ分かる挨拶に、僕は声のした方を見下ろして笑った。やっぱりこの子は可愛らしい。

 フレメード湖畔付近の宿に一泊予定のつもりなのだが、ルマはキャリーバッグを引き摺って、ボストンバッグを肩から提げて、そしてバスケットを持っていた。


 「おはようルマちゃん、随分大荷物だね」


 「そ、そうでしょうか?すみません、減らしてきま…」


 「そんなことしなくていいよ!ほら、そっちの鞄は私が持つよ」


 「え、あのっ、」


 慌てて顔色を白黒させるルマが面白くて、僕はくふくふ笑いながらバスケットとボストンバッグを取り上げた。リアリーの肩より低い身長しかない子に荷物係を押し付ける程気の利かないつもりはない。


 「リアさん、あの、そんな…重たいですよ!」


 「いいのいいの。私はこれしか荷物ないし」


 ルマとは対照的に下着と化粧品しか入っていない僕の小さなショルダーバッグに、きょとんと目を丸くして見上げる姿はちょっと卑怯な位に愛らしい。どうしようこの子。()はロリには興味なかったんだけどな。いや、あれだね。可愛い以外の正義は最早いらない!


 「あの…リアさん?」


 「あ、ごめんごめん。寒いしさっさと()を貰いに行こうか」


 いけないな、すぐ僕は萌えに打ち震えようとしてしまう。自分の世界に飛ぶのは自重しなければ。そう反省しながら空いている方の手でルマの頭に手を置いた。毛糸の帽子はよく似合っているが、店主の溺愛っぷりが怖い。この毛糸、最高級のカシミヤじゃなかろうか。

 人の群れの中をルマの手を取って馬車のチケット売場まで足を進める。他人と乗り合う普通馬車でもいいのだが、人目を気にせず乗れる貸し切り馬車の方が気が楽だ。

 大半の人々は普通馬車の乗り合い地点に集まっていたから、チケット売場に来る頃には人の波は徐々にまばらになっていた。大人しく手を繋いだままのルマを見下ろすと、寒さで頬を赤らめ唇を真一文字にしている様子が見れた。馬車に乗り込む前に温かいココアでも買ってあげような。いや、ギュッとしてぬくぬく一緒に温まる方が幸せになれる、僕が。


 「貸し切り馬車ってまだ空いてます?」


 春を随分先取りしすぎたお花畑思考を堪能しながらしばらく並んで待っていると、順番が回って来た。売場で愛想良く売り子のおじさんに声を掛けると、皺の深い皮膚が垂れ気味の眼鏡を鼻先から落としそうな老人が訝しげに僕達を交互に見る。


 「高いよ?」


 身なりで判断されたらしい。お金を持ってないんだから、さっさと普通馬車の乗り合い地点に向かってくれと手を払われる。

 これでも歓楽街では有名だし、そこそこのお給金も貰っているリアリーを見くびらないでいただきたい。僕はショルダーバッグから財布を取り出して少々色を付けた値段の硬貨を落とす。


 「これじゃ足りない?おじさまったら欲張りさんなのね」


 顔の下半分を隠していたマフラーを人差し指でクイっと下ろすと、どうやらリアリーの顔を知っていたらしいお爺さんは慌てて眼鏡を掛け直す。


 「あ、アンタ…リア…」


 「おじさま、私は今日プライベートなの。ここで会ったってことは二人だけの秘密にして下さらない?」


 名前を呼ばれる前にぐいっと売場のカウンターに身を乗り上げ甘えた声色で囁く。着込んでいなければ胸の谷間のひとつもサービスして見せてあげられたのだが時期が良くない。ひとえにお爺さんの徳のなさが招いたものだ、ざまあみろ。


 「あ、ああ…分かった。至急馬車を手配しよう。簡易暖炉はご利用かい?」


 「ええ、用意して下さると助かるわ」


 「よし、それならこの札を持ってあっちの看板下で待っててくれ。いい旅を」


 「ありがとう。今度お店に来てくれたら、一緒に美味しいお酒を飲みましょう。ね、おじさま」


 「ああ、必ず行くよ」


 手早く会計を済ませて札を渡してくれたお爺さんに社交辞令で笑顔を振り撒く。おつりを財布に落としてルマの手を再び握ると、不安そうな視線が僕に向けられていた。


 「あの、お金を…」


 「何言ってるの、要らないよ。私が無理矢理付き添い頼んだのに、ルマちゃんからお金を貰う訳ないでしょう。ほら、それよりさっさと馬車に乗っちゃおう」


 「あ、ありがとうございます…」


 「うんうん、素直でよろしい。あと可愛い」


 「ふえ?」


 貸し切り馬車の乗り合い地点でルマをからかって遊んでいたら、すぐに大きな幌を背負った馬車が僕達の前に止まった。一見普通の馬車なのだが、保温性に優れた織物を幌に使われているところはさすがの貸し切り馬車。お値段の高さは質にも比例するらしい。感心である。

 真面目そうな御者の青年に行き先を告げて幌に乗り込むと、滑らかな走り出しで馬車は走り出した。運転も丁寧だ、帰りも彼に迎えに来てもらおうか。幌の中には低反発のクッションが用意されていて、この世界にもそんなものがあったのかと妙に可笑しい気持ちになった。

 中央には煙突が幌の屋根の上に伸びていて、鉄製の丸い暖炉の中では木炭がちりちりと仄かな炎を上げて(くゆ)らせている。これは寒がりのリアリーには有り難い。

 初めて貸し切り馬車に乗ったが、これは良いものだと知ったな。なんて考えていたら、僕と向かい合うように座っていたルマがもじもじと手遊びをしながら話し掛けてきた。


 「あの…リアさん」


 「うん?なあに?」


 「どうして…誘ってくれたんですか…?」


 ルマの疑問は(もっと)もである。

 ()と溶け合う前のリアリーは、こんな性格ではなかった。客の前では愛想は良いが、愛想笑いも猫なで声も、生きる為とお金を稼ぐ為のもの。そう割り切っていたリアリーは、職場での人付き合いも最低限でプライベートを見せなかった。

 だからルマはきっとこう言いたいのだ。リアリーらしくないと。


 「どうして、かあ…」


 なんて言葉で返そうか。マフラーを外して指先で口元を隠すように頬杖を付いて僕は考えた。そんなに大袈裟な理由があった訳ではないけれど、強いて言うならば多分こうだ。


 「お見舞い来てくれたら。…嬉しかったのよ」


 「それだけ、ですか?」


 「それだけって失礼ね。()にとっては大事だったのに」


 「あ、すみません!」


 「ふふ、()らしくないでしょう?」


 「…はい、正直に言うと」


 寂しさを押し込め我慢を続けて、他人を寄せ付けずに一人で生きようとするリアリーは孤高ではなく孤独だと思った。本当は誰かに甘えたい癖に、中身のないプライドが邪魔をする。僕から言わせれば、そんなつまらないものはさっさと捨てるべきだと思う。孤独を我慢は出来たとしても、人の心は殺してしまう。長く続ければ続ける程、リアリーの世界を蝕む毒になる。


 「ちょっとね、変わりたいなって思ってね。()は生きにくい生き方をしてたから」


 僕はリアリーなのだ。僕が生きやすい生き方を選択するのは当然だろう。そして手始めに関係改善を図るには良い相手が現れた。これを逃す手はない。

 こんな言い方をしたら、ルマには失礼だ。謝ろうと息を吸い込んだ僕に、真っ直ぐな言葉が届く。


 「お役に立てて居ますか?」


 奴隷らしい言葉だった。

 ルマは自分の立場をよく理解しているのだ。どんなに店主に我が子のように大切にされていても、僕達店の踊り子達が差別しなくとも。店主や冒険者ギルドのギルマス達お偉いさんの働き掛けで昔よりは緩和されつつある獣人奴隷制度。しかし人々に根付いた奴隷の認識は簡単に変えられない。隷属種ではないけれど、親に売られたリアリーらしからぬ言葉を吐いてルマの隷属心を擽ってしまった。僕は失態を冒したのだ。


 「ごめんルマちゃん。私、酷いこと言った」


 「いいえ、そんなことはありません。リアさんも主さま達も、ちょっと奴隷に甘過ぎますから」


 「そんな言葉を言わせたい訳じゃないの、ごめん。お願いだからそんなこと…」


 奴隷の自分は僕の役に立っているか?

 そんな言葉は残酷だ。思惑をつつかれた癖に謝って許しを乞う僕の浅はかさはどんどん浮き彫りになっていく。どうしよう、傷付けてしまった。


 「すみません、せっかくリアさんがお誘いして下さったのに水を差すようなことを聞いてしまって」


 「ううん、でも…ルマちゃん。これだけは言わせて欲しいの」


 「はい、なんでしょう?」


 「私はルマちゃんを好きだよ。奴隷だから同情した、とかではなくてね」


 「…ありがとう、ございます」


 照れたような困ったような、複雑な笑みで笑ったルマの表情は、僕には悲しいと嘆いたように見えてしまった。可愛い天使の憂いなく晴れた笑顔を、いつか僕は見れる日が来るのだろうか。




***




 行きの馬車で早くも修羅場を迎えたように思えたけれど、ぎこちなさはお互い感じながらも和やかなふいんき、で昼前には目的地であるフレメード湖畔に着いた。湖畔を囲む緩やかな山の斜面には温泉街が拓かれていて、夏場には人気避暑地に変貌する為一年中観光客で賑わっている。

 御者の青年が教えてくれた新築されたばかりの宿の前で降りて、帰りの馬車も頼んでチップを渡すと快く引き受けてくれた。真面目そうに見えて案外がめつかったらしい。


 「ちょうどお昼だね、まずはご飯にしよっか」


 早すぎるチェックインにも快く応じてくれた宿の部屋の中。大きな通りに面した部屋はあんまり景色は良くなかったけれど、予約もなしに個室にも温泉が付いてる部屋を取れたのだから上等だ。

 窓を開けて外を覗き込みながら声を掛けると、ルマが控え目に提案をしてきた。


 「あの、よろしければ、その…お弁当を作ってきたのですが…」


 「え!本当!?」


 「はい、あ…でもリアさんが食べたいものがあるのでしたらそちらにして下さい」


 「何言ってるのっ!私はルマちゃんが作ってくれたお弁当を食べるに決まってるでしょう!そういう態度取って本当に食べて貰えなかったらルマちゃんは悲しいだけだしお弁当も勿体無いでしょう、だからそんな風に卑下しちゃ駄目。次は怒るよ?」


 「は、はい…」


 矢継ぎ早に詰め寄ると、後退りながらも大きく何度も頷いてくれたルマを見て、僕は鼻息荒くテーブルの上に置いていたバスケットを手に取った。


 「さあ、せっかく景色のいいところに来たんだから外で食べよう」


 「は、はい…!」


 少しだけ怒っているとパフォーマンスをしたのに、大きなボストンバッグから小さなショルダーバッグを取り出して小動物のように擦り寄って来たルマは、先程とは打って変わった照れ臭そうな笑みを我慢するように口元をむずむずと歪めている。


 「ルマちゃん、お弁当には玉子焼き入ってる?」


 「はい、入ってます」


 「甘い?」


 「はい、お砂糖で甘くしてあります」


 「なら、私全部食べちゃうから!ルマちゃんにはあげないんだから」


 「はい、沢山召し上がって下さったら…嬉しいです」


 そうだ、子供は子供らしく笑うのが一番なのだ。ルマだって出来るじゃないか。

 簡易テーブルの用意された広場まで出て来た僕達は、道すがら買った飲み物で喉を潤しつつルマの手作り弁当に舌鼓を打った。

 食べながら、店主がルマの外出許可を出したことは意外だったと茶化してみたら、意味深な笑顔が返ってきた。


 「主さまは、お優しい方ですから」


 そりゃあ、厳しいだけの人じゃないことは僕だって知ってるんだけど。その言葉の意味は、詮索すると薮蛇になりそうだ。


 「リアさん、温泉街(ここ)まで来て聞くのは今更なのですが…風邪は悪化しませんか?」


 「うん、平気平気。ちょっと鼻が詰まるだけだし。温まれば鼻の通りもよくなるよ」


 「そうですか?あんまり張り切って色々な温泉を巡るなんて言いませんよね?」


 「うん、言わない言わない」


 先読みして牽制されれば僕だって空気を読んで良い子にするさ。まあ、体に焼き印を捺されているルマを連れ回す訳にはいかないから大人しく宿の部屋の中の温泉でのびのび長風呂することにしよう。

 せっかくだから冷酒を持ち込んで一杯飲みながらお風呂にしよう、なんて呑気に考えていたら。広場近くのレストランの中で食器が割れる音と野太い怒号が聞こえてきた。

 驚いて音のした方を見遣ると、人が転がるように飛び出してきた。その()を見て、僕は小さく息を止める。あの姿は、秋の武道大会で見た。


 (棒人間…って、あれ、まさか!)


 上客のおじさんにエスコートされて見ていた武道大会で、僕は()と同化する前のリアリーだった時にあの瞬間を目撃してしまっていたのだ。

 引退したと風の噂で聞き及んでいたハロルドを追い詰める素人然の棒人間のつまらない試合。数少ない女冒険者の中でも特出した強さを誇っていたハロルドの無様な姿は、見ていた観客達に動揺を走らせた。リアリーもハロルドの短く切り揃っていない鶏冠と髪の毛に、緊張感を覚えて見入っていた。幸いなことに、大事にはならずに済んだけれど会場は一時騒然とした。その渦中の棒人間が、僕の前に転がっている。

 あの時のリアリーは分からなかったけれど、()と同化した僕は理解してしまった。あれはリアリーになる前の()()だ。プレイヤー、なのだ。


 「っ、にすんだよ!?」


 「うるせえっ!流れのガキが調子乗ってんじゃねえよ!」


 平和な温泉街の空気をかち割るドスの利いた男達の怒号はなんてミスマッチ。棒人間を転がした側の男達が3人、レストランから出て来て怒りを顕わにしている。内容は読み取れないけれど、棒人間が組んだパーティーの面々と仲違いしたらしい。

 耳の意識を向けていると、テーブルに置いていた手を握られて僕はそちらに首を捻った。


 「リアさん、騒ぎが大きくなる前に行きましょう」


 「あ、うん」


 いつの間にか手早くバスケットに荷物をまとめたルマに手を引かれて、僕は人々の視線とは逆の方へと歩き出す。騒ぎの場所にリアリーが居るのはあんまり得策じゃないし、誰かに見付かったら面倒だ。非日常に身を置いている観光客は、存外皆が口が緩い。

 マフラーをしていないと気が付いて手で口元を隠そうとした時、僕は案の定見付かってしまった。若い青年達の集団が大きな声を出す。


 「リアリーだ!」


 「うっそ、どれ!?」


 しまった!と思った時にはもう遅かった。リアリーの名を知る主に男性達が一斉に僕の姿を探してざわつき始める。


 「すみませんリアさん、走れますか?」


 「う、うん」


 厳しい表情で僕を見上げたルマに頷いて駆け出すと、人々の視線と声が僕達2人に突き刺さる。その中にぞわり、撫でるようなネチっこいものに嫌悪を感じて振り返って後悔をした。


 (あ、まずいかも)


 人々の海の中を掻い潜り、僕を真っ直ぐ見詰めていたのだろう。棒人間がニタリと笑ったような気がした。へのへのもへじが笑うとあんなに気色悪いだなんて、僕は知りたくなかったよ。


 (あー、もう!間の悪い…)


 嫌な予感は往々にして良くないものを引き寄せる。それを振り切るように、先導してくれるルマの小さな手を握り返して観光客に紛れる為に通りを走った。




***




 遠回りをして宿に戻った僕達2人は、走ったお陰で砂埃に(まみ)れて疲労困憊。宿のラウンジのソファに沈み込んだ。そんな姿を見兼ねた仲居さんが気を利かせて水を出してくれる。

 冷たい天然水を一気に煽っている僕の横で、ルマが淡々と仲居さんにリアリー目当ての客が来ても取り次がないよう話をしている。顔色も変えずに飄々としているルマは、結構体力があるようだ。僕はと言えば、リアリーの体力の無さに逆に落ち込んでいたさ。踊り子の癖に持久力が足りていない。


 「リアさん、お部屋で汗を流したらいかがです?走ったから汗も出ましたし」


 「ルマちゃんだって…いや、涼しい顔してるみたいだね…」


 「そんなことないですよ」


 「いや、お姉さんはちょっと年齢を考えたよ…」


 仲居さんにお礼を言って部屋に戻ると、僕はその足で汗を流すことにした。けれど、ルマだって土埃を被ったのだ。あのふわふわの巻き毛が草臥れてしまっている。


 「ねえルマちゃん、本当に私が先に入っていいの?」


 「はい、ごゆっくりどうぞ」


 「ルマちゃんは入らないの?一緒に入ってくれてもいいのに」


 「先にお弁当箱も洗っておかないと臭くなっちゃいますし、お気になさらずどうぞ」


 「…じゃあ、分かった」


 「はい、行ってらっしゃい。ここの温泉はお肌つるつるになるそうです、楽しみですね」


 ガードが堅いルマの完璧な笑顔に押し負けて、渋々僕は一人でお風呂に入ることにする。一緒でもいいじゃないか、と未練がましく思う分には自由だ。いいさ、お肌つるつるになったらあの子に頬擦りしてやるんだ。

 昼過ぎから温泉に入る贅沢に、文句はすぐにどこかへ流れる。高い木造の塀に囲まれた屋外で景色は見えなかったが、それを補って余りある造りの大きな温泉は薄桃色に濁ったお湯を湛えている。

 蛇獣人でなくとも泳ぐ、そんな規模の温泉だった。

 人目を気にせず羽目を外して堪能した温泉は極上で、逆上せる前に出た時には体が真っ赤になっていた。夕食前と寝る前にも入ろうと思いながら着替えて部屋に戻ると、ルマがお茶を用意して待っていてくれた。この子はいい奥さんになれる、確実に。


 「着替えの浴衣用意してくれたのルマちゃんだよね、ありがとう」


 すっかり忘れていた着替えの用意も脱いだ服の片付けも、どうやらルマがやってくれたようだ。気が利くのもここまで徹底されると、遠慮するよりもいっそのこと甘えた方が喜ばれそうである。

 それにこの世界にも浴衣があることに嬉しくなって、喜んで身に付けてしまった。


 「お洋服は洗濯してくれると聞いたので出して来てしまいました…けど、大丈夫だったでしょうか」


 「うんうん、ありがとう!助かるよ。後でまた温泉入りたいから浴衣の方が脱ぐの楽だし」


 「それなら良かったです。あ、お茶どうぞ」


 「ありがとう。ルマちゃんも入っておいでよ、広くって気持ち良かったよ」


 「はい…では、いただいてきます」


 「行ってらっしゃーい」


 ボストンバッグから(あらかじ)め用意しておいたらしい替えの下着やタオルを胸の前で抱えたルマは、そそくさと外に消えて行く。そんなに警戒せずとも覗いたりしないのに、多分。

 お茶を飲み干して、僕は窓際の揺り椅子に座って窓を開けた。カーテンが目隠しになって外からはきっと見えないだろう。カーテンを僅かに揺らす程度の風は火照った体を徐々に冷やしていく。ゆらゆらと一定のリズムで揺れる心地好さに、僕はうっかり睡魔の誘惑に負けて微睡(まどろ)んでしまった。

 どれ程目を閉じていたのだろうか。カタン、と小さな音がすぐ近くから聞こえている。ルマが戻って来たのだろう。可愛い天使の湯上がり姿を拝見出来るこの機会を逃す悪手は有り得ない。僕は目蓋を持ち上げようとぼんやり考えていた。だから僕は、またまた失態を冒した。僕は一体1日に何度繰り返せば学ぶのだ。


 「リアリー…」


 知らない声だな、知らない声?

 宿の部屋の中で、知らない声がするはずない。パチリと目蓋を開けた僕の前に、ニタリと笑うへのへのもへじが顔を近付けて迫っていた。


 「っ!?」


 「嗚呼、駄目だよリアリー。大人しくして」


 悲鳴をあげる余裕なんてなかった。口の中に臭い布切れを押し込まれて、顔の横にはナイフが突き付けられる。信じられないと目を見開く僕の足を棒人間が跨いで体重を掛け、頭の上に一つ手で押さえ付けられればもう動けない。リアリーの力では敵わない。


 「リアリー、リアリー…探したんだよ?会いたかったのに、どうして会ってくれなかったの?」


 ぶつぶつと囁きながら僕の頬をぺちぺちとナイフの腹で叩く。恐怖に奥歯がカチカチと面白いように鳴る。だけれどへのへのもへじの表情は読み取りにくくてどこに地雷があるのか分からない。一人で会話する様はこの男の狂気を感じさせた。


 「酷いよね?俺、ユールとも擦れ違っちゃってさ。全然会えないんだ。ユールはさ、ほら、優しいから自分が獣人奴隷だってことを気にして俺に会わないようにしてるんだと思うんだよね。俺は気にしないのに、良い子過ぎるのも考えもんだよね」


 頭を垂れる棒人間の口部分だけが動いている。虚ろな言葉は誰に向けているのだろうか。


 「ハロルド!そうだ、聞いてよ。アイツ調子乗ってんだよ。せっかく俺がハーレムエンド目指す為に声掛けてやろうとしたのにギルドに居なかったんだよ。そんな分岐知らないからさ、俺すごく焦って。やっと見付けたと思ったら冒険者は辞めたとかほざくし、試合だって結局決着つけられないまま終わったし。別にハロルド好きじゃねえからいいんだけどさ、ほら、一人だけハブるのって気持ち悪いから」


 頬を叩いていたナイフが押し付けられて、顔を上げたへのへのもへじの生温い息が吹き掛かる距離に近付いて来る。


 「なあ、リアリー。俺、春からずっとお前の店に通ってたのにどうして中に入れてくれなかったの?あんまり焦らされるからさ、他の子を先に攻略して待ってたんだけど」


 そんな話、僕は知らない。リアリーだって知らない話だ。この男が一体何を言っているのか分からない。

 答えない僕の態度が気に食わないのか、へのへのもへじが歪んでナイフがもっと押し付けられる。


 「やっと見付けたのにさ、また逃げようとするし。リアリー…あんまり困らせないで?分かった?」


 見開く僕の目は訴えていた。動かせない首の代わりに目で訴えていた。駄目だ、そんなことはしてはいけない。


 「何のお話しをしてるんですか」


 風呂上がりで水滴も滴るルマが、無表情で僕に跨がる男の背後に立っていた。音も気配もなく現れたルマは、先程美味しいお茶を淹れてくれたティーポットを片手で振り上げる。


 「あ?」


 幼い声に疑問も持たずに振り向いた男が僕の頬からナイフを離したのを見計らい、ルマが表情を変えずにティーポットを振り下ろす。思わず目を閉じて顔を背けると、陶器の割れる音と短い悲鳴。そして解放されて体の自由を取り戻す。誰かがドアを開ける音に、ルマが声を張る。


 「逃げた!追え!」


 次いで聞こえるのは硝子の割れる音といくつかの足音。

 僕はと言えば、頭の中は真っ白で呆然と瞬きを繰り返していた。一体何が起こったのだ。


 「リアさん、怪我は…」


 呆然としていた僕の視界に入ったルマが表情を歪めている。伸ばし掛けた手から血が流れて居ることに気付き、慌てて逆の手を差し出す優しい天使。しかし今は全裸で、ふわふわの巻き毛も(ほど)けて細いうなじに張り付いている。


 「ルマちゃん、こそ…」


 ヒクつく喉を震わせて、今一度ルマの姿を見た。全裸でティーポットを振り上げるような果敢な勇気を(たた)えてお礼を言わねば…と、建前を自分に刷り込みちゃっかり記憶に焼き付けようとして、僕は叫んだ。


 「付いてるー!」


 「…あ、」


 ()よりご立派なやつが、しっかりと。

 どうしてくれる、もう記憶に焼き付けてしまったではないか。




***




 「つまり、全部店主の差し金だったってこと?」


 「はい。騙す形になってしまって、すみません」


 「いや、ルマ…くんは、雇われただけでお仕事を全うしてくれただけなんだから謝らなくていいの。ただちょっと、混乱してて…落ち着くから、うん」


 「すみません…あ、お茶淹れますね」


 つまり、ことの顛末はこうである。

 数ヵ月前に城下に現れた流れの冒険者であるへのへのもへじ棒人間は、冒険者ギルドのマスターであるディアールの可愛がっているユールにちょっかいを出した。それを奴隷解放運動繋がりでリアリーの働く店の店主は知った。そしてその問題の棒人間が店に来てリアリーに興味を持った。粘着質であることをディアールから聞いていた店主はリアリーに危害が及ぶ前に傭兵ギルドに護衛を依頼し、それがルマが店にやって来た経緯。円滑に店に馴染み易いよう奴隷と身分を偽ったらしい。そうすれば、少なくともリアリーはルマを邪険に扱わないからと。

 直接害意を向ける訳ではなかったが、秋の武道大会で起こした問題を切っ掛けに棒人間はリアリーに固執し始めた。その為に護衛を強化していた時に()と同化したリアリーが休暇を取って、近くで控える役目を担ったのがルマだった。

 僕は知らない間に守られていたらしい。


 「どうして私には秘密にされてたの?」


 巻き毛の解けた髪を後ろで一つにまとめたルマが、困ったように頬を掻いて笑う。

 先程、演技を止めて欲しいと告げてからの()の仕草はやはり男の子のもので、僕の見ていた可愛い天使は幻に消えた。


 「依頼主から、リアさんは隠し事が苦手と聞きまして」


 「じゃあ、君は私がまんまと君のルマちゃんに騙されるところを面白がってたんだね」


 「ち、違います!そんなことはありません!」


 「騙されるに決まってるでしょう!あんなに可愛かったんだもん!天使だったもん!」


 「す、すみません…?」


 僕の噛み付きに平に謝るルマの態度は実に大人びている。これでは僕が一方的にいじけているようではないか。実際そうなのだが。


 「でも…私が先に気付いてない間もずっと守ってくれてたんでしょ…。あ、ありがとう、ね」


 「いいえ、結局逃げられてしまいました」


 「私の護衛は出来たんだからいいんじゃないの」


 「それも含め…ボクが離れなければそもそも貴方を危険に晒さずに済んだのです。怖かったでしょう、本当に…肝心な時に役に立たなかった」


 「あれは…私が入るよう勧めたから。それにあの時、もしルマちゃんがお風呂に行かなかったら私はルマちゃんを怪しんでたよ。一緒にお風呂も断られちゃったし」 


 「裸を見られたら一発でバレますからね」


 何度も誘った事実は早々に忘れてくれそうにない笑顔だ。

 荒らされた部屋には居たくなくて別の部屋を借りたけれど、テーブルで頬杖をつく僕は溜め息を吐いた。冷めたお茶を一気に煽って、聞かねばならないことを質問した。


 「どうして、女の子の振りをしてたの?君はちゃんと男の子、だよね?」


 「それは…ええと。リアさん、ボクと一度会って話していたことを覚えていますか?」


 「男の子としての君と?」


 「そうです」


 「うん…?うん?そんなことあった?」


 首を傾げて思い返している隙に2杯目のお茶が注がれている。本当に僕は隙だらけである。


 「お店で新しい小間使いとして紹介されたんですけどね。リアさんは一瞥もボクにくれませんでした」


 「う…」


 それはリアリーの態度が悪過ぎる。

 言葉に詰まった僕を尻目にルマは楽しそうに話を続けてくれる。


 「ボクとしては護衛対象に信頼してもらう方が守りやすいので、何とかリアさんと仲良くなりたくて色々試したんです」


 「まさか、一番反応が良かったのが…」


 「はい、ルマちゃんでした」


 「あー…いや、なんか…本当に…申し訳なく…」


 「いえ、ボクも結構楽しんだので」


 「え!」


 まさかリアリーが原因で女装に目覚めたのか。それとも中身が目覚めちゃったのか。どちらにしても責任は感じる。


 「ああでも、このタイミングでバレたのは良かったですよ」


 「う、うん?」


 「ボク、そろそろ成長期に入るんです。このままルマちゃんを続けるにはゴツさが出て来てキツいところだったんです」


 ルマの言葉に一瞬想像して絶望した。天使が天使で無くなるなんて酷い現実もあったものだ。


 「だめー!ルマちゃんは天使、ゴツいのはだめー!」


 「はい、ということで。これからはルマちゃんではない者が護衛に着くかと思いますが、よろしいですか?」


 「…まだ続けるの、護衛」


 「あの男を逃がしてしまいましたからね。いつまた貴方が襲われるか分かりません。これからは冒険者ギルドと連携してあの男の確保を目標に切り替わって動いていくと思いますよ」


 「そう…」


 「不便はないよう、配慮致しますのでご了承…」


 「ねえ待って。君、さっきルマちゃんではない誰かが…って言ったよね?」


 ルマの言葉に違和感を覚えた僕は、思わず彼の声を遮っていた。彼はリアリーの護衛から外れるつもりか。


 「それは追々お話ししましょう」


 「またそうやって、私を蚊帳の外にするんだから…!」


 「ははは」


 「君、結構いい性格だったのね」


 「リアさんは舞台の上とは違って、随分隙だらけの可愛い人ですよ」


 「ぐ…う…」


 いたたまれないとお茶に口を付け、僕は立ち上がった。このまま彼をなじっても分が悪い。


 「お風呂、行ってくる」


 「はい、ごゆっくりどうぞ」


 「タオル、どこ」


 「脱衣所にありましたよ」


 「分かった、ありがとう」


 せっかくの温泉なのだ。温泉に罪はないし、楽しまないと損であろう。気持ちを落ち着ける意味合いもあるし、少し長く入っておこう。

 そう考えていた僕は、長風呂し過ぎて湯船の中で目を回して浴槽の端でくったりしているところをルマによって救出された挙げ句、困ったように笑われた。


 「貴方は本当、ポンコツですね」


 「うー…」


 返す言葉もないまま、冷水で絞ったタオルで目隠しをして僕は()だった頭で考えていた。

 このままルマがリアリーの護衛から外れてしまえば、もう僕達に接点は無くなってしまう。()は男に興味はないと断言出来るが、リアリーはどうだ。人嫌いと人間不信は拗らせていたかもしれないが、今は僕だ。僕は別に、ルマのことは嫌いじゃない。逆に考えてみると、()寄りの今のリアリーにとっては中身は同性同士。付き合い易い間柄になる。

 難しく考えず、ルマとはいいお友達になれそうなのだ。このまま別れるのは惜しい。


 「君がいいよ」


 「はい、なんでしょう?」


 思いの外近くで返って来たルマの声に手を伸ばしてさ迷わせると、見兼ねた彼が手を取ってくれた。


 「せっかく…ふいんき良く付き合っていけそうなんだもん。護衛は君がいいよ」


 「ふいんき…」


 何故か、ルマが笑い出した。僕の勇気を振り絞った言葉は彼には面白かったのか。


 「なんで笑うの、そんなに私の護衛は嫌なの?」


 「違います、違いますって!ただ、本当に貴方は…可愛すぎて困りますね」


 「なにそれ、どういう意味なの」


 「内緒です」


 うやむやにされたまま休むように促されて、僕は素直に微睡み始めていた。だけどルマのこの呟きで、眠るどころの話では無くなってしまった。


 「好きだなあ、リアさん」


 ポンコツ扱いするんだから、そんな甘い声色は必要ないだろう。なんだ、その発言は。

 多分きっと、ルマには僕が覚醒していることは丸分かりだったのだろうけど、とてもじゃないが起きて呟きの意味を聞くなんてことは出来なかった。

だから僕は、ポンコツなのだ。



百合かと思った?

残念、逆でした!

ついでに残念、逆ともちょっと違うらしいよ!



と、いうことでリアリー編です。ここまでお目通しいただきありがとうございました。


踊り子の参考にする為画像検索をしたら、某キタキタが出て来てしまい白目を剥きました。このままではリアリーが大変な事になると思い、ギャルゲーアニメによくある第6話辺りのプール(温泉)回をごり押してみました。

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