【物語】竜の巫女 剣の皇子 49 藍理宮の夜
「私の屋敷へ行く。ミカゲが道を知っているから大丈夫」
ルチェイと共にミカゲに乗ったソロフスは短く言うと、後は静かになった。彼女もミカゲと彼の温かさに身を任せた。
月夜の下、薄明かりの中を馬の黒い影がゆっくりと雪を踏みしめて進む。
しばらくすると、ミカゲは大きな屋敷の正門前にて脚を止めた。ソロフスが指笛を短く鋭く吹くと、直ぐさま正門横の扉が開き、年老いた男が出てきた。主の顔を確認すると、驚いた様子で通用門を開け、屋敷内に知らせに駆けていった。
ソロフスはミカゲをその門番に預け「ああ、こわい人が出る」肩をすくめながらもルチェイを屋敷内に案内した。
屋敷は外内装共に漆黒の壁と柱、中は橙色の灯りが点在し暖かである。屋敷の主の帰りを知り、女官らが一同に集まり出迎える。ソロフスも泰然とその者らにねぎらいの声をかける。
女官達はルチェイを見ると、ソロフスが言うまでもなく丁重に応対する。
そこへ「おやおや殿下!『お腹痛い病』は治りましたか!?ご無事で何より」
背筋のよい熟年女性がひとり、勢いよく彼に向かってきた。その視線は鋭く、鼻筋も整った凜とした麗人。ルチェイは『雰囲気がナガ統官長に似ている』と感じた。
「このちんちくりんは、何ですの?」その麗人はルチェイの顔を黒い瞳でまじまじと眺め、真顔でソロフスに尋ねた。
彼は眉をひそめ「お前……アーサラードラの姫巫女だぞ。名はルチェイ。まだ公ではないが私の妻。頼んだよ」彼女を見た。
それを聞き「ほぅ。これはご無礼を。私はこの口と性格の悪い末皇子の監督役、ロイ・タバナと申します。藍理が不在時は屋敷の代理統括を行う者。以後お見知りおきを」
最敬礼しつつも歯に衣着せぬ物言いにルチェイは唖然とした。
「ルー。タバナは口も性格も悪いが、信頼してよい。魔導武将級の秀麗英傑。この屋敷の守護神にしておくには惜しい文武官だが、運悪く私の番人を引き受けてくれている。私も信頼している」ソロフスは話した。
タバナはふふん、と鼻で笑いつつ「この藍理宮はナーシャ様がご子息ソロフス殿下の聖域。私はここを御守りしつつ、藍理をビッシバッシと鍛えさせていただいております」
不敵な笑みを浮かべる。
そして「ルチェイ様も私が御守り申し上げます。皇子の妻となるならば、宮城の華に笑われ藍理が恥をかかぬ様、超本気で鍛えさせていただきます」姫巫女の目をしかと見て微笑んだ。
ルチェイは、ただただ笑うしかなかった。
タバナが「藍理、今宵はいかがされるか?」
「これまでの報告連絡相談。風呂。善哉大盛り。寝る。姫も私の寝所」
「ルーは先にお風呂でいいよ。じゃ、また」ソロフスはルチェイにも言うと、タバナを従えて屋敷の奥に消えていった。
ひとりになったルチェイではあったが、他の女官達に賑やかに囲まれ、あっという間にお風呂に入らされ、新しい服を着せてもらい……気が付いたら大きな部屋の中に案内されていた。
その部屋の家具は簡素ではあるが整えられ、白檀の香りが仄かにただよう。
「ルー、おいで」長椅子に寝そべっていたソロフスが彼女に声をかける。
彼はこざっぱりした服に着替えており「今夜は部屋で食べる」とのんびり手招きした。
そばに給仕役の女官がいて、テーブルに軽食をいくつか並べるところであった。ひとまずふたりは食事をする。ソロフスは『大盛り善哉』を勢いよくお代わりして、あたたかいお茶をゆっくり飲む。ルチェイは半分でお腹いっぱいになってしまった。
ソロフスは女官にお菓子とお茶を置いてもらうと、あとは人払いをした。
部屋はやっとふたりの静かな空間になった。
「疲れたろ?」ソロフスがルチェイに「ベッドは広いから好きに寝ていいよ」と言いながら自らもそこへ移動して「私もこのまま寝る」あくびをしながら剣をそばに置き、寝転んだ。
ルチェイもおずおずとソロフスの横に寝る。
彼は「ここは5人寝ても大丈夫」そう笑いつつ「この前の夜、ゆっくりでいいと決めたろ?」ふたりで寝転んで向き合う。ほんの一瞬、ふたりの眼差しが静粛になる。
「じゃ、おやすみ」彼はルチェイと反対側を向いた。彼女は彼の背中にくっつき
「ソロフス。おはなししていい?」静かに声をかけた。
「どうぞ」
「タバナさんが言っていた、あなたのお母さん。どんな方だったの?」
「いい人だったよ」
「そう……」
「ルーのご両親は?」
「私を産んでくれた母や父のことは分からない。聖上もわからないと。でもそんなこと考えなくてもいい位、聖上や宮城のみんなが私を大切にしてくれる」
「そうか」
「ソロフスもありがとう」
返事がないので、ルチェイも静かにしてみた。彼がゆっくり寝息を立てている事がわかると、彼女もやっとまぶたが重くなり、やがて眠りに落ちていった。
しばらくして、ソロフスはそっと身体をルチェイに向けた。彼女の穏やかな寝顔を見つめ
『ルーは落下時、とっさに瞬間転移をしたのか?』
そう考えながら彼女の肩にそっと触れた。
少し間を置き、彼はかぶりを振るとそのまま目を閉じて寝ることにした。
(つづく)




