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【物語】竜の巫女 剣の皇子【第二部】  作者: ヤマトミチカ
いくさがみ
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【物語】竜の巫女 剣の皇子 63 姉弟

 ロゴノダ皇国、弥生の始め。

 ルチェイがアーサラードラへ旅立った夜のこと。


 七曜塔ではレウン導司が静かに座し、結界中央の竜の頭を見つめている。

「なんだ、千里眼。てめえは自分のことが見えねぇのかよ。ざまぁねぇな」

 女の声に彼が振り向くと、オリデオが薄着のまま立っていた。手には抜き身の剣を持っている。

 導司は銀眼を細め「もっと、淑女かと期待してみましたが。やれやれ……」立ち上がり彼自身も剣を取ると「大先輩には、がっかりです」銀髪の青年は、静かに刃を女に向けた。

 オリデオは、ケタケタ嗤う。

「おいおい。皇子の身体を斬るのかぇ?」顔を歪め、身体をよじり、せせら笑う。

 そこへ「導司!姉上を止めてください!」リオソスが息せき切らせ、白犬のクマと走ってやってきた。オリデオを追いかけてきた彼の顔色はよくない。大きな体の犬は全身の毛を逆立て、唸り声を上げる。

「ああああああ。可愛いおとうとよ。こやつはわたくしを殺そうとするのよ。こわいよぅ。助けておくれぇ」オリデオが首を一周捻り、リオソスに微笑んだ。彼はその姿に息を飲み、ことばを失った。

「路香様。瑞葉様はもうだめです」レウンも首を振る。「潜まれた間に喰い尽くされています」

 クマが吠え、オリデオに飛びかかった。が、彼女は瞬時にそれを剣で切り刻む。犬は鳴く暇もなく、血で赤く染まり床にうち捨てられた。

「クマ!!」リオソスは愛犬に駆け寄る。「ああ。死んじゃった、ねぇ」女が高らかに嗤いまくる。

「さあ、結界を解こうか。血を舐めようか」歌うように言う女に、レウンが剣で斬り込んだ。女はそれを軽々と受け、弾く。レウンは後方にはじき飛ばされるが、何とか踏みとどまる。詞を詠唱しながらのレウンの額に汗が浮かぶ。

「お前。意外に粘るねぇ」女は真顔になって導司を見る。「喰ったらうまいかのぅ」裂けた様な口を大きく開けた。

「姉上!戻って!」

 必死のリオソスが姉に抱き付き、彼女の顔を見上げた。そこにはいつもの姉の顔があった。

「リオソス……」彼女の瞳から涙が零れる。

 鈍い音がした。

 リオソスは姉に顔を向けたまま、眼を見開く。オリデオも弟を見つめて泣く。しかし、彼女は抱きつくリオソスを背部から刺し、己に貫通させた剣をますます深く、差し込む。

 震えながらも立ちすくむふたりの足もとに、どす黒い血が水たまりの如く広がる。その血が、生きているようにうごめき出すと、ふたりに巻き着き、這い上がり、蛇の口の様に全てを飲み込んだ。

 レウンが冷や汗を流しながら見つめる中、それはふたりのヒトの形から、ぐにゃぐにゃとよじれ、ひとりの女になった。

「あぁああああ嗚呼あぁ。なんとまぁ。たっぷりの哀しみと苦しみ憎しみ。魂はおいしいぃねぇえぇぇ」

 黒髪を角髪みずらに結った、黒い瞳の女が口を大きく開け、感極まって身体を捩りまくって笑い転げる。

「あははははははははははは!!七百年ぶりの新しいからだぁ!うふふぅう~」大きなくらい眼がレウンを見る。


嗚呼、憎しみは美味しい

女の血は美味い

もっと喰いたいよう

世界でいちばん美しいのは わらわじゃ

美しいわらわが いちばん正しいのじゃ

女はみな死ね

女を愛する男も死ね

みんな燃えてしまえ


「メユイの眼ん玉、美味かったあぁ。お前も喰うかぇ。その前に竜の頭返せ!わらわの竜じゃあ!」

「お断りします!緋の巫女よ!」

 レウンの強いことばに女は跳ね、獣のように導司に飛びかかる。

「導司!」瞬時に間に入り込んだソロフスが、すり抜け様に女を逆袈裟懸けに斬った。

 血しぶきと共に、緋の巫女はおぞましい悲鳴を上げ、のけぞった。斬ったソロフスも、彼女の凄まじい憎悪に、目を見開く。手が痺れる程の感情の汚泥。しかし彼は気を保ち、再び斬りかかる。女はそれを蛙の様に後方に跳ねて避けた。

 ソロフスと一緒に来たサイメイがレウンと共に緋の巫女を結界で縛ろうとした。が、緋の巫女も詞を唱え、それを弾く。「サイメイ!下がれ!」ソロフスが眼を紫に燃やし、炎を使おうと詞を詠唱する。ふいに、七曜塔の周りが騒がしくなり、警鐘が鳴り出した。

「鬼が出たぞ!」大きな叫び声が宮城に起こった。直後、塔の壁が壊れ、数頭の赤黒い巨体が緋の巫女を取り囲んだ。彼女は微笑む。

「可愛いわらわの傀儡たちよぅ。迎えに来てくれたかえ。」

 鬼達は白目をむき、口を開け牙を覗かせる。

 ソロフスは驚愕する「鬼は緋の巫女が!」黒剣を握る手に力が篭もる。

 緋の巫女はソロフスに斬られた傷と流れる血を撫でながら、彼を睨む

「お前には仕返ししてやるぅ。顔は覚えたぞぅ!食い散らかしてやる。メユイに似た男ぉ」

 彼女は鬼に抱えられると「先に竜の躯取ってきて、またここに来るよぅ。頭はわらわのものじゃぁ!竜はわらわのものじゃあぁ!」

 ケタケタと大きな高笑いを残しながら、緋の巫女は鬼と共に黒い影となり、稲妻の如き速さで、七曜塔、そして宮城から飛び去って行った。


 「待て!」すぐにソロフスは緋の巫女を追おうとした。が、レウンから止められた。

 沈痛な面持ちの彼は、イルサヤにいる兄弟子に思いを託した。




挿絵(By みてみん)



(つづく)


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