【物語】竜の巫女 剣の皇子 62 ふたつの思い
「『わわわわわわわ―――わああわわわわわわわぁ―――っ!!』」
ミカゲに乗るルチェイとちびは、彼女があまりにも速く駆けるので、悲鳴を上げまくっていた。
「ソロって!すごいのねっ!」ルチェイは涙目で手綱を握り締める。
『しかしだ!ミカゲを信じるのだ!』彼女の背中にしがみつくちびも体をガクガクさせながら叫ぶ。
『なんだ?これ位で泣くのか!?これでも全力の半分だぞ』
「ええっ!?み、ミカさん!?ミカさんの声がっ!?」驚くルチェイ。
ちびが『ルチェイ!ミカゲがミカだっ!!ぐおおおおお~っ!』恐怖から雄叫びをあげる。ちびの鼻水が後方に流れ飛ぶ。
「ええええええええええ~っ!?」
『ルー!もっと、とばすぞ!!』ミカゲは威勢よく言う。
「ええええっ!?ミカゲっ!ちょっと!」
『ソロのところに早く戻るんだろう?速くしてやるよ!』黒馬は、全く意に介さない。
「そ~う~だ~け~ど~っ!」
『ルチェイ、あきらめろ!ソロの馬だぞっ!ホントに!主そっくりだっ!』
『うるさい、ちび!ソロをバカにする奴は!こうだっ!!』
ミカゲの速さが三倍になった。
『「ぎゃひぃ―――――――――っ!」』
リーベサラ山脈を迂回する街道には、『新世界の秩序』を担うふたりの悲痛なる叫びがこだまするのであった。
そんな小春日和の皇国。同時刻。
「お菓子同好会、会長チョウヤくん」
七曜塔の結界横では、導司のレウンと青年魔導師のチョウヤが向かい合い座している。
長い白髪のチョウヤは「はい。冬の活動報告、春のお茶会のお知らせ、新作お菓子レシピを『早春号』にてお知らせ済みです」刷り上げた会報誌と書類を眺めつつ話す。
「子供会と婦人会と老人会は礎石に集合したかな?」
「はい。老人会がしゃしゃり出るので、『お汁粉回数券てんこ盛り無料配布』で懐柔しました。あとは青年部と壮年部からの希望者が人数分集まりました」チョウヤは灰色の目を光らせる。
「よかった。希望者は所定の位置でお願いするよ。アーサラードラの方は?」
「あちらもお引っ越しがほぼ済んだ様で」
「ハリュイ聖上は本当に面白い方だね。会ってお喋りしてみたかったな」
「導司はおばあちゃま大好きっ子ですものね」
「うん♪主上は?」
「あれやこれやと。市民は半分程、宮城に入ったそうです」
「都は人が多いからね。藍理宮は?」
「お引っ越しが今日からです」
「サイメイがお手伝いに行ったよ。藍理からはいろいろ怒られそうだ」
レウンは始竜の頭を眺める。
「いろいろ間に合わない様に見え、すまない」
「みえすぎるご苦労も想像以上かと。ただただ、信じております」
「聖上と私、の願い。届くといいな」導司は肩をすくめる。
「はい」チョウヤも小首をかしげる。
レウンは銀眼を柔らかくし「では団長も礎石へ。ありがとう」笑みを向ける。
「ありがとうございます。春のお茶会、心待ちにしています」チョウヤも静かに微笑み返した。
同時刻、藍理宮。
魔導師のサイメイはソロフスにくっつき満面の笑顔だ。
「藍理様と一緒で嬉しいですっ!」
「もういいかげんに離れろよ……忙しいんだから」男に密着され、苦々しい顔のソロフスは、屋敷の者に指示をして回る。公の通達で、城都在住者の宮城への避難が開始されているのだ。
ソロフスが「お前は私の後方支援でいいからな。頼むぞ」ため息をついて言うと
「はいっ!自分、がんばります!」サイメイは真剣な表情で瞳をキラキラさせた。
「わんこが戦場で泣かぬようにせねばな……」ソロフスは神妙な顔で、小さく呟いた。
「また魔導の本を読んでいるのか。私はそれが嫌いだ」
同時刻、瑞葉宮。
オリデオは渋い顔で弟に言った。
「ごめんなさい」面会にきたリオソスは書籍を胸に抱え、しゅんとした顔だ。彼のそばに座る白犬のクマは、耳を伏せている。
オリデオは騒動以降、自室での軟禁状態が続いている。
「瑞葉、怪我はどうだい?」
「動かす分には問題はない」
「そんなに藍理が憎かったの?」
リオソスの素直な問いかけに、彼女の顔が歪む。
「僕は藍理が好きだよ」
「お前の好きと一緒にするな」
「同じだ」
「違う」
「憧れだったんだろ?」静かにリオソスが言う。
「黙れ!」声を荒げるオリデオに、白犬が唸り声を上げる。リオソスはそれを宥める。
「僕は、天女の家系でちょっと勘がよくて、でも魔導師になるなんて……思ってもいなかった。はじめから皇子として育っていたからね。だから藍理が来た時は本当に驚いた。『なんだ。実際に魔導剣士の皇子って、いいじゃないか』って、素直に思えたよ」
弟のことばに、オリデオは何も言わない。
「僕がもっと丈夫だったらな……とか思って。でも藍理も完璧じゃないと知ることができたし、嬉しい」彼は、耳を伏せる白犬を優しく撫でる。
「私が女に生まれたばっかりに……ひ弱なお前が生まれることになったんだ……私が悪い」
オリデオのことばに、リオソスは目を丸くした。
「瑞葉、それならば。謝らなければいけないのは僕の方じゃないか。僕が生まれる為に姉上は女に生まれてくれたんだね。ごめんなさい。ありがとう」
リオソスは目を潤ませ、姉の顔を見つめた。オリデオは「藍理も、お前も、優しすぎるんだよ。だからフロドとアラフに勝てないんだよ」眉間に皺を寄せ「男の癖にだらしない」吐き出すように罵った。
「よかった。いつもの瑞葉に戻ってきたね」彼はいけしゃあしゃあと姉に言い返す。
オリデオとリオソスはしばらく無言で見つめ合い、ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
「では姉上、もう姉上って言うことにしますね。またお見舞いに伺います」
リオソスはそう言うと、瑞葉宮を後にした。そうして、屋敷の外で愛犬のクマを撫でながら「クマ。やはり何かあるな」と、厳しい顔を見せた。
(つづく)




