【物語】竜の巫女 剣の巫女 60 白虎
見渡す限りの青空と、広大な雪に覆われた山脈が続く風景。
ソロフスとルチェイが転送された場所はウラドマ山脈、白虎のいる聖地の遙か上空だった。
「ひゃああああああああああああ!」
落下する状況に慌てふためく彼女に対し、冷静なソロフスは
「なるほど。確かにこれはギリギリの地点」
彼はルチェイを抱え込むと、炎弾を地面に向かって数撃繰り出した。炎弾の爆風、跳ね返る衝撃を使い、ふたりはなんとか無事に着地。
「ルー!重い~!!」ソロフスがわざとルチェイにふざけて言うので、抱えられたルチェイも「こんな降り方ありえない!レウンさんも!ソロもバカ~っ!!」と拳を振り上げ、騒ぎ立てた。
「おいおい!誰だ!?儂の庭で何をするのだ~っ!!」
ふたりが、声のする方向を見ると、煙の中からゴホゴホと咳をしつつ……、
二足歩行の、大きな白い虎が登場した。
「あ……すみません。ちょっと白虎に会いたくて……あなたですか!?」ソロフスはいぶかしげに尋ねる。
「いかにも!儂が白虎だ!!」腰に手を当て仁王立ちの獣は、青銀の瞳を輝かせ
「久しぶりの客にしては荒い訪問だな」大きな牙をのぞかせ苦笑いした。
そうして白虎はルチェイに目を細める。「可愛らしい娘さんだのう……!お名前は?」
「ルチェイと申します」彼女は戸惑いつつも挨拶をした。
「そうか。で、兄ちゃんは?」
「ソロ」ソロフスは答えた。
「ふーん。兄ちゃんはなんか気合いの入った格好だな。まあ、ここでも何だ。茶でも飲もう。儂はお喋りが大好きだ」笑顔の白虎は、近くに見える木造りの家を指し示した。
ふたりは「なんだか『孤高の神獣』って感じでは……」ひそひそ話しながらも、彼の家にお邪魔することにした。
ルチェイとソロフスは白虎の出されたお茶を飲みつつ、リュックのお菓子を出して、皆で食べた。
「ほほ~。ロゴノダのお菓子もおいしいのう」白虎は団子や焼き菓子をパクパク食べる。
ルチェイも「私もそう思います」と笑顔を見せる。
「このお茶もおいしいですよ」ソロフスも穏やかに言う。
「兄ちゃん。この美味さが分かるか!儂のお手製だぞう!」顔を輝かせる白虎。
「あ、あの。白虎さんにご相談が」もじもじしながらもルチェイが言う。
「なんだ?」
「緋の巫女を白虎さんが封印していると聞いて」
「あいつはもう、おらんよ」白虎がアッサリ言う。
「今はどこにいるんですか?」
「うむ。儂がメユイに頼まれた封印期間は700年。ちょっと厚意で延長し、先日、解放した。あとは知らん」
「白虎。緋の巫女を再び封印するか、倒す方法は?」ソロフスの問いに獣は片眉を上げ「いろいろあるだろぅ?」とせせら笑う。ソロフスも静かに頷く。
神獣は「兄ちゃん、面白いの。普通こういう話しをすると慌てそうなんだが」
「いえ……単に、神頼みの難しさを感じているだけです」ソロフスは複雑な表情を隠さない。
「うむ。それでいい」白虎は串団子を頬張り、茶を啜る。
再びルチェイが話を切り出す「白虎さん、お願いがあります。私の巫女のちからを戻して欲しいのです」
「いいよ」白虎はこれまたアッサリ答えた。
「可愛い嬢ちゃんの頼みなら儂は喜んで聴くぞ。ただし、条件がある」
「はい」
「儂の娘になれ」
ルチェイは耳を疑った。「え!?」
「その兄ちゃんと別れ、儂とこの聖地でずっと暮らすこと。それが条件だ」
ルチェイはソロフスを見た。
彼は「ルー。帰ろう」と席を立つ。「白虎、ありがとうございました。では」そう挨拶を述べ、ルチェイを連れて家を出た。
「姫巫女よ。お前さんが兄ちゃんを信じるなら、条件を変えよう」
ふたりの後ろから白虎が声をかけてきた。ソロフスとルチェイは彼に向き直る。
「兄ちゃんが儂と闘って勝てば、嬢ちゃんに巫女の力を戻すと約束する」
突然。
全てが深い闇に覆われた。ルチェイは、自身の手が目の前にある事も分からない程の暗闇にいた。
彼女は隣にいるはずのソロフスに声をかけようとして、声が出ない事に気が付く。耳は聴こえているのか?分からない。怖ろしいほどの静寂。上下も分からなくなりそうになった。
数歩進もうとした彼女は、立ち止まる。深呼吸してみる。大丈夫、息はできる。しかし、状況がわからない。
手を伸ばそうとして、止めた。凍てつく大気が周りにある。
ルチェイはそこから動かない事を決めた。
どの位、時間が経ったのか……。
ルチェイはずっと立ったまま動かず、ソロフスを待つ。
何も見えない、聴こえない。しかし、空気の流れと温度は感じる。
以前にも、こんな事があった気がする……。彼女は思いながらも詞を心中で詠唱し、ソロフスの無事を祈った。
不意に、ルチェイの顔真横、寸先、一迅の疾風。彼女は組んだ両手を握りしめた。
「ルー!がんばったね!」聞き慣れた声と温かさがルチェイを包む込んだ。
急に視界が開けた。雪山の中は夜が明けようとしており、ルチェイはソロフスに抱かれていた。
彼女は周りを見渡す。白虎も木の家も見当たらない。ソロフスに顔を向けると、彼は凍える大気の中、額から汗を流しルチェイを見つめている。
「……?」
「ちょっと白虎と睨み合って……時間がかかってしまった。神獣に、一撃、でいいと……条件だった、んだが。さすが……!」ソロフスは言いながらバランスを崩し、地面にうずくまる。
ルチェイは目を見張る。「怪我したの!?」
左腹部を手で押さえるソロフスの足もとの雪が、赤く染まっている。
「……っぶねぇ……全部、持ってかれてた……ルーの、お陰」彼は顔をしかめながらもルチェイに笑う。「詳しくは、後……迎えを……」
ソロフスが倒れ込むのでルチェイはその身体を支え、ちびを呼んだ。
(つづく)




