【物語】竜の巫女 剣の皇子 56 背の君よ
冬の静まりかえる、藍理宮の夜。
ソロフスが自室に戻ると、ルチェイが待っていて白い衣を着ていた。長い髪は下ろし、濡れている。碧い瞳があまりに静かに彼に向けられるので、互いに静かに見つめ合う。
ルチェイは護り刀を持っており「あなたの剣を私に」彼を見つめ、透き通る声で言う。
ソロフスは応じ、黒剣を彼女に渡す。
「ありがとう」
ルチェイは護り刀と黒剣を抱き、纏っていた衣をするりと脱ぎ捨てた。細く白い躯が顕わになる。
「水で浄めて心を細くしてきたの。私は真剣よ」彼女は微笑む。そうして自身の腕を見つめ
「本当はあなたと共に歳を経て、同じ26になっているはずなのに……あなただけが先に。ソロフスだけが多くの経験や苦しみを積んだ。遅れた私が幼い様に見える事が、私も辛い。この身体もあなたより小さくて、どうしても弱くて、あなたを受け止められない。そう決めつけられている事が悔しい。どんなに積み重ねても10年の差が埋まらない……」
姫巫女は碧い目を細めてソロフスを見つめ、ふた振りの刀を抱きしめる。
「あなたがくれた大切な護り刀。浄いけど弱い……護り刀が守られている有様。玄穂はたくさん命を奪う代わりに、たくさん守るんでしょ?それは浄いと思う」
ソロフスは「それは役目だから。ルチェイは光皇女、私は剣士。ルーを守るのは役目以上のものだが」と返す。
「アーサラードラの巫女が代々汚れずにいられるのは、竜が争いと血を担っているから。ソロフスも私の為に多くの事を……だけど、それでいいのか。自分だけが良ければなんて思えない。あなたのいない世界も嫌。ソロフスは私だけが生きればと言うけれど、私はそれを望まない」
「白虎には私ひとりで会いに行く」ルチェイはソロフスに言う。
彼はなぜ?と返す。
「今あなたと一緒に行ってもうまくいかない気がする。ソロフスが私を頼ってくれなければ、私があなたに頼れないの」ルチェイは静かに彼に歩み寄る
「私は巫女として頼りないか?妻として頼りないか?ひとりのひととして頼りないか?」
「この剣よりも頼りないか!?」彼女の強い眼差しがソロフスに向けられる。
「私がルチェイをいちばん愛しているけれど、しあわせにできるのは」「あなたが私に渡さない決意を、半分じゃない。全部ちょうだい」彼女はソロフスのことばを遮った。
「あなたの決意は何?」
「ルーがしあわせに生きること。それが最優先。他のものはそのためにある」ソロフスは答えた。
「ソロフス。私を対等に見て、同じよ。あなたと私は生きるの。絶対に。白虎や竜にあう前に決めて。決めるだけでいいの。お願い」
彼はしばらく黙した後「うまく言えない。私も最後の瞬間まで生きる。でもルーの『生きる』とは違うみたいだ」ことばを噛みしめるように答えた。
「あなたの決意は私が持つ。私がしあわせになる。その為にあなたを生かす。ひとりの私としてソロフスを生かす。その為に必要であれば力も得るし、巫女であることも捨てる。枷になるものは捨てる。これが私の決意」
微笑むルチェイが彼を柔らかく見据える。
「ソロフスの痛みを受け止めきれずごめんなさい。でもあなたがもし、私に鍵をかけるなら、私も心を沈める。ソロフスと一緒にいても苦楽を共にできない……それはしあわせとは違う。それは本当に痛いの。それなら痛い方がいい。一緒にいたいの」ルチェイは強く言った。
(つづく)




