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【物語】竜の巫女 剣の皇子【第二部】  作者: ヤマトミチカ
いっしょ
14/36

【物語】竜の巫女 剣の皇子 55 同調


挿絵(By みてみん)



 怖ろしいモノが目の前にたくさん現れた。

 想像以上の事態に鍵が間に合わない。

 凍るような痛みと吐き気。

 金色の光。



 真夜中の事。

 刺すような冷たさを感じたルチェイは跳ね起き、ソロフスに触れていたであろう自身の手を胸に引き寄せ、握りしめていた。

 彼はルチェイに背を向けて寝たままで、その左手には黒剣を握っていた。

 ソロフスが果たして眠っているのか、彼女は知る事ができなかった。



 オリデオが藍理宮で起こした『騒動』について、ソロフスは屋敷に来訪した官吏から事情提供を請われた。彼は素直に応じた。

「瑞葉様は治療の為、厳重な保護の基で安静にされております」

 その官吏はソロフスとルチェイに端的な経過報告をし、宮城に戻っていった。

 ルチェイはオリデオとふたりきりの時の状況については何も言わず、ソロフスや周りの者は不問に付した。

 

「この件については、このまま穏便に済ます事になりそうです」

 ソロフスが宮城に出かけた後、タバナはルチェイとお茶を飲みつつ話をした。

 ルチェイは「ソロフスは本当に……」と茶器を持ったまま静かになった。

「藍理は、瑞葉様が姫様を盾にしておらねば、最初で首を刎ねておった事でしょう」タバナは彼女に言う。

「藍理の初陣は2年前、国境で、ウラドハマから来た鬼とのものでした」

 ルチェイはタバナを見る。

「隣国のウラドハマはまだ全てが整っておらず、無法地帯から竜や妖魔とは違う鬼がやって来ては皇国を襲うのです。藍理はもともと魔導剣士として妖魔との戦歴はありました。しかし、鬼は勝手が違った様で、苦戦した。全て討伐して戻ってきた藍理は、しばらく食事も摂れず……やっと『殺してしまった』それだけ話してくれました」

 ルチェイは彼の黒剣の事を思いながら話を聴く。

「その戦場にいた武官が『藍理宮が鬼を数体斬り殺し、黄金竜を召還して残りを全て炎で薙ぎ払った』と教えてくれました。でも藍理はそれを知らないと。藍理はそれ以降、鬼は全て剣で討伐しています。そんな藍理です。『姫様を守る』と決めた事はやり遂げます」

 姫巫女は真剣に耳を傾けながら、ゆらゆら揺れる琥珀色のお茶を見つめた。


 ソロフスが宮城にいると「あああっ!藍理様っ!」先日彼を皇国に連れてきた魔導師のサイメイが少年の笑顔で駆け寄って飛びついてきた。「会えて嬉しいです!」眼鏡の奥の黒い瞳がキラキラ輝いている。

「ああもう!なんだよお前!」ソロフスは呆れ顔で応じる。そして後から駆け寄ってきた白髪の青年魔導師チョウヤも見つけ「この前は助かったよ。ちびは元気?」と尋ねた。

「藍理様。白竜は元気です。あとはご報告が」

「何だ?」

「瑞葉様の事です。魔導療師の治療を拒絶されます。もともと好かれてはおりませんでしたが、我々は瑞葉宮敷地に近づく事すらできません。レウン導司から『気を引き締めよ』と魔導師青年部に話がありました」

「そうか……」ソロフスは少しの間考え込むと「わかった。ちょっと導司に会いに行ってくる」

 抱きつくサイメイを引きはがした。


 ソロフスが七曜塔に入ると、ちびが笑顔で迎えた。

「ちょっといいかな」そういう彼に、ちびは頷いた。レウンは席を外している。

 床に座りこんだソロフスはちびを抱きしめた。彼は、ちびのふわふわした真白の毛並みに顔を埋め「ルーが」とだけ言った。

「ソロ。ボクとルーは同調している。どうする?」

「ごめん。知られたくない」「今だけ」

「わかった。ソロとだけ。男同士の約束だ」穏やかにちびが応じた。

「ソロ。ルーは少しずつ感覚が戻ってきている」

「うん」

「ルチェイはソロよりも『勘』がいいぞ」

「今のうちに鍵をかけようかと」

「君の思いは変えないの?半分こ、だろ?ルーはどうしたって分かるのに」ちびは微笑む。

 ふたりはことばの下でもやりとりをする。

「後で少しずつ、ことばで言う」

「うん。ソロに任せる。信じている」

「ルーも……ちびもあたたかい」

「ソロもぬくぬくだぞ。力を入れ過ぎなんだよ。もっとボクに頼れ」ちびが彼に頬ずりをする。

 ソロフスは目を閉じ、ちびの体温に自身のこころを浮遊させた。


 夕刻、屋敷に帰ってきたソロフスはルチェイに声をかけた。

 自室でソロフスは黒剣をルチェイに渡し「重いけど持ってて」と頼み、長椅子に座った。

 彼女はそれに応じそれを抱き、彼の隣に腰掛けた。

「ルー。白虎に会いにウラドマ山に行くにはウラドハマを通らねばならない。でもそれは危険だ。私は導司に相談し、聖地ギリギリの地点まで魔導師の瞬間転移で行き来する事をお願いした」

 ソロフスのことばにルチェイは頷く。

「後は。ウラドハマに鬼がいて……。ルーを傷つけたのも鬼だ」彼は声を落として話す。

「あれらはとても残忍で、妖魔よりも凶暴で残酷。国民を何人も喰い殺している。私はもう、奴らはルーの視界にすら入れたくない。でも。あれを昔、玄穂で斬った時……。剣を抜けば命と命のやりとりなのは承知。しかし私にはまだ覚悟が足りていなかった。

人体が腐りきらずにくらい思いを抱いて動いていた。みんな昔、普通に生活していた人が鬼になっている。それが無造作に人を喰らう。この事は誰にも言っていない。言ってどうするのかと。もう鬼は人に戻れない事も分かっている……。すんなり殺す事が優しさか。戦場に迷いも生まない。お前を傷つけたものなら尚更」彼は目を伏せる。

「私は汚い人間だ。この前も感じたと思う。その剣で多くの命を奪った」 

「ソロフス。違う。私があの時あなたを止めたのは、あなたに傷ついて欲しくなかったから」ルチェイは黒剣をしっかり抱きしめる。

「でも既に私は、いくつも殺めている。それでいいと決めている。他の武官と同じ。それが守る事」

「みんなの為にやっている事を責めないわ」

「ルーは白虎に会いに行かなくていい」

 ルチェイは、彼の突然のことばに目を丸くした。「何を言うの?会いに行って、白虎にお願いをして巫女の力を戻すわ!」「みんなの為よ!ソロフスの為でもあるけど!」

 彼女の真剣な顔に、ソロフスは静かに頷いた。

「白虎に会いに行った後、ルーはアーサラードラに戻ろうね。イルサヤのみんなも心待ちにしている」立ち上がったソロフスはルチェイから黒剣を受け取ると微笑んだ。

 ルチェイも立つと、彼に抱きついた「ソロフスもアーサラードラに戻るのよ!そのために私は白虎に会いに行くんだから!どうして今日は意地悪を言うの?」

「意地悪はいつもの事だろ。さあ夕餉を食べに行こうか、お腹すいたね」彼は苦笑いしながら彼女の手を引いて部屋を出る。


 ソロフスのぬくもりを感じながら、ルチェイはそれだけを感じる自身に唇を噛んだ。



(つづく)


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