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【物語】竜の巫女 剣の皇子【第二部】  作者: ヤマトミチカ
いっしょ
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【物語】竜の巫女 剣の皇子 54 オリデオ・瑞葉

 オリデオはソロフスの事がはじめから気にくわなかった。

『藍の君は美しい顔立ち』

 宮城の女性達からは、藍理を慕う密やかな噂が今でもある。もちろん『田舎者』『無愛想』『側室の子』という噂もあるが、藍理の人気は10歳以上年上の第三皇子オリデオには面白くない。

 他にもある。オリデオは宮城内では数本の指に入る程の剣の腕前を持つ。

 しかし以前、宮城内で剣術仕合があり、オリデオとソロフスは対戦した。その開始直後。気が付いた時には、藍理の黒剣の刃がオリデオの首元寸先にあり、その黒い瞳は静かに自分を見つめていた。瑞葉は負けを認めるしかなかった。

 屈辱以外の何ものでも無かった。

 第五皇子に負けた屈辱。新参者に負けた屈辱。殺気すらない瞳に負けた屈辱。


 以降、オリデオは藍理が大嫌いだ。

 どうにか彼を自分に組み敷いて屈辱を味合わせてやろうと画策するが、藍理はそれをうまく交わす。

 まるで何もなかったかの様に。オリデオの事が眼中に無いかの様に。

 あの仕合の時の様に。


 そして、藍理が姫巫女を皇国に連れてきた事も不快だった。

 朝議で申し立てしたにも関わらず、その件はうやむやにされた。その上、藍理は姫巫女との仲を認められ、特使にも任ぜられた。

 瑞葉は藍理に対しての憎しみを募らせた。

 夜空の月が欠けるに従い、その心はくらいものに共鳴していった。



 ある日の事。

 ソロフスは夜遅くまで宮城にいた。急に対応が必要な懸案事項が起こったのだ。屋敷に伝言する間もなく、周りが寝静まった頃帰途に付いた。

 彼はミカゲに乗って屋敷に戻る途中、同じく屋敷に向かうタバナに声をかけられた。ふたりとも『急用』で宮城に呼び留められた事が分かると、急いで馬を走らせた。


「藍理様!瑞葉様が!!」

 彼の屋敷は騒然としていた。女官が止めたにも関わらず、オリデオが屋敷に推し入った。が、相手が皇子だけに屋敷の者も迂闊に手が出せない。


「藍理、遅かったね。待っていたよ」

 ソロフスが急いで自室に入るとオリデオがルチェイを羽交い締めにし、その首に抜き身の短刀を当てていた。ルチェイはソロフスを見ると目を見開くが、震えていて声も出ない。


挿絵(By みてみん)


「動くと血が噴き出すよ」オリデオはふたりに言うと、ほくそ笑んだ。

「ルチェイを離せ」ソロフスは瞳の奥を紫色に燃やし、声を抑えて言う。

 瑞葉は軽く笑いながら「嫌だよ。お前の大事なもの。死んじゃえ」握る短刀に力を込めた。

 瞬間、オリデオの右肩が熱くなり、鮮血が溢れ出る。そちらに一瞬、意識が向いた時には身体をはじき飛ばされ、床に打ち付けられていた。オリデオが次に黒剣を振るうソロフスを見た時、自身の死を感じた。

「駄目!」

必死のルチェイがソロフスにしがみついた。彼も思わぬ勢いでしがみつく彼女に驚いた。

「駄目!それは駄目!」ルチェイは震えながらも必死で彼に言う。

 ソロフスは「お前を斬ろうとした!」言いながら彼女を引きはがす。ルチェイは涙目になりながらも首を強く横に振る。その顔を見て、彼も沈痛な面持ちで、歯を食いしばり頷く。

 オリデオは右肩を抑えながら

「手加減だと!?巫女だ!?姫だと!?ふざけやがって!女だからっていい気になるなよ!?藍理をたぶらかして虜にしやがって!うらやましい限りだな」

「藍理はそんなにいいのかい?」肩から血を流しながらも、歯ぎしりして笑う。

「屈辱で死にそうだよ!」


 瑞葉はそのまま腰の剣を抜くと、狂犬の様に藍理に向かってきた。彼はその剣を冷静に流し、弾き返していく。

「姫巫女よ。ここまで好かれたら本望だな!いくところまでいって!死んじゃえよ!」

「ルー!聞くな!」「こいつは!」

「黙れ!第三皇子に楯突きやがって!お前は私に傅けばいいんだよ!」攻撃と共に喚き返す。

「『兄上』とでも呼んで欲しいのか!?」ソロフスは瑞葉を睨む。

 苦痛に顔を歪めるオリデオは「お前はいつもいつもいつもそう!人を見透かしたように!嫌いなんだよ!!お前みたいなわかった様な顔をする奴は!フロドと同じ!大嫌いだ!!」

 声を荒げ目を爛々と光らせる。出血のせいで、だんだん動きが鈍くなってくるオリデオだが、倒れまいと必死の形相だ。

「お前の好きな奴もみんな嫌いだ!」瑞葉はルチェイに向かう。しかし、剣を取り落とし、それにも気が付かず倒れ込もうとする。

 ソロフスはオリデオの身体を支えた。彼の手や身体にも、オリデオの血がべっとりと付く。オリデオに触れる彼の顔が少し歪む。

 瑞葉は身体を震わせ「怒りと恥辱……剣を落としてしまった。なんてことだ!」悲痛な面持ちでソロフスに掴みかかる。

「やめろ。オリデオ」ソロフスはその手も握り、動きを抑える。

「斬らないと決めたのは!お前が女だからではない!」ソロフスも語気を強めて言う。

「姫巫女が!お前を斬るなと願ったからだ。ルチェイを傷つけるな。お前が女だからといって容赦はしない!!」

 オリデオは瞳を潤ませ、彼を睨む。肩からの血は流れ続ける。

「私は姫に負けたか!女の姫に!なぜだ!私は悪くない!

女に拘る女は嫌いだ!女に生まれたばかりに認められなかった私はどうすれば……!!

男にはなれず、男に勝てず、剣技を得ても戦に行けず……!皇子になれても世継ぎとして期待されず!『女』として生きる!?今更!できぬ!それは私にとって敗北を意味する。剣なしに男に組み敷かれるなど!辱めでしかない!」まぶたをきつく閉じる。

「オラフも妻を娶った。私はいつも二番目。母も父を。兄たちも妻を。妻は子を産み、そいつらが愛される」

「ソロフスお前も、私よりもそんな女を……!」

 彼は、だんだん力が抜けてくる彼女の身体を抱き支え続ける。

「どうして!?お前が私を解ってくれると!いちばん解ってくれるのに!一番になれない……!」オリデオは涙を流し「こんなからだ、いらない……!」と言った。


 彼はオリデオの頬を強く打った。

 目を見開き、唇を振るわせる彼女にソロフスは

「まだ死ぬなよ。お前の処遇を決めてもらうまでは」

 くらく、深い瞳を向けた。


 その後、オリデオを宮城の武官に預け、やっと藍理の屋敷は落ち着きを取り戻した。


「ルーが無事でよかった……怖かったね」

 ソロフスは床に臥すと、隣に寝た彼女を抱き寄せた。そう言うソロフスも顔色が良くない。ルチェイは彼に「痛いの?」と尋ねた。

「大丈夫……あなたの痛みは柔らかくて、あたたかいから」彼は穏やかに目を閉じたまま言い、彼女をそっと抱きしめた。


 ふたりはそのまま、静かに眠りに落ちていった。



(つづく)


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