兄妹と僕
ご愛読ありがとうございます!
ぽかぽか天気だった。
それはもう、このまま昼寝でも貪りたいほどの陽気。
僕は小さな兄妹が働くという小さなカフェで、ぼけ〜、っとテーブルに突っ伏していた。
「はぁ……ぜんっぜん、わかりましぇん……」
この町は、隠れ家から数キロ離れた場所にある港町だ。
人口は三万人。
昼間ともなれば、町はそれなりに活気付いて、人通りも多くなる。
僕と姉さんの食料も、この町から仕入れているので、けっこう重宝しているのだ。
「……っていうか、夜は不気味なくらい静かなんだよね、ココ」
姉さんに促され、僕は例の殺人事件を調査していた。
殺人鬼が活動するのは主に深夜で単独犯。
逃げ延びた被害者からの証言なので、単独犯は間違いないだろう。
被害者に共通性はないけど、高齢の人間はまだ被害にあっていない。
もし本当に食人嗜好の殺人鬼だとするのなら、若い肉を好むのは当然と言えば当然か。
手に入れた情報はまだこれだけ。町に着いて、二時間で集めた情報にしては、マシなほうだ。
「……平和だね……」
被害者は三人。
犯人は夜の闇に紛れて現れる。
「……やっぱり、夜中に行動しないと分かんないか……」
「お待たせしましたー」
無邪気な少女の声に、僕は振り向いた。
とてとて〜、と足早に注文の品を運んでくる、健気な姿。
決して零さぬように、大切に大切に急ぎ足。
「お兄ちゃん、お待たせしました! コーヒーです♪」
ぷるぷる震える手で、それでも零さずコーヒーをテーブルへと置く。
「ありがと」
「い〜え、どういたしまして」
まだ見た目10歳程度なのに、よく出来た子である。
コーヒーをちょっぴり苦めに。
それでも独特の甘さが口の中に広がって、深い味わいを堪能する。
「コレ、美味しいね〜。もしかしてお兄ちゃんが淹れてるの?」
「うん! お兄ちゃん、料理だけはすっごく上手なんだよ〜♪」
なぜに“だけ”を強調したのかは、あえて聞かないことにして。
僕は再び、テーブルに突っ伏した。 この猟奇的殺人事件が最初に起きたのは、まず一ヶ月前。
僕たちが隠れ家に到着したのと、ほぼ同時期にあたる。
最初の犠牲者は女性。まだ二十代半ばといった若さだが、第一発見者はそのあまりに無残な姿に耐え切れず、嘔吐したという。
初めは、野犬か何かに食い散らかされた跡だと捜査側も思っていた。
だけど、捜査が暗礁に乗り上げた時期に、第二第三の事件が起きたことで、同一犯による猟奇的殺人事件だと判断したのである。
死体は、もはや人型でなくなっていた。
あまりの惨状に細かい描写は控えるけど、まず普通の人間には直視することができないだろう。
それほどまでに酷い、常軌を逸した犯行。
けれど、不可解な点が二つある。
一つは、血液である。
通常、カニバリズムによる殺人であれば、その目的たる“肉”が主要なはずだった。
しかし、この殺人鬼は二度目の犯行時に、その“肉”をほとんど残している。
そして、もう一つ。
襲われた被害者にこそ共通点はないが、その、“失われた部分”には、ある共通点があった。
――“脳”である。
被害者の死体すべてに“脳”がなかった。
今だに未知数とされる人体のブラックボックス――殺人鬼が探し求めた食材が“脳”なのか。
まさしく、猟奇的殺人事件であった。 ぼ〜……っと表通りを眺めながら事件の整理をしていると、その傍らでジ〜、っと見つめてくるつぶらな瞳に気付いた。
コーヒーを持ってきてくれた少女だ。
「……な、何かな?」
も、もしかしてまさか、一目ボレされたとか?
どうしよう!?
相手は、まだ10歳の女の子だぞ! だけど、僕には姉さんがいる!
気持ちは嬉しいけど、それを受け取るわけにはいかないんだ!
でも、まだ幼い少女を傷つけてしまえば、その心の傷は計り知れない!
ノォォォォォォ!?
どうしよう!?
ヤバい!
軽くヤバい!
「……あのね……」
きた!
ついにきた!!
待て!
待て!
待てぇぇぇぇぇい!!
その先を言わせるわけにはいかない!!
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」
優しく。
なるべく優しく話す。
「でもね、僕には好きな人がいるんだ。今はまだ伝えられないけど、でもいつか伝えたいんだ」
少女は、黙っている。
「だから、君の気持ちは受け取れないんだ。僕は不器用だから、気持ちに正直でいたい」
ちらり、と顔を見る。
少女はその瞳に大粒の涙を……。
涙を……………。
「ふわぁぁ……」
「………………」
……涙を浮かべながら欠伸していた。
それはもう。
どこからどう見ても、見事な欠伸。
きっと、昨夜は夜遅くまで起きてたんだろう。
「あ、ご、ごめんなさい……えっと、はい、あの何でしょう?」
おまけに、おいの話を聞いてなかとですか!?
どげんしたとです!?
「あ、あれ……? あの君は、何て言おうとしてたの……?」
「ピア?」
少女の名前はどうやらピアらしい。
「えっとね、ピアはね、お兄ちゃんが仕事なくて困ってそうだったから、良かったらここで働いてみるのはどうかな、って言おうとしててね、それでね、うんと……うんと……」
………………………。
………………………。
つまり、僕が職なしのプータローに見えたってわけね……。
……職なし……。
……プータロー……。
………………………。
アルは、生まれ変わらんといけんとです!?
――って、ちがぁぁぁぁぁぁぁぁう!?
ぶわっ……。
もう、半泣きだった。
少女の優しい勘違い。
嬉しいやら悲しいやら分からんとです……。
「……うん、だいじょぶだよ……お兄ちゃんは、今を一生懸命、生きてるから」
あれれ?
おかしいな?
視界が滲んでて、よく見えないよ……。
「そっか! お兄ちゃん頑張ってね!」
そうして、とてとて〜と走り去る健気な姿。
周囲の客席からは失笑の嵐。
「すみません……ピアが失礼なことを言って」
「いや、いいんだよ……うん……?」
はて、と振り返る。
そこには見知らぬ少年が一人、心配そうに僕を見上げていた。 そういえば、この店は兄妹が働いていた、って聞いたっけ。
なるほど。
そう言われれば、彼も妹に負けず劣らず美少年である。
成長したら、二人とも抜群にモテるだろうね。
「……君は?」
「あ、すみません。僕はクリア、ピアの兄です」
おまけに兄妹そろってよく出来ている。
親の顔をぜひとも見てみたいね。
「クリアくんか……兄妹で働いてるんだね?」
「はい! お婆ちゃんのお手伝いをしています! 人手が足りないから、僕たちが助けてあげないといけないんです!」
ぶわっ……!
感動です!
聞きました!?
お婆ちゃんを助けたいその真心……!
なんて家族愛!!
「クリアくん、頑張ってね!」
「はい! お兄ちゃんもまた寄ってくださいね」
もちろんですとも!
コーヒーの百杯二百杯くらい頼んであげるよ!
クリアくん。
ピアちゃん。
君たちのためにも。
殺人鬼を捕まえよう。
「よし、頑張るか!」
ぽかぽか天気の眠気に負けず、僕は再び調査に乗り出したのだった。