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第一話 主人公死す!?

この話はご好評につき、“星空と銃弾と紅い夜”の続編となっております。皆さん、応援ありがとうございます!

 ――僕は“力”を手に入れた。

 勝利と破滅をもたらす諸刃の剣。

 その“力”は無数の血を吸い、魂をも食らってきた。

 原因は、わかってる。

 けれど、誰もが止められないんだ。

 その“力”が、あまりにも強大すぎるから。

 その“力”が、あまりにも万能すぎるから。

 自分の無力さに泣いた人間だからこそ、この、“力”を使うのだ。

 そうして辿り着く先が“消滅”と知りながら。

 僕は、それでも前へと進む。

 だって、僕はもう――どこにも戻れないから。

 だって、僕はもう――どこにも帰れないから。

 だって、僕は――。



 ――朝の澄んだ空気に誘われ、僕は起床した。

 気分は爽快。

 まだ寝ぼけてる身体をほぐしてあげて、すぐに身支度を整える。

 キッチンでは二人分の朝食を用意して、準備が整う頃に姉さんを起こしに行く。

 これは僕の日課であり同時に試練でもある。

 きちんと平静の準備をしてるのに、いつもいつも完敗してるから。

 だから今日こそは、と意気込んで扉を開ける。

 この部屋は、他の部屋と違って、やたら広い。

 どれだけ広いかと言うと、成人男性が大の字で20人は寝れるんじゃないの、って思えるほどにバカ広い。

 だから大人数用の客室なのかな、と勘違いするなかれ。実はこの部屋、たった一人のためだけの寝室なのである。


 ――いや、寝室という言葉では生温い。


 聖域、地獄、桃源郷、鬼ヶ島――とりあえず、こんな感じ?

 そう聞くとまるで怪物の棲み家っぽく聞こえるけど、あながち外れてもないから何も言えなかったりする。

 ちなみに僕は、ベッドと勉机が置ける程度の、標準的な広さの部屋。

 あんまり広いと掃除が大変だしね。


「――っていうか、この部屋も僕が掃除してるんだけどね」


 本人の目の前で。


 ………………………。


 もう一度、あえて言わせてもらうけど。


 本・人・の・目・の・前・で!


 ここ大事。

 すっっごく大事なトコだから。

 僕が一生懸命汗かいて掃除してるのに、本人は読書に昼寝やら趣味とか遊び放題。

 何度も何度も繰り返し掃除をさせられる時には『それだったらちったあ手伝えコンチクショウ!』などと思ったけれど、その思った回数があまりにも多すぎて逆に悲しくなるのが現状……。


 ――正直、泣きそう。


 そんな悪魔――もとい張本人さまが、今は僕の目の前で無防備に眠っていらっしゃいます。

 清潔感あふれる白地のベッド――これも僕が掃除しました!――はキングサイズ。そこに、淡い紅の髪の毛がぴょこん、と可愛く映えていた。

 それだけでも僕の心臓はドキドキしてるのに。

 掛け布団の上からでも見て取れる、その非常に滑らかな曲線を描く身体のラインに目が釘付け。思わず生唾を飲まずにはいられない、ある種の芸術性さえも窺える極上の肢体がそこに横たわっていた。


 僕の心の中は、すでにスタンディングオベーション。

 こんな特権、世界中を探してもたぶん僕だけだろう。

 しかし、早まるな。

 これを羨ましいどうか思うのは僕の頭上を見てからにしてください。


「――やっぱ、ヤだよね……」


 鋭利に尖った切っ先を下ろし、僕を虎視眈々と付け狙う、一本の“剣”――それはどれだけ前後左右に動いても、付かず離れずの位置でぴったり頭上に居座り続けている。

 それは、いつでも僕を殺せるという意思表示。

 そりゃあ、最初は慣れなかったですよ。僕も、鏡でびっくりしたしね。けれど、この部屋の主が主なので、こんな不思議現象もため息一つで納得です。

 ちなみにこの“剣”は姉さんが寝ている間の、この寝室にいるすべての生命体にのみ該当する。だから、姉さんを起こすか、この部屋から出れば“剣”も自動的に消えるというわけ。

 発動条件は、もちろん言わずもがな。


 ぶっちゃけ帰りたい。

 でも夜行性の姉さんは朝が遅いので、僕が起こしてあげないと昼間での授業が受けれないのだ。まだまだ学ぶべき事の多い僕には、死活問題である。


「――まあ、その前に、姉さんに殺されそうだけど……」


 僕の姉さんは、世界中のトップニュースを飾る“怪盗トリックスター”である。誰もがその姿を見たことがなく、一度も失敗していない盗賊。

 けど、その無敗記録も一年前に盗もうとした、アン女王の至宝をヴィルヘルムとかいう男に邪魔をされ、初めて失敗してるんだけどね。

 当時の僕はと言うと、姉さんを狙う“使徒”の序列5位を相手に戦い、必死に逃げ延びていた。姉さん曰く『ヴィルっちと戦ってたら、アルなら十秒で逝けたわよ♪』だそうです。


 うぅ…………。


 それで任されたのが、“使徒”――姉さんの、『アイツならアルと相性が良いからさ、死ぬ気で頑張れば死なないわよ』の言葉に騙されて、マジ死にそうになりました。


 だってね、『死ぬ気で頑張れば死なない』って姉さんは言ったんだよ?


“死ぬ気で頑張れば死なない”


 ………………………。


 姉さんは正しい。

“死なない”と言っただけで、“勝てる”とは一言も言ってないのだ。


 ………………………。


 詐欺だよぉぉぉぉ!!


 おかげで戦闘中なんか“マジでヤバい!?”と思ったことが13回くらいあったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


 そしてそれは、今でも同じ。

 姉さんに一歩近付く度に、僕の心臓は破裂しそうなほど高鳴っていく。

 血液が沸騰して、頭の中が真っ白になりそう。

 でも、おそるおそるにベッドを覗いて見ると、姉さんは掛け布団で顔まで覆い隠していた。よっぽど眠いのか、部屋の電灯を点けた時に潜り込んだんだろう。


 これなら勝機はある!


 いつもなら、反則級の破壊力を持つ寝顔も、今日は見えない。

 ボクシングの試合で言うなら、アマチュアの対戦相手にいきなりヘビー級世界王者が出てきちゃったよおい!? みたいな感じなんだから。

 それが、今日はない。

 ということは今日こそ男子の威厳を保ったまま姉さんを起こせるということになる!


 まさしく、千載一遇のチャンス!


 ――と思ったのにね、ベッドの脇で立ち止まると、それはもう、めちゃめちゃ可愛らしい寝息が静かに聞こえてくるじゃないか!


 ………………………。


 凶器だよぉぉぉぉぉ!


 反則すぎるよぉぉぉ!


 ボクシングの試合で言えば、アマチュアの対戦相手がヘビー級世界王者じゃなくてホッとしている時になぜか“本物の熊!?”が現れちゃったよマジで!? ぐらいなんだから!


 ――そう。

 これはもうボクシングの試合じゃない(試合でもない)。

 ただの一方的な生殺しである。


 ………………………。


 ムリだよぉぉぉぉぉ!


 コース料理は前菜からだよぉぉぉぉぉぉぉ!!


 なのになぁぁぁぁんでデザートを持ってくるんだよぉぉぉぉぉぉ!!!


 イジメですか!?


 これは新しいイジメですか!?


 ヒドい!

 ヒドいよ姉さん!


 ………………………。


 ――でもね。


 ゴクッ、ってまた思わず生唾を飲んじゃったんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!

 健全な青少年を何だと思ってるの!?


 ――憎い。

 思春期の、若さゆえの過ちが憎い。


 ――だが!

 今日の僕は一味違う!


「早まるな、アル・ラーズ! お前は我慢できる男だろッ!」


 ――そう!

 今、僕が欲望に身を任せて姉さんを襲ってしまったら、頭上で待機してる“剣”がチャンス! とばかりに落下してしまうじゃないか!

 それに――もし無事に回避できても、姉さんが起きてしまったら……。


 ――身の毛もよだつ、地獄絵図!


 それだけは!

 それだけは避けなければ!!


「…………よし! 耐えたぞ! 僕は耐えることができたぞ!」


 同志たち(世の中の男性諸君)よ。

 僕は悪魔の誘惑に打ち勝つことができました。

 これでもう恐れるものは何もありません!


 小さく息を吸い、意を決して声をかける。


「――姉さん、おはよー……」


 音量三割減の情けない挨拶。

 当然、ベッドの寝息に変化はない。


 うう…………。


 勇気を振り絞り、僕はボリュームを上げてみた。


「起きろー。朝だぞー」


 ボリュームを上げた代わりに、一歩後退り。

 彼女は気付いた気配さえ見せない。


 ううう…………。


「頼むから起きてよー! 朝だってばー!」


 もう必死です。

 そんな僕の願いを嘲笑うかのようにスヤスヤと眠る紅い悪魔。


 ――そして!


 ドキドキ暴走する心臓は、時としてとんでもない暴挙に出てしまう。


「えーい! 早く起きろー!!」


 僕は、僕自身も驚くくらい大胆なことをした。

 たぶん――というか、間違いなく姉さんの殺人的魅力に勝ちたかった一心から生まれたと思う。

 姉さんの身体を覆っていた掛け布団を、僕は、一息に剥ぎ取ったのだ。「――あ、うあ……ブッ――」


 そうして鼻血ブー。

 鼓動が際限なく加速して、一気に心停止。

 目の前に現れたのは、寝顔よりも寝息よりも恐ろしい最終兵器だった。


 寝間着は、サイドに縫い目のないシームレス仕立ての黒色タンクトップ。首と肩まわりを繊細にパイピングし、その肢体に負担をかけずジャストフィットすることで抜群の着心地を約束している。美しいカッティングに洗練性が漂う、ベーシックながらもハイスタンダードモデルだった。

 さらにその下には、これまた黒色に彩られたショーツがソフトにフィットしていた。後マチの縫い目がなく、アウターに響きにくいボーイングレスタイプである。


 ――しかし!


 何よりも目を引くのは、その悶絶死しそうなビッグバンボディに間違いない!

 これは男として断言できる!

 いや、むしろしたい!

 純白のベッドに祝福された芸術品を前に、心の中はフルオーケストラで至福の境地を奏で続けている。


 その胸部は、なだらかに盛り付けられたクリームを想起させた。マシュマロのような柔らかさを孕みながら、決して型崩れすることのない丸みを維持してのけている。少しでも触れてしまえば吸い付くような肌の感触に心を奪われてしまいそうな美巨乳であった。

 これよりさらに視線を落とせば、極上の絹で編まれたカーテンの縁に触れたが如きくびれた腰が見て取れた。無駄のない、盗賊活動に必要な筋肉を内に秘めながら、滑らかに引き締まることで最大限の柔軟性を宿した腹部である。

 そうして延長上に伸びた手足は、ソフトな繊細性に裏打ちされた細身を演出する。計算され尽くした肢体は細部に至るまで油断なく整えられ、美を謳う芸術品と化している。全身どれもが誇示しすぎることなく、しかしそのどれもが緻密なまま、完璧なるバランスをもって咲き誇る。


「ブッ――く、あ……」


 止められない♪


 止まらない♪


 は・な・ぢ・ブー♪


 人類史上初の、本当に悶絶死した少年!


 明日のニュースの見出しが、目に浮かびます。


 ――それに。

 本当なら、頭上の剣が落ちてくるはずなのに、なぜか落ちてこない。

 僕はそんなことにさえ気付かずに、溢れ出る赤い青春に溺れていく。


 落ちてくるはずの剣が落ちてこない。


 それが意味するところは、たった一つだけだ。


「――アル。私を襲うなんて、いい度胸してるじゃない?」

「ひっ――――」


 ――ゾクリ、と。

 僕の背筋を冷たい殺気がなで上げる。

 無数の“剣”が、僕の全身を取り囲むようにして宙に浮かんでいた。今にも刺し貫かんと鋭い光を放ちながら。


 ――もはや、ここは光に融ける巨大な冷凍庫。

 万物の呼吸を止め、活動を停止させる白刃の処刑場。

 そこに侵入した愚かな獲物は、何ひとつとして例外なく切断される。


「――あ、あ、の……」


 息を吐くたびに細胞が痺れ、痛覚が悲鳴を訴える。

 謝った認識に、僕は心から後悔した。


 いくら僕が義弟とはいえ、彼女は“超魔十二神将”《アンノウン・ナンバーズ》が一人、序列9位の“快傑盗賊”だ。

 綺麗な薔薇には棘があるように。

 3000年近い時代を生き抜いた紅い魔人の美貌に心を奪われた男たちは、自分の欲望に打ち勝てず彼女に消される運命を辿るのみ。


「――ん〜? 何か弁解したいことがあるのかな〜?」


 その美貌の魔人が、ゆっくりと立ち上がる。

 首をかしげ、覗き込むように僕の顔を見る。

 きっと、僕はだらしないことこのうえない表情だろう。

 でも、それでも今のうちに何か弁解しておかないと、この先に待ち受ける運命が恐ろしくてたまらない。


 なのに――。

 僕は口を動かせない。

 目の動きすら気取られ殺される。

 周囲の空気でさえも、敵意があるかのように冷酷だ。


 ――耐えられない。 心が切り刻まれ、今にも意識が壊れてしまいそう。

 噛み合わぬ歯を鳴らしながら、震える身体は助けを求め、それでも言葉にできない自分がもどかしい。


「――プッ、あはは♪」


 ――けれど、これは、数秒だけの狂詩曲。

 精神を摩耗させた殺意の暴風は嘘のように消え、目の前の姉さんは手を口に当てて笑っていた。

 身体を取り巻く“無数の剣”も、今では幻のように消えている。


「――クッ、あはは♪ ごめんごめん。ちよっと脅かしすぎたね〜」


 ――助かったぁ……。

 その事実に、全身の力が抜けるほど安堵する。

 緊張が解け、僕は地面にぺたりと座り込んでしまった。

 あの殺気がまだ続いていたなら、僕は間違いなく狂っていただろう。


「――でも、アルもちゃんと反省しなさいよ? もう少しで私の剣が頭をぐっさり刺してたし」


 ――頑固なほど起きなかった姉さんのせいだろ!?

 と言う元気は、今の僕にはなかった……。


「う、うん……次からは気をつけるよ……」


 それが限界。

 一気に磨り減った心はなかなか元には戻らないのだ。

 だから、反省するとしたら、ここだろう。

 ついさっき自分で言った『気をつける』を守っていたら良かったのに。

 股間のほど良い温かさとちょっぴりの異臭に気付いた時には、もう遅い。


「――ん? あれ、何か変な臭いがしない?」


 ――気付いちゃったよ!?


 姉さん事件です!


 決して振り向かないでそのまま朝食の用意されたリビングへと一足早く行ってください!


 僕は他にやることができてしまったんです!


「もしかしたら、キッチンの方かも! まだ調理し終わってないのがあったかもしれないし――」

「――っていうか、それで隠し通せると思ってるわけ?」


 相変わらず状況把握が恐ろしく的確です!


 もう逃げられない!


「――アル。アンタ、もしかして――」


 見ないで!


 汚れた僕を見ないで!


「――フー。ハン?」


 呆れた顔で姉さんが指し示す先は、僕の身体の一部分。


 あの殺気から解放されたおかげで緊張感が解け、見事なまでに放出しまくる黄金の水の発生源。


「――なにか、言い残すことはあるかしら?」

「――弁解する言葉もございません……」


 とても言葉では言い表せない、ああ無常。


 パン、とまるで鞭のように空気を切り裂くビンタが、目にも映らぬ速度で振り抜かれる。


「ぎゃあああああ!?」


 結局、いつも通り虚空の彼方へと消える、僕の意識と叫び声。

 頭部そのものがもっていかれそうな、40キロの鉄球が弾丸ライナーで直撃したかのような衝撃だった。


 ――そんな殺人ビンタ反応できるかあぁぁ!?


 そうして再びブー。


「――クスクス。大丈夫よ。死なない程度に加減したから」


 …………色んな意味で生き地獄です。


 新連載開始から早々、こんな感じで始まった、いつもの朝。

 姉さんを起こす毎日が試練。

 読者サービスで頑張った僕のあだ名が、次週から鼻血ブバーマンにならないよう、祈るばかりです。


 ――というか、こんな主人公でごめんなさい。

 でも、苦情は姉さん宛でお願いします。


 ちなみに、そんな姉さんはと言うと――。


「あ〜、お腹空いたな〜って、や〜ん♪ もうできてるじゃな〜い♪」


 主人公なのに壁で気絶してる僕とか、読者サービス満点だとか、まったく気にすることなく朝食を食べたのでした。

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