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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第七章

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第22話


「アヴェイラム研究員、これは革命です!」


 興奮した声が、狭い研究室に響いた。

 真理区の若い研究者だ。彼だけではない。噂を聞きつけた学生や他の研究室の教授たちが、入りきらないほど集まってきている。


「魔力の遅延合成によるクオリアの無個性化……まさかそんな方法があるとは」

「いや、そもそも魔力の波動性とは? これだけでもすごい発見では?」

「しかも、さまよい病の治療に応用できるなんて」


 称賛の嵐。

 そうだろう、そうだろう。

 僕は愛想笑いを浮かべながら、内心では鼻高々であった。


 いままでよそ者だとか、魔女の子として遠巻きにされていたのが嘘のようだ。ここ真理区では、研究で結果を出せばみな一斉に手のひらを返す。実に研究者らしいと言えばそれまでだが、悪い気分ではなかった。


「ロイ君、すごい人だかりね」


 アリスが部屋の隅で、面白そうに笑っている。


「悪くない気分だ。これだけ騒ぎになれば、統治区のお偉いさんの耳にも入るだろう」


 僕は自信に満ちていた。

 カエは順調に回復している。統一魔力の生成も安定している。

 あとは、これを都市のシステムに組み込むだけだ。


「よし、行くか」


 僕は論文とデータをまとめた鞄を手に取った。

 目的地は統治区。この都市の行政を司る中枢だ。

 彼らだって馬鹿じゃない。この技術が都市にもたらす利益を理解すれば、動かざるを得ないはずだ。


 僕はそう信じていた。

 このときまでは。






 * * *






「――却下だ」


 統治区の行政庁舎。その一室で、冷たい言葉が投げつけられた。


 目の前に座っているのは、統治区長官だ。この男が隠蔽派だと、アリスから聞いている。

 恰幅の良い男で、上質なスーツを着ている。だが、その目はひどく冷ややかだった。


「却下? データを見てください。これは核樹の負担をゼロにできる技術です」


 僕は食い下がった。


「核樹は限界を迎えています。今の供給システムでは、いずれ破綻する。僕の統一魔力を使えば――」


「核樹が限界だと? 何を根拠に言っているのだ」


「送魔線を流れる魔力の質が物語っています」


「はて、そんなデータがあったか?」


 長官が、他の役員に問いかけた。


「そんなデータはございません」


 役員は即座に否定した。


「だそうだが?」


 長官が馬鹿にするように薄ら笑いを浮かべて言った。

 データがないのは、神殿が公表をやめたからだ。

 それを知っていて、この態度か。


「こちら、現地で直接データを取ったものです」


 僕は、トージが集めたデータが書かれた紙束を机に置いた。

 長官は、それを手に取り、目を細めて読み始めた。


「よくないな」


「……何がでしょう」


「捏造するのはよくない」


「捏造ではありません。それは――」


「そもそも、君の理論は危険すぎる」


 長官は、僕の言葉を遮った。


「魔力を人工的に生み出すなど、自然の摂理への冒涜だ。それに、空気中から無限に魔力を取り出せるなど、市場の混乱を招く」


「混乱? 救済の間違いでしょう!」


「若造が」


 長官が鼻で笑った。


「お前の母親が何をしたか、忘れたわけではあるまい」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。


「『奴隷化魔法』を作った魔女の子が、今度は『神殺しの技術』を持ち込んだ、などと噂が広がるかもしれんな。そうなればお前のようなよそ者など、すぐにこの都市では生きてゆけなくなる。噂は一生ついて回るぞ?」


 長官は、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「まあ、精神を病んで首でもくくれば、悪い噂もぴたりと止むかもしれんがな」


 長官のその言葉に、部屋に控えていた部下たちが鼻で笑った。


 左目の下が、ぴくりと痙攣した。怒りで視界が赤く明滅するようだった。


 ――これが隠蔽派かよ。


 彼らは知っているのだ。かつて僕の研究室にいて、志半ばで命を絶った女性のことを。それを知った上で、娯楽のように消費している。


 パサッ、と音がした。

 長官が、僕が渡した紙束を床に捨てたのだ。

 床に僕の書いた論文とトージの集めたデータが散らばる。


「……拾え」


 長官は書類仕事に戻りながら、吐き捨てるように言った。


「拾って、さっさと失せろ。ここは神聖な統治の場だ。薄汚い魔女の子が来る場所ではない」


 僕は拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。

 怒りを刃に変えて切り刻みたかった。だが、そんなことをしても何も解決しないことはわかっているし、アジュやカエを危険に晒すことになるかもしれない。


 僕は無言で床に膝をつき、紙を拾い集めた。

 一枚、また一枚。

 背中には、長官の嘲笑うような視線が突き刺さっている。


「まったく。余計なことしかしないのは、イライジャの血か? つくづく忌々しい一族よ」


 彼らは最初から、技術の是非など見ていない。

 自分たちの既得権益――魔力供給という聖域と、それによる支配構造が崩れることを恐れているだけだ。

 隠蔽派。その正体が、これほど醜悪だったとは。






 * * *






 庁舎を出ると、空は鉛色に曇っていた。この都市の光量は地上の太陽と連動するというから、今は外も曇りなのだろう。

 僕は鞄を抱きしめたまま、しばらく動けなかった。


 正しいことをすれば、世界は変わると思っていた。

 だが、現実は違った。

 正しい技術ほど、既得権益を持つ者にとっては猛毒になる。


「……っ」


 小さな声が漏れた。

 このまま引き下がれるか。


 統治区がダメなら、神殿だ。

 神殿が裏で隠蔽派と繋がっているとしても、ハルのように純粋に核樹を信仰している者もいる。

 核樹が枯れかかっているという事実を突きつければ、彼らとて動かざるを得ないはずだ。


 いや、動かすしかない。

 もはや、手段を選んでいる場合ではない。


 直談判だ。

 相手が神だろうが何だろうが、首を縦に振らせてやる。


 僕は踵を返し、神殿のある方角を睨みつけた。


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― 新着の感想 ―
前世持ちで今世でも厳しい人生歩んでるのにこういうところピュアだよね
正論で人が動くほど世界は優しくないし、利益のためならどこまでも残酷になれるのは祖国でも観れるからなぁ。
なんで小説読んでこんなにクソ苛つかなきゃならねーんだ 共感性高いとこういう時にマジで損 このカス共が苦しみ抜いて死にますように
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