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作者: そめやん

日差しが眩しい、雲ひとつない青空。気持ち良いくらいの日曜日和。

そんな気候と反比例するかのように沈み込む、我が妹こと、空(齢四歳)。

一体何がそんなに悲しいっていうんだい・・・。




我が家族は極めて一般的な家庭ではないだろうと思う。

母親の佐々(サザメ)は御年四二歳。父親の友紀ユキは二年前に他界したため、現在は シングルマザーとして昼夜働き、私たちを養う気と我の強い美しい人。

そして私たち三人兄妹の長男、時也トキヤは先日二三歳の誕生日を迎えた。友紀に代わり一家の大黒柱を務めるため、リーマンとして日夜汗を流してくれている。黒縁メガネの似合うイケメンなのに彼女のできない優しい兄。真ん中の私は天音アマネという名前だけは風変りな現役女子高校生。青春真っ盛りのセブンティーン。バイトは某ハンバーガーショップ。最後の紹介は勿論、末っ子のクウ。幼稚園に通い始めて早一年、知らないものだらけの世の中に興味津々なお年頃。ふたつに結ばれた髪が幼さと可愛さを溢れさせる。

要はこの母親、一九歳で第一子を出産。二四歳で第二子、そして三七歳で第三子を出産して、その二年後に旦那を亡くし、ここまで我々を育て上げてくれている。

喧嘩も小言も絶えない家庭ではあるけれど、少なからず尊敬している母親に感謝を伝えることが恥ずかしくなくなる日。それが今日、五月一三日!


日曜といえど仕事がある佐々女さんと時也兄は朝もはよから家を空けています。そんなわけで私と空は手をつないで町へと繰り出したのです。

「くーちゃん、お天気よくて気持ちがいいねぇ」

「うん!」

空はわたしの癒し、都会のオアシス、殺伐とした日常に指す希望の光。

姉妹で手を繋いで街中を行く、なんと理想的な家族図だろうか。私が画家なら最後の晩餐並みのスケールで描くだろう、絵は下手なので描きはしないが。桃色のワンピースを風にはためかせながらの妹はさながら天使のよう。

暫くして目的地であった花屋に到着。佐々女さんの好きな花…は知らないので、好きな色シリーズでまとめてみることにする。あ、でもやっぱりカーネーションは欠かせないか。うーん、私のバイト代からだからあんまり贅沢できないからな、ここは慎重に。

「ねぇねぇ、アマネちゃん」

足元から聞こえた幼い声とほぼ同時に服をつかまれる感触。

「ん?どしたの」

「どーしておはなかうの?だれにあげるの?」

「あぁ母の日知らないの?お母さんにあげるんだよー、いつもありがとうって」

その言葉を発した直後の、愕然とした空の表情

私はなにか良からぬことを口走ってしまったのだろうか、そこから空は考え込むように床のタイルと睨めっこを始めた。これはマズイ。とにかく花束を買って即直帰しなければ。


そして今に至る。

「ねぇねぇ。ソラ?どうして下向いてるのー?」

「…」

「黙ってたらわからないでしょう?時也兄も帰ってきちゃうよ?」

みんなで母の日を楽しもうよ、そう言いかけた瞬間、

「ははのひ、ってなにするの?」

小さな唇から紡がれた、弱弱しい言葉。

「へ?だから、母親に感謝の気持ちをね…」

「だってソラ、おはなかえないもん。アマネちゃんがおはなかうみたいに、おはなかえないもん」

そういうとまた下を向いて黙り込んでしまう。あぁ、始まっちゃった。

「お花を買うことがいいって、そういうことじゃないのよ」

「じゃあ、どうしてアマネちゃんはおはなをかったの?」

「えーっとぉ・・・」

母の日はカーネーションって相場は決まっているからなんだよ、なんてのは口が裂けても言えない。こうなった空はわたしの手にも負えなくなる。

ちびのくせに難しいことを考えているらしく、姉を困らせるような話題ばかり振ってくる。わたしが小さいころはそんなこと考えなかったぞ、我が妹よ。

「も、物をあげるだけが母の日じゃないよ」

「じゃあ、アマネちゃんはなにするの?」

「わ、わたしはお花係みたいなもんで・・・」

「じゃあ、クウはなんのかかり?」

・・・・・・わたしの馬鹿野郎うううう!係ってなんだよ、係って!いつそんな部署決めたよ、誰が母の日カーネーション調達係だよ。もう限界だよ困ったどうしよう。

すっかり落ち込んだように膝を抱え込む空はどんなことを思っているのだろう。母親にも姉の代わりにもなれない、こんな不甲斐ないわたしが失言したばっかりに彼女の心を傷付けてしまったんだ、きっと。どうしようもない姉でごめんな。

陰気な空気が部屋に充満しつつある、そんな時。タイミングを見計らったように玄関で音がした。わたしがゆっくりと顔をあげるとそこには。

「ただいま。・・・何してんだ?」

「時也兄いいいいいいいいいいいい!」

救世主が颯爽とネクタイを緩めながら現れたのでした。

「・・・お前なんで泣きそうな顔してるんだ?空まで下向いてるし」

「それが、えっとぉそれがあ「ときやおにいちゃん」

言葉をさえぎって、空が突然顔をあげた。泣いてこそいないけれど、不安そうな表情にわたしの涙腺は崩壊寸前。ごめんなさい、これ全部わたしのせい。

「トキヤくんは、なにかかったの?」

「買った?何を?」

「ははのひ」

「あぁ、そういうことか。買ってないよ。そのかわりに今晩は俺が夕飯作るからさ」

カレーでいいよな?とこれまた爽やかな笑顔を向ける。その笑顔に空の表情は曇天なみにくもる。

「クウは・・・クウはなにしたらいいの?」

「何をしたらって・・・どういうことだい?」

「アマネちゃんはおはなかったの。トキヤくんはごはんでしょ」

きゅっと膝を抱えなおすと、やはりまた俯いた空。時也兄は状況を把握したようにわたしに向かって頷いた。出来の良い兄を持って幸せです!

「空、空が不安になると母さんはなにしてくれるっけ?」

時也兄は屈んで空に顔を近づけながら優しく呟いた。固唾を飲んで見守る。

「・・・ぎゅってしてくれる」

「だろー?じゃあ空が悲しいとき、天音はなにしてくれる?」

「アマネちゃんも、ぎゅってしてくれる」

「うん、そう。みんな抱きしめられると安心するんだよ」

そう言いながら、時也兄はその大きな両手で空を包む。小さな空の体はすっぽりそこにはまり、わたしからは姿が見えなくなる。

「母さんが仕事から帰ってきたら、ぎゅって抱きしめてあげればいいんだよ。おかえり、今日もありがとうって」

「それで・・・それがははのひ?」

「当たり前だろ?しかもそれは空にしかできないんだから!」

そして玄関の開く音。ガサガサとこすれるレジ袋と疲れたような溜息がここからも聞こえる。時也兄が離れると、笑みを浮かべた空が立ち上がった。

「おかあさん!おかえり!」

玄関へ駆けていく空を見送った後で、

「おつかれ」

半笑いの時也兄に柔らかく頭を撫でられた。イケメンとはあなたのことか・・・!

涙腺が決壊すると同時に、玄関の方から大きな声が聞こえた。

「おかあさん、ありがとう!」


end

閲覧いただき、ありがとうございました。


自分は何歳くらいで『母の日』を理解したのかな、と疑問に思ったことがこの作品を作るにあたったきっかけです。

母の日=カーネーションと知ったのはいつ頃でしょう。

幼い子供を持つ母親が、わが子に「母の日ってなに」と聞かれたらなんと答えるのでしょう。


そんなことを考えながら執筆いたしました。

思い返せば、幼稚園で理解したような気もしますよね(笑)


ありがとうございました。

ご感想やご意見等、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 温かい気持ちになります。空や時也兄の兄弟のやり取りは微笑ましく、それでいて家族を育てあげてくれた母への感謝もじんわりと伝わってくる、優しい小説でした。
2018/06/27 18:20 退会済み
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