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受験戦争  作者: 西内京介
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第十九章

「そんなの、無理に決まっているじゃないですか」

 白を切り通すつもりのようで、有里は余裕さを滲ませながら言った。

 確かに、非現実的な話である。時間や場所を指定して、姫島が屋上から落ちて死ぬなど誰にも予想できない。故意に起こさなければの話だが。

「もしかして先生は、俺が殺したと思っています?」

 有里が犯人でないことは、すでに証言を得ている。

 有里は犯人ではなく、裏で操っている黒幕だというのが、推理から導き出した答えだった。

「君が殺したとは思っていない。君は食堂で取調べを受けた。もし君が、屋上から姫島君を落としたのなら、第三校舎のどこかに隠れて出てこないはずだからね」

 食堂に集められたのは、中庭にいた者たちと、第三校舎から出てきた生徒たちだけである。姫島を落とし、事態が落ち着くまで第三校舎に隠れるということは容易に可能だった。

「まさか、先生が俺の潔白を証明してくれるなんてね」

「君が潔白だと、誰が言った」

 きつい口調に、有里は表情をしかめた。

「君は、姫島君が屋上から落ちてくることを計算していた。それで、安東さんに紙で知らせた」

「紙?」

 白々しく、有里は聞き返してきた。今はとにかく冷静さを保たなくてはいけないと、洋輔は自分に言い聞かせ、ふつふつと湧き上がる怒りをなんとか押し殺した。

「君は、姫島君が屋上から落ちてくることを知っていた。だから、姫島君と仲のよかった安東さんに、そのことを知らせた。屋上から落ちてくるとは、書かなかっただろうけどね。そんなことを書いて屋上に行かれたら、計画は破綻してしまう」

 この推理がほぼ間違っていないということは、徐々に青ざめていく有里の表情が物語っていた。少し嬉しく思いながら、洋輔は続けた。

「君が安東さんに送った紙の文面を当ててあげようか。

 本城が、君から受け取った薬を利用して姫島を殺そうとしている、放課後、中庭に行ってみろ――君は、おそらくこのような内容の文章を書いたのだろうね。

 安東さんがそのような紙を受け取ったと推理したのは、彼女の一瞬の奇妙な行動からだった。この推理を思いついてから、大分前の記憶を蘇らせたんだけどね。事件のあった日、保健室で本城君が無理やり安東さんを連れ出そうとしたとき、安東さんのポケットから一枚の紙が落ちた。その紙を本城君は親切心から拾おうと腰をかがめると、それより早く、彼女は覆いかぶさるようにして紙を拾った。その時は、特別な意味があるとは思っていなかったけど、見事に繋がった。もしかしたら、そんな内容が書かれた紙だったのではないか、って。だから彼女は、本城君に拾われないよう、覆いかぶさるようにして拾ったんだ」

 本城の表情にも、焦りが見て取れた。内心、二人は怯えているに違いない。目の前の、教育実習生に。

「この紙を見て安東さんは、中庭にやってきた。もちろん、姫島君を殺そうとしている本城君を止めるために。しかし、阻止することは出来なかった。何故なら、犯行は屋上で行われたからだ。

 自殺に見せかけて、姫島君を落としたんだ。君か、もう一人の生徒がね」

 二人は洋輔の顔を凝視した。この男がどこまで掴んでいるのか、二人は恐怖の色を漂わせていた。

 その二人の様子には気づかず、洋輔はあの日を脳裏に蘇らせていた。

死体を見た時の光景を思い返し、洋輔は一瞬眩暈を覚えた。あの凄惨な死体を思い出すと、吐き気がこみ上げてくる。

 けど、今は真正面から向き合うしかなかった。全てに決着をつけなくてはいけない。それが、自分に与えられた使命であった。

「先生の空想には、付き合いきれないよ」

 口を開いたのは、有里だった。お手上げのポーズをとり、呆れの表情を浮かべている。どうやら有里はこの推理を、洋輔の空想にしようとしている。だが、有里の口調には一切の余裕は感じられなかった。

 有里は相当なダメージを負っている。崩すのは容易いと確信した洋輔は、一気に畳み掛けることにした。

「空想なんかじゃないさ。推理だよ。少なくとも的を射ている、推理さ。もっとも、誤解はあるだろうけどね。俺は実際に見たわけじゃない。ただ、事件の結果に結び付けようとして無理やり繋げているだけさ」

 自嘲気味に言った後、洋輔は本城のほうへ顔を向けた。

「本城君、君と安東さん、姫島君の関係について話してくれるかな?」

 それについては、大体の推測は出来ていた。しかし、洋輔はどうしても本城の口から聞いておきたかった。

「俺は……」

 本城は、迷っている素振りを見せていた。洋輔は、ただ黙って見守るしかない。

 しばらくの間があり、話してくれないかもしれない、そう思い始めた矢先、本城はしばし躊躇いを見せた後、おもむろに口を開いた。

「俺と佳代、姫島は強い絆で結ばれているはずだった。しかし、中学生ぐらいの頃からその関係にかげりが見え始めた。

 姫島が近年稀に見る秀才だということは、皆が認めている。俺は、そんな姫島に嫉妬していた。俺は、自分で言うのもなんだが昔から勉強が出来た。勉強だけが取り柄で、生きがいだった。けど、姫島のせいで俺はいつも二番だった。小学生だった頃はお互いの成績は互角だったけど、中学生に上がった頃から徐々に差は広げられていった。俺はまるで、自分の存在意義を否定されているようだった。そしていつしか、あいつに対する嫉妬が殺意に変わっていた。

 俺と姫島の関係はギクシャクしていき、それにいち早く気づいた佳代は、俺たち二人を宝徳学園に誘った。俺は、例え姫島が一緒でも佳代に誘われたこと自体が嬉しかった。俺は、随分前から佳代に好意を抱いていたんだ。

 だけど実は、佳代は姫島のことが好きだったんだ。姫島も、佳代のことが好きだった。そのことを俺が知るのは、宝徳学園に入学して三年に進級してから三ヶ月ぐらい経ってからだった。つまり、最近だよ。

 俺と佳代、姫島は宝徳学園の一般入試を受け、合格した。宝徳学園に合格できたことは、とにかく嬉しかったけど、それ以上に喜ばしいことは、また佳代と三年間過ごせることだった。けど、また俺のプライドを傷つける出来事が起こった。

 姫島のことを、宝徳学園が十年ぶりに特待生として迎えたんだ。佳代は、そのことを喜んだ。姫島の事情を知っているからだった。俺も知っているが、喜べるはずがなかった。また俺は、姫島に負けたのだ。

 宝徳学園に入学し、俺と姫島が一緒で、佳代だけ別のクラスになったのが、俺たちの関係を完璧に破壊する要因の一つだった。中学生ぐらいから俺は、姫島の事を故意に避け始めていた。姫島もそれを察して、俺の事を徐々に嫌っていた。それで、関係をまた元に戻すことを望んでいた佳代が、俺たち二人を宝徳学園に誘ったんだ。けど、肝心の佳代が別になってしまった。俺たちは当然話さなくなり、やがて険悪の仲になってしまった。佳代も気遣って、入学してから無理に俺たちを繋げるようなことはしなかった。

 そして二つ目の要因は、姫島と佳代が付き合い始めたことだ。

 俺は偶然、二人がキスをしている現場を目撃した。腸が煮えくり返る思いだった。俺を唯一支えていたのは、佳代への一途の愛だったから。

 その現場を目撃してから三ヵ月後の事件当日、俺は佳代に呼び出された。正直な気持ち、行きたくなかった。けど、もしかしたら姫島と上手くいっていないことを告白して、自分に乗り換えるかもしれないというある種の期待も抱いていた。

 しかし、俺の期待は見事に裏切られた。佳代から告白されたのは、松平が動物実験をしているという話だった。

 彼氏の姫島ではなく佳代は俺に、告発するべきかどうかを相談した。どうしてだ、ってといただすと佳代は、姫島には迷惑をかけたくないと言った。

そんな理由で、佳代は俺に相談を持ちかけた。正義感の強い佳代だ。保健室の先生が、動物実験をしているのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。告発するために、薬まで盗み出していたのだから。

 そういえば、最近保健室に通う佳代の姿を俺は何度も目撃していた。気分が悪いのかな、って思ったりもしていたんだが、佳代の話を聞いて納得したよ。薬を盗むために通っていたんだって」

 洋輔も、そうではないかと想像していた。佳代に連れられ保健室を訪れた際、最近よく来てくれていると、松平が言っていたからだった。

「佳代に、告発するべきかどうか相談を持ちかけられた俺は、冷めた気持ちで耳を傾けていた。いくら親身になって聞いても、佳代は自分のものにならない。そう思うと、適当に相槌を打つことしか出来なかった。

 けど、聞いていくうちに残酷な考えが脳裏に浮かんだ。それは、姫島を殺すことだった。姫島がいなくなれば、佳代は自分のものになると、俺は考えた。

 そう考えた俺は佳代に、自分が松平を告発するから薬を預けてくれないかと、さも本心から言っているような口調で言った。佳代は俺のことを信用し、喜んで薬を預けてくれた。その薬が、この事件のきっかけを生むことになるとは知らずにな」

 淡々と語る本城を、洋輔は意外な気持ちで見つめていた。正直、本城がここまで詳細に語ってくれることは、想定外だった。何故本城は、喋る気になったのか。全てを諦め、自白する気でも起きたのか。それとも、姫島に対する懺悔なのか。どちらにしろ、語ってくれたことは、洋輔にとって好都合であることに相違なかった。

「ありがとう、本城君。俺が再び喋る番だ」

 手を叩き、洋輔は言った。

「話の場面を変えよう。有里君、君は昼休み友達の菊池君に会おうと思って出かけたよね?

 しかし、四組に菊池君の姿はなかった。そこで君は、第三校舎に行った。菊池君はパソコンが好きで、行くとしたらそこだと思ったんだろう?

 そう、彼はパソコンがある図書室で遺書の作成をしていたんだ」



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