表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受験戦争  作者: 西内京介
19/20

第十八章

「俺の推測を話す前に、まずは事件の整理をしよう」

 いきなり本題には入らず、自分の頭を整理していく意味も込めて、最初から話すことにしていた。

「屋上から飛び降りたのは、三年四組の姫島良助。死亡したのは、大体四時二十分頃。彼の学ランからワープロ書きの遺書が発見されている。死体解剖の結果、体内から微量の薬が発見された。遺書には、受験を苦に自殺するという内容が書かれていたけど、姫島君の成績は、知っての通り常にトップを維持していた。つまり、彼が受験に行き詰ることはなかった。さらに遺書がワープロ書きだということも、気になる。ここまでが、この事件の大雑把な概要」

 一旦言葉を切ると、洋輔は深く息を吸ってから話を再開した。

「それらを材料に館林さんは他殺だと疑い、病室にいる俺に、内密に捜査協力を依頼してきた。何故そこまで姫島君の死にこだわるのか――館林さんの過去が原因だった。有里君は、よく知っているよね?」

 洋輔は有里の顔に視線を向け、確認をとった。ゆっくりと、有里は頷く。

「姫島君の両親は彼が小学五年生の頃に他界し、彼は親戚の家に預けられる。親戚の家はお世辞にも裕福とは言えず、宝徳学園にも学費、教材費など免除される特待生として入学している」

 姫島の紹介を終え、今度は姫島の抱えている思いを自分なりに解釈し、話した。

「俺の予想だけど、姫島君は引き取ってくれた親戚のためにも、必死に勉強してなるべく金のかからないようにしていたんじゃないかな。宝徳学園にも、特待生として入学しているし」

「それが何か、関係でもあるんですか?」

 とりあえず真相の裏側を知りたい有里にとって、姫島の人物像、人生などどうでもよかった。そんな有里を、洋輔は手で制した。

「大体一段落ついたし、ここで俺が事件を調べていく中で疑問に思ったことをあげよう。

まず一つ、死体を見てどうして安藤さんが号泣していたのか、だ」

 この疑問に、あからさまな反応を見せたのは本城だった。

「けどこの疑問は事件の核心に触れる部分なので、残しておくことにする」

 いつの間にか、楽しんでいる自分がいた。

「二つ目、館林さんが姫島君の死に対し、どうしてあそこまで必死になれたのか。この疑問はすでに解決したんだけど、何も知らない本城君のために話そう。俺は最初、館林さんがどうして姫島君の死に対してあそこまで必死だったのか、疑問だった。昔、館林さんと姫島君に何か親交でもあったのだろうかと解釈していたが、有里君のおかげで違うことが分かった。館林さんは、俺を最初から誘導していたんだ。

 姫島君が受験を理由に殺されたと推理し、俺は館林さんに電話をした。舘林さんの、思い通りに動いていたんだよ。俺の推理を聞いた舘林さんは、感嘆の声を上げた。誘導に成功したことに対しての、喜びの声だったと考えて間違いない。その後、俺は館林さんと会い、あの有名大学の、奨学生指定校推薦制度を狙った者の犯行だと聞かされた。さらに、容疑者も絞れているといわれたんだ。それが君と、菊池君だった」

有里に向かって言った。有里は両手をポケットに突っ込み、どこか別の方向に顔を向けていた。今の段階の話は、事件の八割を知っている彼の興味を、それほど惹かないようだった。

 構わず、洋輔は続けた。

「取調べと称して、君と菊池君を放課後の教室に呼び出した。そこで館林さんは推理を披露するけど、君が館林さんの過去を話したことによって、推理はあっさりと破られた。その後、館林さんは全てを語ってくれたよ。高校時代、受験を苦に自殺した親友と、姫島君の事件を重ね合わせていたと」

 興味を示して、本城は耳を傾けているが、有里の態度はやはり冷め切っていた。当然といえば当然だ。すでに知っているのだから。それを承知の上で、洋輔は話しているのである。

「と、全てを聞き終えてから、新たな疑問が生まれることになった」

 この言葉に、有里は顔を上げて退屈そうにしていた表情を崩し、真剣な面持ちで洋輔を見た。

「どうして、赤の他人の有里君が館林さんの過去について、知っていたのだろうかという疑問だ」

 聞かれることを予想していたのか、有里はとくに動揺した様子を見せず、むしろ挑むような眼差しを向けてきた。解いてみろと、洋輔は言われている気がした。

「この疑問は、最後の最後で解けた。松平先生のおかげで」

 有里は、悔しそうに顔を歪めた。

「松平先生は、館林さんが高校生の頃の保健の先生だった」

 本城は衝撃を受けたようで、短い驚きの声を上げた。

「これは松平先生から聞かされて初めて分かったことだけど、思い返せばヒントが散りばめられていたことに気づく。姫島君の死体を見たとき、俺は気分が悪くなって安東さんに連れられ保健室を訪れた。そこで松平先生が、自殺ですめばいいんだけどねと、呟いたのを聞いた。俺がどういう意味なのか聞くと、松平先生ははぐらかして、俺もそれほど気にしなかった。松平先生はあの時、館林さんが通う高校に勤めていた頃に起きた、自殺騒動のことを言っていたんじゃないのかな。

 トイレで、俺と舘林さんが電話で話しているとき偶然、有里君が入ってきた。俺は君の存在に気づかず、しばらく会話をしていた。頭のいい君だから、電話の内容で事件のことだとすぐに分かったはずだ。そして、相手がこの前やって来た刑事であることも。何故、刑事が自殺と断定された事件を未だ追っているのか、疑問に思った君は、何らかの方法で調べようとしたはずだ。俺の予想では、過去に同じような事件があったかどうか、インターネットで調べたんじゃないかな。そして見つけたんだ。例の事件を。その高校のことを調べて、君は驚愕した。当時の教諭に、見知った名前を発見したからだった。無論、松平先生のことだ。

 そして君は、昼休みを利用して松平先生のもとを訪ね、当時のことを聞いた。隠す必要などない松平先生は、全てを話したはずだ。だから、君は知っていた。

 君が保健室から出て行くのを、俺はしっかりと目撃している。松平先生から、話を聞いたんだろう?」

 有里は見破られたことが悔しかったのか、全身を小刻みに震わせて洋輔を睨んでいる。臆せずに、洋輔は口を開いた。

「これで、君が舘林さんの過去を知っている謎が解けたから話を戻すね。休校が空けて、俺はある理由で保健室に忍び込んだ。しかし、脱出しようとした時に、松平先生に見つかってしまった。何とか振り切って帰ろうとすると、呼び止められた。俺が事件の捜査のことで電話をしている相手が誰なのかを質問し、返答に窮していると、松平先生は館林さんであることを見抜いた。答えを知っていたにも関わらず、松平先生は俺に質問をしてきたんだ。その後で、また意味深な独り言を呟いた。この時点で気づくべきだった。館林さんと松平先生に、何か接点があるということを。それらのことを、保健室に連れて行かれて俺は松平先生から聞いたんだよ」

 言い終えると、息苦しさを感じた。どうやら、興奮して息継ぎするのを忘れていたことに気づく。

「他にも、松平先生は俺の疑問を解消する様々なことを話してくれた」

 本城と有里の顔を見比べながら、洋輔は言う。

「三つ目の疑問は、俺が急に倒れた原因だった」

 二人が同時に首を傾げるのを、洋輔は愉快な気持ちで見ていた。

「一見、事件とは全く無関係に思える疑問なんだけど、実は繋がっている」

 言葉を切り、洋輔は深呼吸を繰り返す。また、気づかぬうちに呼吸を忘れた時のための対策だったが、あまり効果はないと予想していた。この解説は、かなり長いからだった。

「さっき、俺は死体を見たとき気分が悪くなって、安東さんに連れられ保健室を訪れたと言った。気分が悪いと主張する俺に、松平先生は吐き気を抑制する薬をくれたんだ。昔周りの人たちから、他人にもらった薬を服用するなと言われていたけど、せっかくくれたし、相手が保健の先生だからという理由で渋々だけど飲んだ。しばらくして刑事たち――館林さんたちが現場付近にいた生徒、先生を食堂に集めた。俺は食堂で待機している間、急激に気分が悪くなっていた。しばらくして、館林さんたちが姿を現した。理不尽なやり方に俺は腹を立て、気分が悪いけど立って反論をしようとした。そしたら、意識が遠のいて気づいたら病院のベッドの上だった。

 目覚めた俺の両腕には、痛々しく包帯が巻かれていた。俺の担当医師の長谷川先生が教えてくれたんだけど、俺はどうやら暴れたらしい。原因は不明みたいなんだけど。そこで俺は、松平先生からもらった薬に原因があるのではないかと考え、休校が空けてから保健室に忍び込んだ。先ほどいったある理由とは、このことだったんだ。

 けど、保健室に忍び込んだのはいいものの、松平先生がどうして俺なんかを陥れるんだって、そう考えたら忍び込んだこと自体無意味なような気がして諦めて帰ろうとした矢先、泣き声が聞こえた。少なくとも人間の鳴き声ではなかった。俺は鳴き声しているところを探した。見つかったよ。ゴミ箱の中だった。中には、衰弱したネズミがごみと一緒に捨てられていたんだよ。

 松平先生に対し恐怖を抱きつつ、俺は何故衰弱したネズミが捨てられていたのか探るため、手当たり次第引き出しを開いていくことにした。答えは、意外とすぐ見つかったけどね。

 最初に開いた引き出しの中にあったのは、吐き気を抑制する薬と書かれた紙が張られている、錠剤を入れておくビンだった。中身は空だったのが、少々残念だった。中身が残っていたのなら、一つ持ち帰って知り合いの医学部のやつに調べてもらおうと思っていたからだ。

 次に俺は下の引き出しを空けた。入っていたのは、またも錠剤のビンだった。しかし、貼られている紙の文字が、俺を恐怖に陥れた。

 実験用――つまり松平先生は、ネズミを使って、保健室で動物実験をしていたんだ。

 怖くなって俺は帰ろうとしたが、不幸にも松平先生と鉢合わせた。この後の展開は、さっき説明した通りだ。

 俺は、松平先生が俺に動物実験用の薬をあの時与えたのかな、って考えた。そう考えると、いろいろと辻褄が合ってくる。急激に気分が悪くなり倒れたことと、無意識のうちに暴れていたことが。

 けど、先ほども述べたように松平先生が俺を陥れる理由が、どうしても思いつかない。この考えは振り払ったけど、松平先生本人から聞かされたよ。故意に、動物実験用の薬を飲まされたことについて」

 やはり息苦しかった。詳細に語ったせいもありどうしても長くなってしまうが、洋輔はあまり話をまとめるのが得意なほうではない。最初から最後まで話してしまうタイプなのだ。

「ここで、一つ目の疑問に繋がる。安東さんが、誰なのか判別がつかない死体を見て号泣していたことについて」

いよいよ推理は、クライマックスへと突入した。自然と、洋輔の気分もさらに高揚してくる。二人も、心なしか顔が上気しているように見えた。

「結論から言うと、安藤さんはあの死体を姫島君であることを、最初から分かっていたんだ」

 言って、二人の反応を窺った。本城は眉を寄せて洋輔を見たのだったが、有里は少し体を震わせた。この反応で、洋輔は確信した。

「そうか、君だったのか」

「どういうことだよ」

 有里を見据えながら言う洋輔に、置いてきぼりにされた本城は食って掛かった。

「今から話す……もちろん、君にも話してもらうよ」

 言って、洋輔は有里を突き刺すような瞳で見た。一瞬、有里は洋輔の迫力にたじろいだ。

「安藤さんが、死体を姫島君だと確信していて泣いていたのなら、それは何故か。本城君、君なら分かるよね」

 名指しされ、本城は狼狽の色を見せた。本城は、告白を躊躇っているのだ。

「君が答えないのなら、俺が言う」

 口を閉ざしたまま俯いている本城をじれったく思った洋輔は、言った。

「君と安東さん、姫島君は小学生の頃からの付き合いなんだよね?」

 これは、松平から聞いた話だった。

 松平は、本城と姫島、佳代の関係を知っていた。知ってはいたが、姫島の名前が思い出せないでいた。だから松平は、洋輔が佳代に連れられ保健室を訪れた際、佳代の交友関係を洋輔に聞かせようとしたが、姫島のことはどうしても思い出せなくて、すごく頭のいい子だと表現したのだ。

 後にそれが姫島だと気づいた松平は、閃いたという。死んだのが姫島だったから、佳代は悲しんでいるのではないかと。

 それを聞き、洋輔はすぐに調べた。すると、彼ら三人は小学校、中学校が同じだということが分かった。

 保健室で本城が、無理やり佳代を連れて行こうとしたことも、佳代に冷たく突き放され、本城が沈んだ表情を浮かべていたのにも納得がいった。

 三人は強い絆で結ばれていた。だから宝徳学園にも三人一緒に受験したのだ。姫島は特待生として入学したのだが。

 この事実があるからこそ、ずっと解せなかった。何故佳代は、本城に冷たい態度をとったのだろうか。辛かったからこそ、本城の存在がありがたかったのではないか。

 それ以前に、洋輔には解かなくてはいけない疑問がある。それは、佳代が判別のつかない死体を見て泣いていた理由だった。先ほど述べたように洋輔は、佳代が初めからあの死体を姫島だと分かっていたのではないかと、推測している。そのことを、有里に確認しなくてはならない。

「安東さんは、死体が姫島君だと分かっていたから泣いた。そう考えれば、悲しさを引きずっていたことにも説明がつく。解決しなければいけないのは、何故知っていたのか。それは有里君、君が安東さんに知らせたからだ。姫島君が、中庭で死ぬって」

 有里は表情を曇らせたが、瞬時に顔色を戻した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ