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受験戦争  作者: 西内京介
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第十七章

 急いだ甲斐もあり、公園にはまだ二人とも来てはいなかった。そのことにほっとした自分と、もしかしたら来ないのではないかと危惧する自分がいて、複雑な心境を抱いたまま、洋輔はベンチに腰を下ろした。

 震えながら待つこと十分、遠くのほうから声が聞こえたので顔を上げた。

「こんな寒い夜に呼び出して、一体なんですか?」

 最初に現れたのは、毛皮のコートに身を包んだ有里だった。公園の周りを街灯が囲んでいるため、おかげで有里の、不機嫌さを露にしている表情を確認することが出来た。

「僕に、何かようでもあるんですか?」

 有里は警戒の色を漂わせながら、洋輔と十メートル以上距離を離して立ち止まった。洋輔は立ち上がり、歩みを進めて少し距離を縮めた。

「いや、ちょっとね」

 曖昧に返して、洋輔は徐々にお互いの距離を縮めていく。険しい表情を浮かべる有里だったが、後ずさりはしなかった。洋輔に立ち向かっていこうとする姿勢が窺える。

「でも、君が最初に来てくれてよかったよ」

「は?」

 敵意のある眼差しを、有里は向けてきた。洋輔は構わずに、続けた。

「彼が最初に来ては、台無しになっていたかもしれないから」

「あんた、何言っているんだよ」

 有里は詰め寄ってきて、洋輔の胸倉をしっかりと掴んだ。手からは、ひしひしと有里の怒りが伝わってきた。

「意味が分からねぇ」

 吐き捨てるように言うと、乱暴に洋輔の胸倉から手を離した。

 有里がここまで感情を露にするとは、洋輔自身思ってもいなかった。おそらく、洋輔が何を言っているのか分からないというもどかしさから、怒りが沸いてきたのだろうと、勝手に解釈した。

「彼って誰だよ。俺以外に、誰か呼んだのか?」

 洋輔は、素直に頷いた。

「くっそ! 何だよ、それ!」

 分かりやすく動揺して見せたあと、有里は慎重に周りを見渡しながら口を開いた。

「俺はあんたに、話があるっていうから呼び出された」

「君はその話を聞きに来たのだろう」

「俺はてっきり、あんたに謎が解けたと思ったんだ」

「謎?」

 白々しく、洋輔は聞き返す。

「ああ、そうさ。事件の真相に、あんたは辿り着いたんだろう」

 なかなか勘の鋭い有里に感心した。有里が予感していたことは、ほぼ的中していたのだ。

「謎は、ほぼ解明した」

 淡々とした口調で言う洋輔を、有里は敵意に満ちた眼差しで見つめていた。

「しかし、分からないことが一つある」

 言い終えた直後に、遠くからここにはいない者の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい、佳代!」

 こちらに走ってくる本城の姿を認識した直後、洋輔は不適な笑みを浮かべ、続けた。

「彼に、残りの穴を埋めてもらう」

「佳代は!」

 本城は洋輔の前まで来ると、周囲を見回しながら問うた。

「いないよ、ここには」

「いない……?」

 ひどく落胆している姿が、洋輔には滑稽に映った。本城は、真冬の夜に家を飛び出し、全力でこの公園まで走ってきたのだ。佳代がいると信じて。

「くそ。何だよ、それ」

 少し落ち着いてから、本城は言葉を発した。

「もういい。俺は帰る」

 踵を返し、帰ろうとする本城の前に有里が立ちはだかった。

「なんだよ」

 強い言い方だったが、有里は怯まずに言った。

「お前を帰すわけにはいかない。全てを告白してもらう」

「はぁ?」

 全て頭の中に描いたシナリオ通り事が進んでいたので、洋輔は思わず笑い出しそうになってしまった。

 もし有里よりも先に本城が公園に着いてしまえば、洋輔の計画は破綻していたところだ。佳代がいないのを見て騙されたと気づいた本城は、即座に立ち去ってしまう可能性があるからだった。まさに今の状況が、洋輔の描いていた理想的なものだった。自分が先に着き、次に有里が到着する。有里に事件の真相を話すと告白し、その真相を完成させるのには本城が必要であることを、伝える。その直後に、佳代がいると騙されてやってきた本城が到着する。佳代がいないと知るや否や帰ろうとする本城を、真相が知りたい有里は食い止める。

 全てシナリオ通りの展開だった。計画の第二段階は終了だ。洋輔は、次の段階に移ろうとした。

「これでようやく、舞台は整った」

 洋輔が言うと、有里は鋭い眼差しを向け、本城はまだ状況が呑み込めておらず困惑気味の表情を浮かべていた。

「それでは、待ちに待った事件の真相を解説するとしよう」

 まるで舞台役者になった気分だと、洋輔は胸中で愉快に思った。時折吹く風が肌に突き刺さるような寒い夜だったが、それを忘れるほど、洋輔は興奮状態にあった。

 今夜、ようやく全ての謎が解明される――その期待で、洋輔は胸が一杯だった。

「なあ、どういうことだよ」

 状況が呑み込めていない本城は、今度は不安げな面持ちで口を挟んできた。

「事件の真相、ってなんだよ」

「姫島君の死の真相だよ。君も、よく知っていると思っていたんだけど」

 本城は、口を噤んだ。

「話してくれるよね?」

「俺は……知らない」

 消え入るような声で、しかし言葉に力を込めて本城は言った。真相を、推測だが大体解明した洋輔は、何とか免れようとする本城を腹立たしく感じ、詰め寄って胸倉を掴んだ。

「君が、この事件の元凶なんだろ!」

 静寂に包まれた公園に、洋輔の怒号が鳴り響く。公園の周りには住宅地が密集しており、誰かに聞かれてしまったかと、直後に反省したが、幸い怒号を聞きつけ窓から公園の様子を眺めている人間は見受けられなかった。

 安堵すると、今度は周囲の者だけに聞こえる程度まで音量を下げて、洋輔は続けた。

「今から俺は、事件の真相を自分なりの解釈を交えて話す。推測だ。けど、これが正解だと、俺は思っている」

 本城の胸倉から乱暴に手を離し、有里のほうへ一瞥をくれた。有里は、二人の様子を冷めた表情で見ていた。有里は、自分のまだ知らない事件の裏を早く知りたいのだ。

「有里君」

 洋輔は有里に視線を移してから、言った。

「君はすでに、この事件の全貌を掴んでいるんだろう?」

「先生ほどじゃないと思うけど」

 一呼吸の間を置いて、洋輔は言った。

「君も隠さなくていい。この事件の黒幕は、君なのだろう」

 刹那、有里に感情の揺らぎが見えたのを洋輔は見逃さなかった。有里はすぐに立て直して、動揺したのを取り繕うかのような笑みを浮かべて見せた。

「返事がないということは、肯定と捉えていいということなのかな?」

「相手にするのが馬鹿馬鹿しいと判断しました」

 爽やかに答えるので、その余裕さを切り崩したいという衝動に駆られた。

「まあ、いいさ。これから話すことに耳を傾けて欲しい。最後には、君だって反論できないはずだ」

 有里の表情が、かすかに曇った。

「分からないですよ、そんなの」

「おい、俺を無視するな。どうして俺は、ここに呼ばれたんだ」

 危うく存在を忘れてしまうほど、洋輔は有里に集中していた。顔を向けると、本城は不貞腐れたような表情を浮かべていた。

「もう帰らないからさ、教えてくれよ」

 どういった心境の変化かは分からないが、一応本城の言葉を信じ、洋輔は掻い摘んで説明した。

「姫島君の死に隠された真相を、俺が今ここで話すんだよ。あくまで推測だけどね」

「へぇ」

 少し疑いの目を向けているが、言った通り本城には帰る様子はなかった。それどころか、好奇心を浮かべた表情をしており、洋輔の次の言葉を待っているかのようにも見受けられた。

「それじゃあ……そろそろ始めるか」

 洋輔の言葉に、二人は固唾を呑んだ。



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