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受験戦争  作者: 西内京介
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第十四章

「ごめんね、急に呼び出して」

 教壇に立ち、館林は言った。洋輔は緊張の色を浮かべながら隣に立っている。

「いえ、別に」

 生徒は、座りながら抑揚のない口調で答えた。無表情だ。平静を装っているのか、もしくは、興味がないのか。洋輔には、判別がつかなかった。

「そういえば、有里君、まだ来ていないね」

 何気なく教室を見渡して言う館林だったが、表情は険しく、有里が来ていないことに憤りを感じているように見えた。

 目の前に座っているのは、まだここに来ていない有里霞と成績で同率二位の菊池信弘だった。菊池はメガネの奥にある切れ長の目で館林を見据え、腕を組み椅子の背もたれに背中を預けて座っている。

「とりあえず、有里君が来ないことには……」

 言いながら教室の後方の入り口に視線を向けた矢先、ドアがおもむろに開き有里霞が入ってきた。

 洋輔は、有里の顔にどこか見覚えがあることに気づいた。授業で、ではなく、もっと印象に残る出会い方をしていた気がする。

「遅れました」

 悪びれた様子なく有里は言って、菊池の座っている机の二つ左隣の席に腰を落ち着かせた。

 ようやく容疑者候補が揃ったことで、館林は満足そうな笑みを浮かべた。それが、洋輔に不快感を与えた。

「ところで、どうして僕たちは呼ばれたんですか?」

 有里は洋輔に顔を向け、質問をした。

 視線が交わったこの時、有里と出会った瞬間が、洋輔の脳裏にはっきりと蘇った。

 端正な顔立ちに清潔な身なり、きちんと揃えられている髪、人に好まれそうな容姿をしているのだが、他を寄せ付けない雰囲気を漂わしている彼は、間違いなく、トイレで出会った男子生徒だった。

 そして同時に、保健室から出てきたのが有里だったということも、思い出した。

 意味深な笑みを浮かべ、有里は視線を館林に移した。

「説明して……くれますよね」

 静かな言い方だったが、その裏には大人を上回る力強さが隠されていた。館林は難しい表情を浮かべ、押し黙っている。

 単刀直入に本題を切り出すのか、それともタイミングを見計らっているのか、洋輔は館林の思考を読み取ろうとした。

 しかし、何を考えているのかさっぱり分からない。教室には、居心地の悪い空気が流れている。

 一刻も早くここを立ち去りたいと強く思っていると、館林は口を開いた。

「君らのどっちか、姫島君を殺したよね?」

 あまりにも軽々しく言ってのけるので、洋輔は危うく言葉の内容を聞き逃すところだった。

「もしくは、二人は共犯か。そっちのほうが、可能性としては高いんだよねぇ」

 声のトーンは、まるで学生同士の談笑だ。館林の横顔に目をやると、口元は笑っているが、二人の生徒を見据える瞳の奥には、洋輔もたじろぐほどの、鋭く光るものがあった。

「なるほどねぇ」

 言って、有里は天井を仰ぎ見た。菊池の様子はというと、相変わらず無表情を貫いている。二人は今胸中で何を思っているのか、探ることは困難を極めた。

 館林は身を乗り出して、洋輔に披露した推理を二人に話してみせた。

「――どうかな? 意外と自信あるんだけど」

 推理を聞いた後でも有里に際立った変化は見られなかったが、菊池の表情は先ほどと打って変わり、若干の怯えの色が混じっていた。

 そこで洋輔は、菊池に的を絞ることにした。気のせい、ということも考えられるが、どこか引っかかりを覚え、そのまま視線を動かさずにいた。

 視線を感じたのか、菊池の表情が焦りを帯びてきているように見受けられた。

 何か隠している――洋輔はそう直感した。

 嘲笑するような表情で、余裕すら感じられる有里と比べてみても、その差は一目瞭然である。

本当に館林の推理が正解だとすれば、犯人は菊池だ。推理を聞かされた後、無表情を崩し分かりやすく動揺したのが何よりの証拠だった。

 菊池は唇をきつくかみ締め、館林を見つめている。内心、焦っているに違いない。端から見ていても、落ち着かない様子だ。

「まあ、筋は通っていると思いますけど……」

 重苦しい沈黙を破ったのは、余裕を醸し出している有里だった。容疑者候補に挙げられながら余裕なのは、姫島を殺していないからなのか、それともただの演技なのか――見極めることはできなかった。

「けど、証拠がありません」

 有里の言葉に、館林は狼狽の色を見せた。館林の推理を打ち崩す、決定的な一言になった。

 確かに、館林の推理には物的証拠がない。館林はこの推理を二人に聞かし、自白することを望んでいたのだ。

 しかし、証拠がないと言われてしまえば、こちら側は何もすることが出来ない。推測を話しただけで終わってしまう。

「けど、そんなものはいくらだって――」

「偽造するんですか? 僕らを犯人に仕立て上げるために」

 明らかに、有里は今の状況を楽しんでいる。刑事を追い詰めていることが、彼に優越感を与えているのだろう。

 悔しそうに歯軋りする館林に、洋輔はようやく視線を向けて言った。

「館林さん、彼の言う通りですよ」

 証拠がない以上、話を続けても無駄だと目で訴えかけた。すると、館林はこちらに顔を向けた。

 館林は、鬼のような形相をしていた。高校生に押されているのがそんなに悔しいのか。

 危険を察した洋輔は、館林をなだめようとして言った。

「館林さん、推理は素晴らしいですが、証拠がありません。とりあえず、保留にしておきましょう」

 彼らを犯人にしてはいけないと、本心が語りかけていた。そのため、必死に館林を説得しようと試みたが、上手く伝わっていないようだった。

「あいつらが犯人だ」

「え?」

 洋輔の顔を見ながら、館林は有里と菊池を交互に指差した。

「あいつら二人ともに、取調べをしたんだ。事件のあった日」

 姫島が自殺した日、現場付近にいたものは皆、食堂に集められて一人ずつ取調べを受けた。洋輔は体調が悪くなって病院に搬送されたが、あの後全員取り調べたと、館林の口から聞いていた。

 現場付近にいた生徒たちの中に、二人がいたのか。

「けど、それだけじゃ証拠には――」

「刑事さん、嘘言っちゃいけませんよ」

 嘲笑うかのような口調で、有里は言った。

「信弘は、あの場にはいなかった」

 指摘され、館林は言葉に詰まった。何故、館林がそこまで彼らにこだわるのか、疑問に思う。

「刑事さんの言っていることは、ただの推測でしかない。証拠がなければ、逮捕まで持ち込むことが出来ませんよね」

 立ち上がろうとする有里を、館林は呼び止めた。

「待て。まだ終わっていない」

 誰がどう見ても、館林の敗北は決定的だった。それらしい動機を並べたとしても、証拠が存在しない以上、彼らを犯人扱いすることはできない。

 洋輔は焦る館林を落ち着かせようと、肩に手をかけた。

「館林さん、もういいでしょう。また最初から――」

 言いながら、洋輔は有里のほうへ一瞥をくれた。

 有里は立ち上がって、左に二つ席を空けて座っている菊池と目を合わせていた。有里の表情には、笑みが広がっていた。

 ここで、洋輔は先ほどのやり取りを思い出す。

 館林が、事件現場に二人がいたと苦し紛れに発言したとき、有里はその内容に嘘が混じっていることを指摘した。

 信弘は、あの現場にはいなかった――と。

 聞き逃していたが、今思い返すとおかしいことに気づく。

「ねえ、有里君」

 有里は余裕の表情を崩さないまま、洋輔のほうへ顔を向けた。

「菊池君と、友達なんだ」

 一瞬だったが、有里の表情に動揺の色が走ったのを洋輔は見逃さなかった。

「俺が?」

 白を切ることにしたのか、有里は軽く笑って見せた。

「まさか、どうして?」

 普通の学校であれば、二人が友達の関係であっても、気に留めることなんてなかった。

 しかし、ここは普通の学校ではない。生徒たちは、友達を作るよりも勉強に専念している。友達と廊下を歩いているものなら、周りの目を惹く。事実、洋輔は生徒同士で談笑している姿など、まだ一度も目撃したことはない。

 おそらく、有里自身も分かっているのだろう。この学校で友達がいるのはおかしいと。だから、菊池との関係をごまかそうとしている。

「隠し通せないよ」

 冷たく言い放つと、洋輔は喋り始めた。

「君と菊池君は、別のクラスだったはずだ。つまり三年間、全く接点がないことになる。それなのに君は、菊池君の事を知っていた。そこはまだ不自然ではないが、問題なのは食堂に菊池君はいなかったと、言ったことだ。あれだけいたのに、菊池君がいなかったと発言できたのは、君と菊池君が友達であるからだ。それに君は、さっき菊池君を下の名前で呼んでいたよね」

 見る見る内に有里の表情は変化していったが、焦りを感じているというよりかは、洋輔の鋭さに感心していると表現したほうが的確かもしれない。

「まあ、そこまで言われちゃ隠し通せないかぁ」

 再び座り、有里は言った。菊池は依然、口を閉ざしたままだった。

「そうだよ。俺と信弘は友達だ。同じ中学で、その頃から成績も近かったから、自然と打ち解けていた」

 有里は、開き直って菊池との関係を白状した。

「けどさぁ、俺と信弘が友達だからなんなの、って話。事件とは、もちろん関係ないよね?」

 言われて見ると、それもそうだった。ただ珍しかったからという理由だけで、彼らの関係を問い詰めただけだった。

「それより、刑事さん」

 有里は、急に切り出した。

「僕たちを、そんな動機で追い詰める理由は、やっぱり刑事さんの高校時代が関係しているんですか?」

 館林の額から、瀧のごとく汗が噴出してきた。ワイシャツが吹き出る汗を吸収し、館林の肌が透き通って見えた。

 有里の言葉を聞いた瞬間、館林は分かりやすいぐらいに動揺してみせた。有里の言葉の中に、館林の心を切り裂く何かがあったのだ。

「館林さんの、高校時代……」

 口元に手を当て、洋輔は有里の言葉を復唱した。

「どういうこと?」

 洋輔は有里に向かって問いかけた。

「知りたいですか?」

「止めろ!」

 喋ろうとする有里に、館林は恐ろしい形相を浮かべ吼えるように言った。教室中に鳴り響く声だった。

「どうしてですか?」

「絶対に、言うな!」

「軽蔑されるからですか?」

 何も言い返すことが出来なくなった館林は、拳で机を思いっきり叩いた。

「物に当たるなんて、最低ですよ」

「有里君」

 追い詰められる館林をこれ以上見たくないと思った洋輔は、有里を咎めた。しかし、有里は攻撃の手を休めるどころか、追い討ちをかけてきた。

「あなたは、死んだ親友の無念を償うために、僕たちを何が何でも犯人に仕立て上げたかった。親友は本当の自殺だったのに、あなたはまだ他殺だと言い張っている。恥ずかしくないんですか」

「言うな!」

 とうとう館林は、教壇を飛び出して有里の前まで行き、拳を振り上げた。洋輔はとっさに館林の腕を掴んだが、普段から鍛えているのか、ひ弱な洋輔の力では止めることはできなかった。

「刑事が、高校生を殴るんですか?」

「黙れ!」

 館林は、完全に理性を失っている。本当に、有里を殴ってしまうかもしれない。

「この事件だって、ただの自殺ですよ。それなのにあなたは、過去を悔やみ、何もかもでっち上げて他殺にしようとしている。刑事の風上にも置けませんね」

 言い切ったところで、遂に館林は有里の頬に拳を食らわせた。その光景を見て、洋輔は体中の血液が一気に凍るような感覚を味わった。

「館林さん!」

 必死に叫び、館林の体に抱きついていた。それでもなお、理性を失った館林は有里を殴ろうとしている。

「止めてください! 彼は高校生ですよ!」

 理性を取り戻しつつあるのか、館林の力も次第に弱まっていき、乱れた呼吸を整え始めた。

「俺は……」

 頬を抑え、苦しそうな声を上げて床に横たわる有里を見て、館林はようやく自分が何をしたのかを認識したようだった。だが、時既におそし。館林は、感情に支配され高校生を殴ってしまったのだ。

 館林は立ち尽くしたまま、菊池のほうへ目をやった。

 怒りを宿した瞳で館林を一瞥し、菊池は横たわる有里に駆け寄った。

「姫島は、自殺だった。それでいいじゃないか」

 唐突に、菊池は口を開いた。怒りで、声が震えている。

「あいつは自殺だった。落とされたんじゃない……」

自分に言い聞かせるかのような口調だった。それがまたも、洋輔の中で引っかかった。

 やはり菊池は、この事件と何か関係がある。このまま菊池を帰すわけにはいかないと危惧し、洋輔は言った。

「なあ、菊池君。君、何か隠しているよね?」

 次の瞬間、菊池は声を張り上げていった。

「有里は俺の親友だ。有里は、俺が――」

「刑事さん」

 菊池が何か言いかけたのを、有里は遮るような形で言ってきた。わざと菊池の言葉を遮ったように、洋輔は思えた。

「このことは誰にも言わない」

 言いながら、有里は立ち上がった。足元がふらついているのは、相当な勢いで館林に殴られたからだった。

「だから、さっさと俺たちの前から消えろ。二度と、事件のことは詮索するな。姫島は自殺だった。それでこの事件は解決したはずだ」

 頬を押さえ、鋭い目つきで言う姿は、大人二人をも圧倒する迫力を備えていた。

「いいな」

 返事を待たず、有里は後ろのドアから教室を出て行った。菊池も後に続く。残された洋輔と館林の間には、修復できないほどの深い溝が出来てしまっていた。

 洋輔は、もう館林のことが信用できなかった。どんな事情があるか分からないが、感情に任せて高校生を殴る刑事なんて最低だ。洋輔は、心の中で思いっきり館林のことを非難した。

「私が高校生の頃、親友が受験を苦に自殺したのです」

 唐突に喋りだしたので、洋輔は危うく聞き逃すところだった。

「屋上から、飛び降りたんですよ。遺書を残して。親友が残した遺書は、手書きでした。筆跡鑑定の結果、親友のもので間違いなかったそうです。つまり、親友は正真正銘、自殺だったんですよ」

 言いながら、有里が今まで座っていた席に館林は腰を下ろした。洋輔は、その左隣の席に座る。

「けど、私は彼が自殺したと認めたくなかった。彼は成績優秀で、クラスでも人気者だった。それなのに、彼に限って自殺なんて、考えたくなかった。彼の成績を妬んだものが殺しと、当時の私はそう考えていました」

 館林にとって、過去を語ることは辛いことなのだ。けど、ここまで来たら最後まで聞かなくてはいけないという使命感が、いつの間にか芽生えていた。

「私は大学への進学を決め、悔いを残したまま卒業をしてしまった。大学で色々なことを学びました。サークルにも入った。彼女を作って、普通の大学生活を送っていました。けど、満たされることはありませんでした。どうしても、親友のことが頭から離れなかったのです。

 いつの間にか四年間が経っていました。私は、無意識のうちに警察官を志望していました。警察官になった理由は、いつか刑事になって親友の死の真相を突き止めたいと、思っていたからかもしれない」

 淡々と自分の人生について語る館林の姿は、どこか寂しげでもあり、嬉しそうでもあった。他人に喋ることができず、ずっと自分の中に溜め込んでいたものを、今思いっきり吐き出しているのだろう。

 それを汲んで、洋輔は真剣な面持ちで耳を傾けていた。一語一句、館林の悲痛な思いを聞き逃さないために。

「時はあっという間に過ぎ去るもので、私は警視庁捜査一課の刑事になり、二年前に結婚しました。去年、男の子が生まれました。

 生活は満たされているはずなのに、親友の笑顔は一時も忘れることはできませんでした。仕事をしている最中も、赤ん坊をあやしているときも、妻と会話している時も……」

 館林が味わっている苦しみは、こちら側の想像を絶するものであろう。どんな思いで、高校から今までを生きてきたのか、想像するのが恐ろしかった。

「そんな時、一本の電話が警視庁に入ってきました。宝徳学園で、生徒が自殺したという内容でした」

「今回の事件ですね」

「はい。最初、私はただの自殺騒動だと思って身軽に構えていました。しかし、捜査していくうちに、感情移入をし始めてしまったのです」

 館林は自分でも気づかぬうちに、親友の自殺と今回の事件を重ね合わせていた。

 確かに、館林の親友の自殺と、姫島の飛び降りは酷似している部分が多々ある。だが、明らかに違うのは、館林の親友はほぼ自殺だと断定してよいところだった。洋輔は、この事件を自殺だと思っていない。動機は何なのか分からないし、証拠だって存在しないが、自殺で片付けてはいけないような気がしていた。

「私は、この事件を解決することで親友の自殺のことを忘れることが出来るのではないかと、勝手に思い込んでいました」

 だから館林は、必死だったのだ。同僚たちに自殺だと断定されても、一人他殺だと疑った。

 姫島の死にここまで必死になるのは、何か親交があったのではないかと解釈していたが、違っていた。親友の自殺を忘れるために、この事件の真相を追っていたのだ。時折見せた偽善的な表情は、姫島のことを思って捜査しているわけではなかったからなのか。

「僕に捜査協力を依頼した本当の理由が、ありますよね」

 質問をされ当惑気味の表情を見せる館林だったが、すぐに立て直して答えた。

「私は、この事件の真相など、どうでもよかったんです。姫島君は学年トップの頭脳の持ち主だ。こう言っては失礼かもしれないが、彼が居候している親戚の家は裕福とは程遠い。だから、あの大学の奨学生指定校推薦制度を狙っていることが、すぐ分かったんです。確認はとっていませんが。その制度を利用して、私はあのような動機を思いついたのです。そしたら、上手いように容疑者も生まれましたよ。先ほど呼び出した、成績同率二位の彼らのことですう。大学に問い合わせたところ、原則奨学生は一人だが、成績の優劣がどうしてもつけがたい場合には、特例として二人とるそうなのです。動機が成立したと、私は喜びました」

「いつの話ですか?」

「あなたの病室を訪れた翌々日ですかね。病室を訪れた時、すでにそのようなストーリーが出来上がっていたんですけどね」

 昨日、館林から電話がかかってきた際に洋輔は、それと似たような内容の動機を話した。聞いた後、館林が感嘆の声を上げた理由に、ようやく合点がいった。洋輔が、自分の筋書き通りに動いてくれたからだ。

「あなたが僕に捜査協力を依頼した理由は、代わりに事件を解決してもらいたかったから、ですよね」

「その通りです。私が推理を披露して、仮に事件解決でもすれば、警察組織への裏切り行為と見なされてしまう。警察は自殺だと、世間に公表までしてしまったのだから、面子は丸つぶれです。それに、解決した後で私の素性が調べられたら、雑誌にあることないこと書かれるかもしれない。過去の事件がどうだとか、親友の償いだとか、一刻も早く事件を忘れたい私を無視して、雑誌は過去の事件を蒸し返し、世間を煽るでしょう」

「だから、丁度教育実習に来ていた僕に捜査の協力を求めた」

「結局、私が披露してしまいました。挙句には、痛いところを突かれて、高校生を殴ってしまい……やはり、私の推理は的外れなのかな」

 館林の表情が、徐々に和らいでいくのが分かった。全てを吐き出して、すっきりしたような顔をしている。洋輔も、心が穏やかになっていった。

「けど俺は、姫島君は殺されたのだと思います」

 立ち上がって力強く言う洋輔を、館林は見上げて、微笑んだ。最早、館林には何かをする気力さえも残されていないようだった。

「僕が、この事件を解決して見せます。この事件は、不可解なことが多すぎる。姫島君を殺した犯人を、僕が見つけ出します」

 端から見れば館林の敵をとろうとしている大学生に見えるが、結局のところ、洋輔も館林と変わらなかった。

 佳代を泣かした犯人を見つけて懲らしめるため、洋輔は動いていた。真相など、同じく正直なところどうでもいい。興味がない。犯人を突き止めるために、どうしても必要だから調べるだけであった。

「私は、あなたを信じます」

 佳代のために事件を解決しようとしているだけに、館林の一言は胸に深く突き刺さった。

「あなたなら、この事件の真相に辿り着くことができるでしょう」

「館林さんは、これからどうするんですか?」

 今にも、捜査から外れようとしている口調だった。洋輔がこの事件を調べるきっかけを作ってくれたのは、館林だ。誘われていなくとも、佳代が悲しんでいる姿を見ていずれ、捜査をしてみようと思い立ったかもしれないが、今こうして真剣に臨めているのは館林のおかげに他ならなかった。洋輔は、どうしても館林と一緒にゴールがしたかった。

「いや、私は辞表を提出するつもりです」

「引退には、まだ早いと思います」

「けど、私はこれからどんな気持ちで刑事としてやっていけばいいのか、分からないんです。この事件に出会ってしまったことで、満足してしまった自分がいる」

 一呼吸の間を空けて、館林は言った。

「この事件と出会うために十年間、刑事を続けていたのかもしれないな」

 館林の言葉には、今までの刑事人生が凝縮されているような響きがあり、洋輔は言い返すことが出来なくて、立ち尽くしていた。空しさだけが、心の中に広がった。


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