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受験戦争  作者: 西内京介
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第十二章

 四時間目の終業のチャイムが聞こえたと同時に、洋輔は喋るのを止め、急いで教材の片づけをし始めた。生徒たちも同様に、世界史の教科書とノートを机にしまい、横に置いてある自分たちのカバンの中からコンビニなどで買ったパンを取り出している。席を立って食堂に向かう生徒は、この教室には一人もいなかった。皆パンで昼食を済ませ、その後ギリギリまで自習をするという魂胆だろう。宝徳学園の受験生だから、当然といえば当然なのかもしれない。

 洋輔は自分の教材を脇に抱え、足早に教室を立ち去ろうとすると後ろで山下の呼ぶ声が聞こえ、焦る気持ちを何とか抑えて振り返った。

「何でしょうか」

 露骨に迷惑そうな表情を浮かべる洋輔に、山下は表情をしかめたが、すぐにいつもどおりの無表情な顔つきに戻り、言った。

「今日の授業、少し急ぎ足だったね」

 自分の心境を見破られている気がして、動悸が早くなった。

「それに今も、すぐどこかへ行こうとしているし」

「別に、なんでもないですよ」

 平静を装ったつもりで答えた洋輔だったが、十五年も教師を続けてきた山下を欺くことなどできるはずもなかった。怪しさがにじみ出ている洋輔に、山下はさらに質問を続ける。

「君が隠していることは、なんだい」

「はい?」

 洋輔が動揺を垣間見せ、山下はその隙をつく。

「昨日、三年五組で授業をしている最中に止まったよね? 今日は何とかできたみたいだけど、どうして?」

 佳代のことばかりを考えていたとは、口が裂けても言えない。

「三年五組の授業、今日はスムーズに出来ていたけどさ、昨日と今日で何か違ったことでもあった?」

 一時間目にあった三年五組での世界史の授業が成立したのは、佳代が欠席していたおかげであった。佳代が欠席したのは、おそらく昨日の食堂での出来事が原因であろう。

 佳代が欠席してくれたことに、正直なところほっとしている自分もいた。今の関係じゃ、佳代とどう目を合わせていいのか分からない。

 だが、いつか佳代と話し合わなければならなかった。

 佳代は、事件のことについて何か知っている。事件について追求したのがきっかけで、関係が最悪になってしまったのだ。

 佳代は何か隠している――そう直感したのは、昨日の佳代の態度に他ならなかった。きっと佳代は、姫島の死について少なからず何か知っている。そして、何故か隠し通そうとしている。洋輔を悩ませている疑問だった。

 他にも、気になることがある。館林が、すでに犯行動機を成立させようとしているところだった。姫島が受験絡みで殺されたというのは、あくまで可能性の一つであって、証拠も何もない今の状況では断定してはいけないはずなのだ。それなのに、館林はすでに決め付けているどころか、洋輔のその推理を最初から待っていたかのような対応をして見せた。

 裏に隠されている真相は、決してそんな単純ではないはずだ。館林のことも、洋輔は分からないでいた。

「瀬郷君」

 黙りこくっている洋輔に、山下は厳しい目つきを向けた。

 思考にふけっていた洋輔は我に返り、山下の目を見据える。瞳に、疑惑の色を浮かべていた。

 もし、姫島の事件について調べていると知られたら、おそらく山下はいい顔をしてくれないだろう。山下に限らず全職員は、姫島の死を蒸し返されたくはないはずだった。

 宝徳学園で、受験を苦に生徒が自殺したというだけでも世間からの批判は痛烈なものなのに、実は、その生徒は同級生によって受験のために殺されたと報道されたらどうなる。宝徳学園の株は大暴落してしまう。

 このまま終わってほしいというのが、この学園全員の者たちの願いであることは、容易に想像できる。

 想像できるだけに、これからしようとしていることに抵抗を少なからず感じており、複雑な心境でいた。

 佳代を泣かせた犯人を捕まえたいという気持ちは、揺らぐことはなかったが、真相を導き出したことによって、大勢の人たちが傷つくこともまた、洋輔は望んではいなかった。

 誰も傷つかずに犯人を暴き出すことは可能なのか。

 再び思考モードに入る洋輔だったが、山下はそれを許さない。

「私の質問に答えなさい」

 聞き分けの悪い子供に注意をするような口調だったため、洋輔は噴き出してしまいそうになった。

「君が何しようとしているのか分からないけれど、何であろうと私は反対だ」

 言葉とは裏腹に、まるで洋輔がこれからしようとしていることを見抜いているような言い方だった。

 心を無にして、山下に向かい合う。

「すみません、腹減っているんで」

 首を傾げる山下だったが、洋輔は続けた。

「お腹空いているので、もういいですか?」

 お腹の辺りをさすって、見事そのように見せた。本当は、これから館林と合流するのかという緊張もあって、空腹など微塵も感じていなかったのだが、この場を切り抜けるための最善の言い訳を考えた結果、このようになった。

 仕方なく山下は頷くと、言った。

「まあ、それだったら存分に食べなさい」

 心の中でガッツポーズをして、教室を出ようとすると山下は乱暴に肩を掴んで止めた。

「なんですか」

 腹立たしさを隠そうともせず、洋輔は声を荒げていった。山下も釣られて声を荒げる。

「幸い、午後は授業がないから明日の授業計画をしっかり確認していないさい」

 山下が、高校時代に嫌いだった教師に見えてきて、洋輔は思わず肩に置かれている手を振り払おうとしてしまった。

「いいね?」

 早くこの場を脱したと思っている洋輔は、適当に何度も頷いた。

「じゃあ、もう行っていいよ」

 手を離し、山下はため息混じりに言葉を発した。結局、聞く耳を持たない洋輔にこれ以上話しても無駄だと判断した、山下が折れる形となった。

「失礼します」

 感情のこもっていない礼をすると、洋輔は駆け足で三年一組の教室を飛び出していった。食堂では、館林が首を長くして待っていることだろう。約束の時間を、五分もオーバーしている。この事件を解決したいと切に願っている館林にとって、この五分を何時間にも感じているに違いない。そう思うと、胸が痛んだ。

 とりあえず今は、食堂に急ごう。

 その強い思いが、洋輔を走らせていた。


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