第十一章
気づけば、窓の外は夕焼けに包まれていた。
職員室で、感慨深げに夕焼けを眺めていると後ろから声をかけられた。
「なかなかよかったよ」
山下は隣に立ち、洋輔のほうは見ず言った。洋輔も、山下のほうへ目を向けなかった。
お互い、無言のまま窓の外に移る夕焼けを眺めていたが、沈黙が苦しいとは感じなかった。むしろ、心地よい気がした。
不思議な思いでいると、山下のほうから喋りかけてきた。
「一時間目は、どうやら気が散ったみたいで授業にならなかったが、それ以外はなかなかだった」
誉めてもらえたことに嬉しさは感じたものの、正直言うと、今日自分がどのような授業をしたのか思い出せなかった。
授業中、洋輔は他のことばかりを脳裏に思い浮かべていた。
事件のこととか、佳代のこととか。
ノートをただ黒板に写して、途中、ノートに書かれている解説を加えていただけだったため、端から見れば授業は成立しているように見えただろう。
明日もこんな感じになってしまうのだろうかと思いながら、洋輔は重いため息を吐いた。
「どうした? 疲れたか?」
「いえ、別に」
教師になるため教育実習に来たつもりだったのに、いつの間にか自分の中で、佳代を悲しませた犯人を見つけるため、教育実習を続けていることになっていた。
今更、軌道を修正しようとは思わないが、せめて一回だけでも、事件のことを忘れて授業をしてみたいものだと、しみじみ思った。
それはおそらく、事件を解決しなければ無理だろうと、洋輔は覚悟していた。
「最初はどうなるかと思っていた。けど、やればできるじゃないか」
山下は意外といい人なのかもしれない、そのような思いが芽生え始めた矢先、ポケットに入れてあった携帯が震えているのを察知した。
「あ、すいません」
頭を下げ、洋輔は職員室を出て携帯を開く。案の定、かけてきたのは館林だった。
「もしもし」
通話ボタンを押し、画面を耳に近づけて洋輔は言った。
「あ、瀬郷さん。どうですか、捜査のほうは?」
単刀直入すぎる言い方に苦笑しつつも、洋輔は自分の考えを話した。
「これってやっぱり、他殺ですよ」
「ほう」
興味深そうに耳を傾けている館林の姿が、自然と脳裏に浮かんでくる。洋輔は続けた。
「僕の推理では、犯人は宝徳学園の三年生の誰かです。彼らなら、学園トップの姫島君を自殺に見せかけて殺そうとする動機を、十分に持ち合わせていると、僕は思います」
「なるほど」
「宝徳学園の生徒たちは皆、勉強に人生を捧げている勢いです。姫島君は、進路の大きな妨げになるわけですよ。つまり、受験のために姫島君を殺した」
「素晴らしい!」
館林は、感嘆の声を上げた。
「素晴らしいですよ、瀬郷さん。まさに、その通りです」
「どういうことですか?」
館林の言い方には、断定的な響きがあった。まだあくまで仮説の段階で、そうは限らないはずなのに、刑事の館林はそれを信じて疑わない様子だった。
「それが答えなんですよ、瀬郷さん」
引っ掛かりを覚えたが、とくに突っ込むことはせず、洋輔は乗っかった。
「けど、容疑者はたくさんいることになりますね」
「そこが、この事件の最大の難関でしょう」
館林の言葉を聞き、洋輔はさらに不信感を募らせた。
電話越しでも伝わってくる――館林の、偽善的な微笑が。
何が洋輔にそう思わせているのか、答えはすでに出ていた。
だがそれを、洋輔はあえて口にしないでしばらくの間、館林の言動に耳を傾けることにしていた。
「きっと、容疑者を絞るための手がかりがあるかもしれません。私も折り合いを見て捜査に参加するので、瀬郷さんも頑張ってください」
生徒たちを抵抗なく容疑者扱いする館林に、非難めいた気持ちを抱いた。確かに自分もそのように考えているが、刑事が偏見だけで捜査をしていいものかどうか、疑問に思う。もう少し、慎重を期すべきではないのか。
館林も、洋輔に何か隠している。言動や考え方が、怪しすぎる。姫島の死について、教育実習生の洋輔の力を借りてまで捜査をするのは、姫島とは小さい頃に親交があったからだと勝手に解釈していたが、実は違うのかもしれない。実際、本人に確かめたわけではないのだから、まるで見当違いである可能性が高い。館林の発言を聞いている内に、そう思えてきた。
「それでは、また電話しますので」
言い終えると、こちらが何か返答する前に館林は通話を切った。まだ仕事は片付いていないということか。
勤務中にも関わらず電話をしてくる館林の行動は、十分怪しむ材料に値した。
携帯をポケットに入れると、洋輔は不意にやるべきことを思い出した。
「保健室だ……」
思わず声に出していた。
朝、決めていたはずだった。松平のもとへ行くことを。
倒れた原因を突き止めるために。
「じゃあ、私は帰るから」
言いながら、山下はカバンを片手に持ち職員室から出てきた。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げ、今日一日授業をサポートしてくれた先生に感謝の言葉を口にした。
「まだ一ヶ月もあるんだ。気長にやろう」
振り返らず、背中を向けながら言って、オレンジ色に包まれている廊下を歩く姿は、画になった。映画のワンシーンを見ている錯覚に陥った。
山下の姿が遠のいてから、見とれている場合じゃないということに気づいた。とにかく、保健室へ行かなくては。
洋輔は、気持ち駆け足で保健室に向かった。
「まだ、やっているよな……」
保健室のドアの前に着き、自分に言い聞かせるように独り言を呟いた。一見、電気は点いていないように見受けられる。松平はいるのだろうかという不安が、脳裏を掠めた。
ノックしてみるが、中から返事はなかった。やはり、不在なのか。期待していただけに、落胆も大きかった。
「開いている……」
一縷の望みをかけて引き戸に手をかけたところ、見事に動いた。鍵はかかっていないようだった。
小さくガッツポーズをし、引け目を感じ小声で失礼しますといいながら、そっと保健室に入った。
物音一つしない静けさは、洋輔の恐怖を募らせた。早くここを出て行きたいという衝動に駆られたが、今更引き返すことなどできるわけもなく、室内を見回すことにした。
初めて保健室を訪れた時とはまた、違った印象を受けた。あの日は気分が悪かったせいか、あまり周りを気にする余裕などなかったが、こうしてじっくり観察してみると、色々な発見に驚きを覚えた。
大きな棚に陳列されている薬品の種類の豊富さや、白を基調とした壁は、高校の保健室ではなく、大学の研究室を彷彿とさせた。
しばらく見学していると、視界に養護教諭準備室という札が飛び込んできた。洋輔の好奇心は、ここでいよいよピークに達する。
ドアの前まで来ると、深呼吸を何度か繰り返した。神経を張り詰めていたせいで、疲労が想像以上に蓄積されていた。頭がふらつく。深呼吸を繰り返すことで、何とかコントロールしようと試みたが、残念ながらあまり効果は現れなかった。
覚悟を決め、ドアノブに手をかける。幸いにも、このドアの鍵もかかっていなかった。松平の無用心さには、呆れ返ってしまった。何を考えているのだろう、あの人は。
ガチャ、という音とともにドアが開く。動悸が激しくなり、体外に漏れてしまっているのではないかと、一瞬心配した
養護教諭準備室は保健室と同じくらいの広さを誇っており、ベッドが置いていないという以外では、ほとんど保健室と同じ内装をしていた。
やはり、準備室にも松平の姿はなかった。松平は、鍵一つかけないで保健室を空けているということになる。すぐに戻るからかける必要がない、という考えからなのか。
色々と思考を巡らせていると、ある疑問が不意に脳裏を過ぎった。
そもそも、自分はどうしてここにいるのだろうか――。
まず念頭に置かなければならない問題だった。自分がここにいる理由。倒れた原因を突き止めるためだと、最初は信じていたが、考えてみると保健室に入ったところで、解決することでもないような気がしてきた。
原因は、薬にないのかもしれない。
もっと別の問題が、自分にあったとすれば。
ここまで来て意味がなかったと悟ると、口から大きなため息が自然と漏れた。松平が戻ってくるかもしれない可能性を考慮して、帰ろうとすると、後ろから人間ではない声が耳に飛び込んできた。
「え?」
思わず声が出てしまった。この声は、何だ。
恐る恐る辺りを見回すと、とくに不審なものは見受けられなかった。
気のせいか、胸中で呟いて今度こそ帰ろうとしたところに、また人間ではない声が、準備室に響いた。その声は、まるで助けを求めているかのようだった。
「なんだよ」
いよいよ不気味になった洋輔だったが、正体を突き止めたいという欲求を抑えることは出来ず、言いながら辺りを探り始めた。
すぐに答えは見つかった。ゴミ箱をあさると、ネズミが一匹、衰弱した状態で捨てられていたのだ。
「ネズミ……?」
上から覗き、洋輔は呟いた。他の書類と一緒になって捨てられているネズミは、哀れだった。
「どうして」
何故ネズミが、ゴミ箱に捨てられているのだ。しかも、衰弱しきった状態で。
まさか、松平がネズミを弱らせてゴミ箱に捨てたのか。
それ以外考えられない。松平以外、この部屋を使う者はいないのだから。
次に考えなければいけないのは、ネズミを弱らせてゴミ箱に捨てる理由だった。松平は、どんな思考回路をしているのだ。憤りを覚えるとともに、松平という人物に対し恐怖を抱いていた。
この部屋をあされば何か分かるかもしれない、そう信じて、洋輔は引き出しやら机を探る。もちろん、あとで帰ってきた松平にばれないよう、動かしたら所定の位置に戻すことを念頭に置いて。
「お」
薬品が陳列されている棚の引き出しを開けると、大量の資料の上に錠剤の入れるビンが見つかった。そのビンに、薬は入っていなかった。
洋輔の興味を駆り立てたのは、ビンに貼られているメモ用紙だった。細かな文字が、綴られている。
「吐き気を抑制する薬……」
呟くように、文字を読み上げた。吐き気を抑制する薬、ということは、あの日洋輔に飲ませた薬はこれだったのか。一粒も入っていないところを見ると、どうやらあれで最後だったらしい。
少し残念な気分に陥った。一粒でも残っていれば、知り合いの医学部を専攻しているやつに、薬の成分を調べてもらえたのに。
がっくりと肩を落とすと、ビンをもとの位置に戻して、今度は下の引き出しを開けた。
同じように、大量の資料の上に錠剤を入れるビンが置かれていた。中には、二つの錠剤が入っている。
洋輔の注意を惹いたのは、やはりビンに張られているメモ用紙だった。しかし、メモ用紙に書かれている文字が、洋輔に戦慄を与えた。
「実験……用」
心の底から振り絞り、文字を読み上げた。実験って、一体何のことだ。松平は、準備室で一体何をしているのだ。
と、ここで先ほど見た光景を思い出す。
衰弱して捨てられていたネズミと、実験という文字が見事に結びついた。
つまり松平は、この準備室で動物実験を密かに行っていたのだ。実験台は、あのネズミだ。
途端に、背筋に悪寒が走る。松平に対する恐怖が、いっそう強まった。自分の倒れた原因を探ろうと忍び込んだが、思いがけず松平の秘密を知る結果となってしまった。
松平に見つかったら、どうなるだろうか。潔く罪を認めてくれるだろうか。それとも、二度と口の利けない体にされてしまうだろうか。
色々な不安が脳裏を駆け巡り、しばらくして脳が洋輔に訴えかけた。
逃げろ――と。
刹那、洋輔は実験用の錠剤が入った薬を開けたままの引き出しに放り投げて、駆けていた。今、洋輔を支配しているのは恐怖以外の何物でもなかった。
ドアを乱暴に閉め、保健室を脱出するのにもう少しというところで、なんと松平が帰ってきてしまったのだ。
松平を見た瞬間、額に冷や汗がにじみ出てきて、スーツの下に着ているワイシャツに汗がたっぷりと染み込む気持ち悪さを感じた。
「あれ、瀬郷君」
何も知らない松平は、どうしたの、というような軽い感じで言ってきた。
「松平先生……」
今にも泣きそうな表情で言う洋輔に、ただ事ならぬ事態を察したのか、真剣な面持ちで松平は問うた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
口を噤む洋輔に、松平は首を傾げた。
「何なの、何があったの?」
口元をほころばせて言う松平だったが、瞳は笑っていなかった。
「いえ、何でもありません」
「何でもあるでしょう」
膝を震わせ、時期に似合わず大量の汗を流している洋輔を見れば、誰でも何かあったのではないかと心配する。
早くここを脱出したい洋輔は、頭を下げて強引に保健室を出ようとした。
「ねえ、ちょっと」
何をしていたのか話さず出て行こうとする洋輔を、松平は手を伸ばして呼び止めた。
「理由があって、ここを訪ねてきたんじゃないの?」
その理由を話すわけにもいかず困惑していると、別の質問をされ、ますます泣きたい衝動に駆られた。
「ここで、何していたの?」
優しく問いかける松平だったが、忍び込んでいたことを叱責する響きが含まれていた。
「いえ、べつに」
答えず、洋輔は走って保健室を脱出しようとすると、今度は腕をがっちりと掴まれてしまった。
「君に質問がある」
「は?」
ほぼ泣き声に近い口調で言うと、松平は少し表情を和らげて訊いてきた。
「最近、君が電話をしている姿を目撃しているが……」
「それが、何か?」
「電話の相手は、なんていう男だい?」
答えるわけにはいかず返答に窮していると、松平はじれったそうに言った。
「姫島君が飛び降りたときにやってきた刑事だよね? 名前は、館林かな」
「館林刑事を知っているんですか?」
思わず自白めいた言葉を出してしまったが、衝撃が大きかったせいで、気にしている余裕などなかった。
「さあ、どうだろうね?」
何か企みを含んでいるような笑みを浮かべ松平は言った後、ゆっくりと手の力を緩め、離した。
捕まれていた手を離されても、洋輔はこの場から立ち去ろうという気は不思議と起こらなかった。何故松平は、洋輔の電話の相手が館林だということを見抜いたのだろうか――その疑問が頭に引っかかり、この場に留まらせていた。
「やはりな……やつは……」
一人納得顔で呟いているのを、洋輔は静かに見守っていたが、やがて松平は顔を上げると言った。
「用がなければ、私は行くけど」
洋輔は軽く頭を下げて、逃げるようにして去っていった。
色々な問題が急に浮上してきて、洋輔の頭はすでにパニック寸前だった。
まずは、松平が動物実験をしていたことについてだ。
松平は、危険な男だ。あの笑みの下には、残虐な表情が隠されているに違いない。
準備室で動物実験していたことを、告発するかと一瞬考えたがすぐに打ち消した。場所が場所だけに、松平は、細心の注意を払って動物実験を行っているはずだ。洋輔がさきほど準備室に忍び込んだことも、何かの拍子で気づくだろう。気づいた松平は、証拠を隠滅しようとするに違いない。そうなった場合、告発したところで証拠がない以上、松平は罪に問われることはない。不利な立場になるのは、洋輔のほうだった。告発するとなると必然的に、準備室に忍び込んだことを告白しなければいけない。動物実験のした痕跡が残されていればまだ何とかなると思うが、消された後で何も見つからないと、どうして準備室に忍び込んだのか問われるに決まっている。松平からも、告発したことで報復される可能性があった。
走りながら思考を巡らせていると、ふとある考えが洋輔の頭の中に芽生えた。
自分が倒れた原因もあの薬にあるのではないかと。
松平が自分に、動物実験用の薬を飲ませたとしたら、辻褄が合う。気分が悪くなって倒れたことも、無意識のうちに暴れたことも、体の中から発見された微量の薬の正体が不明だったことも。微量だったという理由もあるだろうが、松平がオリジナルで調合した薬であったから、医者も何の薬なのか分からなかったのだろう、と解釈した。
しかし、松平が自分に動物実験用の薬を飲ませたとして、その理由が判然としない。松平に、初対面の洋輔を陥れる動機が全く見当たらないのだ。
そこは本人に確認する以外、知る方法はない。幸いにも、こちらは松平の弱みを握っている。動物実験のことをちらつかせれば、松平は自分に告白してくれるかもしれないという期待を、洋輔は抱いていた。
次に、洋輔が館林と接触しているのを見抜いていたことについてだ。
当てずっぽうで言っているとは、到底思えない。何より、どうして館林のことを知っていたのか、洋輔は疑問に思った。食堂に集められた中に、松平は確かいなかったはずである。
何もかもが謎だらけで、泣きたい気分だった。
必死に頭を働かせている最中、ポケットが震えているのに気づき、おかげで思考に集中していた意識が現実へと引き戻され、立ち止まった。しっかりと前を見据えると、突き当りであることに気づいた。危うく壁に激突するところだったのだ。
携帯を取り出し、画面を開く。着信を入れてきたのは、館林だった。さきほど電話で話したばかりなのにと、うんざりした気持ちで、電話に出る。
「もしもし」
露骨に不機嫌な口調になってしまったことを、若干反省した。
「あ、瀬郷さん」
館林は、洋輔の不機嫌な口調を気に留めることなく、高ぶった口調で言った。
「明日、私も捜査に参加します」
唐突な話だった。館林が合流するのに大分時間を要すると予想していただけに、困惑も大きく、素直に喜ぶことが出来ずにいた。
「でも、大丈夫なんですか?」
恐る恐る訊くと、嬉しそうな館林の声が聞こえてきた。
「ええ。心配には及びません」
「そうですかぁ」
ため息混じりに発した。館林がどのような手段を用いて時間を作ったのか、あまり想像したくなかった。
「瀬郷さんの推理、非常に興味深く聞かせていただきました」
つい一時間ほど前のことを言っているのだろう。洋輔は、姫島が受験のために自殺と見せかけて殺されたと推理し、それを館林に話した。館林は、まるでその言葉を待ち望んでいたかのような態度を示した。
不自然――。
一瞬、その単語が脳裏を過ぎる。
「ここまで分かっているのであれば、ゴールは間近です。頑張りましょう」
受験を理由で殺されたと、館林は断定している様子だ。洋輔もその可能性は高いと思うが、断定の域までは達していない。考え方の微妙なずれが、疑惑を徐々に募らせていた。
「明日、瀬郷さんは何時間目に授業が入っていますか?」
「えっと……確か、一時間目と四時間目です」
「そうですか。では、明日の昼休みに学校のほうへお伺いします」
「昼休みですか」
ため息混じりに洋輔は言った。急すぎる展開に、不快感を露にする。ベテラン刑事特有なのか、そんな態度に館林は臆することもなかった。
「大丈夫ですよね」
館林の口調には強引に自分の意見を押し通す勢いがあり、洋輔としてはあまりにも唐突なため若干不満を持っていたが、それでも捜査に合流してくれることは嬉しいことであるのは間違いないので、はいと返事をした。
ようやく、館林と捜査をすることができる。
事件は、上手くいけば終結するかもしれないという期待を抱かずにはいられなかった。
だが、その一方でこの事件はそんな単純なものではないと考えている自分もいる。そのことに当惑し、思考を必死に巡らせる。
「それじゃあ、また明日。学校で会いましょう」
言って、館林は洋輔の言葉を待たずに電話を切った。そのことから、本人が一番捜査に乗り気であることが窺えた。口調からも、それは十二分に伝わってくる。
「明日、か」
天井を仰ぎ呟くと、洋輔は重苦しいため息をついた。
そんな簡単に、この事件を片付けてはいけない――。
受験のために姫島は殺されたと館林に話したのは自分であったが、改めて思い返すと、そうではないような気がしてならなかった。
この事件の裏には、もっと大きな思惑があるに違いない。
根拠のない想像を無責任に思い浮かべるが、そうしたところで、事件の真相など導き出せるわけがなかった。
洋輔に出来ることはただ一つ。
事件が解決されるまでの経過を、見守り続けることだ。
自分の無力さに自嘲気味の笑みを浮かべ、洋輔は職員室へ戻った