第十章
洋輔は、煮え切らない気持ちを抱え食堂を出て、一階まで駆け下りて行った。食堂があるのは二階だ。
洋輔が向かっているのは、保健室だった。自分が倒れた原因を探るため、保健室に立ち寄ることを決めたのだった。
昼休み終了まで、残り五分を切った。五時間目に授業を控えているので、着いてすぐ予鈴が鳴ってしまうだろうが、構わなかった。松平と放課後、保健室で話す約束を取り付けるのが、洋輔の目的だった。
保健室から少し離れた場所に立ち、その場で深呼吸をした。松平と会うことに、緊張を抱いている自分がいた。
一歩ずつ、慎重に歩みを進めようとした矢先、保健室から一人の生徒が姿を現し、とっさに背中を向けた。生徒は、洋輔の方を見ずに反対方向へ駆けていった。
生徒の走る音が遠ざかったのを確認して、洋輔はゆっくり振り返った。
一瞬だが、生徒の顔を見た洋輔は、どこか引っかかりを覚えていた。
どこかで見た顔だった。しかし、なかなか思いだせずにいた。片隅に眠っている記憶を探り寄せてはみるが、やはり無理だった。
洋輔が必死に生徒の顔を思い出そうとしていると、昼休みの終了を告げるチャイムが校内に鳴り響き、洋輔は思考を停止させ、諦めて授業を行う教室まで戻ることにした。