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ヴィムの旅するハンチング  作者: 空丘ジル


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9/12

事件の顛末と後悔と

 五日目の朝、レストレード警部が訪ねて来て、ぼくたちは事件のあらましを聞くことができた。

「いやあ、お見事、お見事」

警部はご機嫌だ。

「あの大男は、殺された東洋人と共謀して、子供の人身売買を考えていたようです」

ぼくはその言葉のおぞましさに鳥肌が立った。

「まずあの男が子供をさらって麻袋に入れ、それを仲間に引き渡す。あの東洋人のことですなあ。東洋人はその子供を監禁場所に連れて行く。東洋人は自国のマフィアに通じていて、その組織に子供たちを売る計画になっていたようです。始めは上手くいっていたようですが、そのうち剣吞な雰囲気になってきた。なにしろ、マフィアだの、あの乱暴な大男だの、恐ろし気な連中ばかりです。いつどんな目にあうか分からない。」

警部は、ここで紅茶をひとくち飲んだ。

「あの見張りの男によると、東洋人はひどくあの大男を恐れていた。子供の監禁場所を教えてしまうと、不要になった自分は消されると思ったのでしょうなあ。そういうわけで、東洋人は、監禁場所を大男には秘密にしておいた。大男のほうでは、監禁場所を秘密にされたことで、もしかしたら、東洋人はマフィアと組んで、自分を裏切るのでは、と思った。疑心暗鬼というやつですなあ。お互いに疑いあっているので、変な雰囲気になる。殺される前に殺してやれ、と考え始める」

警部はここで大きなため息をついた。そこにハドスン夫人が焼きたてのビスケットを持ってくる。警部はそれに手を伸ばし、ひとくちかじり、旨い、と呟いた。

「あの暗号ですがね、東洋人の妻によると、家族で作った、いわばゲームだそうです。妻は、『こんなひどいことに、あの楽しいゲームを使うなんて』と泣きながら憤慨しておりました。思うに、東洋人は万が一、自分が殺された場合、子供たちの監禁場所を妻に託そうとしていたのではないでしょうか。それがどういう意図を持つのかは分かりませんが。妻が自分に代わってマフィアと取引するか、あるいは、子供たちを解放するか。後者であったことを望みますが」

ホームズさんはここで初めて口を挟んだ。

「恐らくは後者でしょうね。前者は危険すぎますし、東洋人は自分の悪事を妻にはひた隠しにしていたのでしょう?」

「ええ」

警部はうなずいた。


その日の午後、ウィギンスがやって来た。少し様子がおかしい。しかし、しばらくすると、意を決したようにうなずいて、ヴィムを真っ直ぐに見て言った。

「ぼく、いえ、わたしは、ヴィム博士にお話があります」

ヴィムは、何度もうなずいて言った。

「やはり、そうでしたか。そういう気がしていたのです」

ウィギンスはヴィムの前に跪いて話し始めた。

「博士、お久しぶりです。お察しの通り、わたしは、博士の一番弟子の生まれ変わりです」

ヴィムは再びうなずいた。みんな言葉もなく、見守っている。

「博士が亡くなったのを知り、自分の浅はかさを悔やみました。何もご相談せずに勝手に行動した愚かさをお許しください」

「すべてを話してくれますか?」

「はい。博士はわたしに姉がいたのを覚えていらっしゃいますか?」

「ええ、よく研究室に差し入れしてくださった」

「はい、その姉です。姉には恋人がいました。たちの悪いおとこです。姉はその男にそそのかされて、博士の研究成果を盗んでしまったのです。わたしは、姉の様子からそのことに気が付きました。しかし、幼いころからかわいがってくれた姉を、どうしても警察に突き出せませんでした。それで、どうにかして研究成果を取り戻そうと思いました。

わたしは、その男を問い詰めました。そして、どういう組織にそれが渡ったかを突き止めました。我々と同じく研究組織ではありましたが、黒い噂の絶えないところでした。わたしは、博士のもとを離れ、その組織に入りました。研究成果を取り戻すために」

「最後に君を見たのが、その組織にいるところでした。あれは、ええ、すさまじい雷鳴の轟く日でしたね」

ぼくは気付いた。ひどい雷の日に絶望したことが重なって、二つが絡み合い、ヴィムのなかで、雷はひどく恐ろしく、忌まわしいものになってしまったのだ。

「博士。博士が亡くなったという知らせを受けて、わたしは博士の研究所に走りました。みんながわたしを疑っているなか、おひとりで『そんなことは在り得ない』とおっしゃって下さったというのを聞きました。そして、わたしが、あの研究所に出入りしているのをご覧になり、絶望されたと知らされました」

「わたしが・・・わたしが愚かだったのです。君がわたしを裏切るなどありえないと言いつつ、最後まで信じきれていなかったのです。君があの研究所にいたのを目にしただけで、裏切られたと思い込んでしまった」

「いえ、わたしがすぐにでも打ち明ければよかったのです。そうすれば、あんなことにならなかった」

「いいえ」

ヴィムが言った。

「わたしが犬の姿で畜生道に生まれ変わったのは、君を恨んで死んだからでしょう。わたしの醜い心根がそうさせたのです。いったんは君を信じると口にしておきながら。君には、謝っても謝り切れない。どうか、許してください」

「博士、どうか頭を上げてください。わたしに謝らないでください。悪いのは、わたしなのですから」

ふたりは抱き合って、オイオイ泣いた。ぼくたちは、そっと見守り続けた。

ふたりはしばらく泣き続け、やっと顔を上げたときには、ひどい姿だった。ウィギンスは真っ赤に目を腫らし、ヴィムは涙で、顔じゅうの毛がべたべただったのだ。しかし、ふたりともとても晴れやかな顔をしていた。


そしてその夜、ぼくたちはホームズさんに、明後日に帰ろうと思うと告げた。申し訳ないことに、ずいぶんと長居してしまった。それに、ハンチングも取り戻したし、誘拐事件も解決した。さらには、ヴィムの長年の辛い経験も払しょくされた。もう思い残すことはない。ホームズさんはさみしそうな顔をして、

「事件、事件で忙しかったね。明日はロンドン観光でもするかね」

と言った。


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