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ヴィムの旅するハンチング  作者: 空丘ジル


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8/12

大男との対決

 ぼくたちのいる場所は、みんなからは死角になっていた。だから、誰もこの危機的状況に気が付かない。男はすぐ目の前だ。ぼくはクリスをしっかり抱きしめた。何があっても、最後までかばうつもりだ。でも、ああ、もう駄目だ、やられる!

そのとき、声がした。

「あの部屋へ戻ってくださいっ!」

ヴィムの声だ。そうだ、ぼくは思った。あの部屋へ戻りたい、あのホームズさんの部屋へ。

 その瞬間、ぼくとクリスはホームズさんの部屋へ戻っていた。クリスは腰が抜けたようにフニャフニャと崩れ落ちた。ぼくはクリスをハドスン夫人にあずけて、急いで質屋へ戻った。ヴィムが、ホームズさんが、みんなが危ない。

 

 質屋の前では、あのひげの大男は周りをぐるりと遊撃隊の少年たちにとり囲まれていた。ヴィムが知らせたようだ。しかし、なかなか男に近づけない。ナイフを手にした大男なのだ。少年たちには危険すぎる。そこへ異変に気が付いたホームズさんが店から出てきた。ぼくは叫んだ。

「ホームズさん、あの男、誘拐事件の犯人の一人です!」

ホームズさんは、はっとして、ポケットを探った。武器をなにも持っていないのを思い出して悔しそうだ。ただのひったくり犯に武器はいらないと、用意してこなかったのだろう。

大男は周りをとり囲まれていたけれど、そのほとんどは子供で、自分はナイフを持っているからと、余裕のいやらしいニヤニヤ笑いを浮かべ、来られるものなら来てみろとばかりに、威嚇するように、また、嘲笑うかのようにナイフを振り回していた。


 その時、雨が一滴ぽつんとぼくの頭を打った。

ぼくは空を見上げた。すぐにでも大降りになりそうな分厚い雨雲が上空を覆っていく。風もさらに強く吹き始めた。雷になるとまずいぞ、とぼくは思った。ヴィムはひどい雷恐怖症なのだ。暴れだしかねない。リュックを開けて、リードを探したが、見つからない。どうやら、忘れてきたようだ。仕方ない、代わりにこれを使おうと、防災用ロープを取り出した。そのロープの端のカラビナをヴィムの首輪に付けておく。ヴィムはちらっとぼくを見たけれど、何も言わなかった。


 ホームズさんは男と向かい合っている。しかし、二人とも一歩も動かない。ホームズさんは両腕をⅤ字に上げ、手首だけを前に曲げ、右ひざを高く上げておかしなポーズをとっている。しかし、この拳法もどきのおかしな恰好が男をひるませて、動けなくしているらしかった。 

雨はぽつぽつから、しとしと、そしてざあざあと勢いを増した。みんなびしょぬれだ。

ずぶぬれの男の顔はひどく残忍で陰惨に見えた。まるで動いていないのに、ハアハアと荒い息をしている。群れを追われた荒ぶる獣のようだった。

「クシャン」

と、ひとりの小さな男の子が小さくくしゃみを見た。男はそれに反応を示した。ダッと走り寄って、その子の襟首をつかみ、高くぶら下げたのだ。男の子は足をバタバタさせて苦しがっている。ぼくたちは一歩も動けなかった。


そのとき空にピカッ!と稲妻が光った。ヴィムは「ひえっ」と言って、ガタガタ震え始めた。ぼくはヴィムをしっかりと抱いて、大丈夫だよ、大丈夫だよと囁きかけた。

ゴロゴロ!と雷が鳴ると、ヴィムは暴れ始めた。ぼくは必死にしがみついた。

ドーン!とものすごい音で何処か程近くに雷が落ちたとき、ヴィムはとうとう僕の腕からもがき出て、跳び降りた。ぼくはロープの端をしっかり握った。ヴィムは我を忘れて走る、走る、走る、走る。ぐるぐるぐるぐる円を描いて走り続ける。少年たちはさっとよける。


「うわっ、やめろ、やめろ」

男が叫んだ。ヴィムについたロープが円の中心にいる男の足元をぐるぐると巻いていた。男はナイフを手放し、男の子を放りだして、足元のロープを外そうとする。そこをヴィムがまた走るので、腕と脚とが全部一緒にぐるぐるまきになって、男はとうとうバランスを崩し、横にドスンと倒れてしまった。少年たちは男に駆け寄り、そのまま縛り上げた。つかまっていた男の子は自分で立ち上がって、縛られている男の頭をひとつポカンと殴った。

「いやあ、なんとも頼もしいねえ」

ホームズさんは何ともうれしそうな顔をしている。

そこへ店主が顔を出した。

「あ、この人ですよ、うちにハンチングを持ち込んだのは。あんたねえ、もう悪いことはやめなさいよ、こんなにぐるぐる巻きにされちゃって」


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