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ヴィムの旅するハンチング  作者: 空丘ジル


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5/12

暗号を解け!

「これは・・・」

ぼくはその写真に絶句した。意外なものが写っていた。

「うん、君たちの使う漢字というやつでは?」

「はい」

そうなのだ、その写真に写っているのは、びっしりこのように漢字が書き綴られた紙だ。


旅館寒灯独不眠

客心何事転凄然

故郷今夜思千里

霜鬢明朝又一年

十里黄巳白日大

北風吹雁雪紛紛

莫愁前路無知己

天下誰人不識君

岐王宅裏尋常見

崔九堂前幾度聞

正是江南好風景

落花時節又逢申

走馬西来欲到天

辞家見辰両回円

今夜不知寅卯未

平沙万里絶人煙

猿啼客散暮江頭

人自傷心水自流

同作逐臣戌更遠

青山万里子酉亥

春城無処不飛花

寒食東風御午斜

日暮漢丑宮蝋燭

青煙散入五侯家

月落烏啼霜満天

江楓漁火対愁眠


「これはあの誘拐事件の関係者と思われる人物が持っていたものだ。すでに話した通り、手がかりがほとんどなくてね」

「その関係者は何と言っているのですか?」

「うん、それがねえ・・・」

ホームズさんは顔を暗くした。

「その男は昨日、遺体で見つかったのだよ」

ぼくはどきりとした。レストレード警部が来たのはその件だったのだ。

「このひと月ですでに、分かっているだけで、十六人の子供たちが行方不明になっているのだ。攫われたのかどうかさえ分からない。ただ、子供たちが行方不明になったとされる日の夜に、動く大きな麻袋を抱えた男を見たという目撃証言が複数あった。スコットランドヤードはその男の行方を必死で追った。しかし、」

「それが遺体で見つかった男なんですね」

「ああ、そういうことだ」

「殺されていたのですね?」

ホームズさんはうなずき、「間違いなく他殺だ」と言った。

「そして、唯一の手掛かりがこの紙。ホームズさんはこれ、暗号だと思っているのでは?」

「うん、そうなのだ。しかし、この漢字の羅列だろう。我々英国人が解くには、一苦労というわけだ」

「ちょっと、お時間をいただけますか。しばらく考えてみます」

「ありがとう。小さなヒントでもいいのだ。健闘を祈るよ」

「ところでその殺されていた男ですが、漢字を使っているということは外国人だったのですか?」

「そう、東洋人なのだよ」


 ぼくは部屋に戻り、その写真を眺めて思った。暗号なんて、ぼくに解けるのだろうか。自信は無いながらも、よくよくそれを眺めてみる。一行目の「旅館寒灯独不眠」は、何となく意味が分かってしまう。「旅館が寒くて眠れないよ」みたいな意味ではないだろうか。 とはいえ、あとはよく分からない。本当に暗号なのだろうか。もし、暗号だとしたら、一体どうやって解けばいいのだろう。

まず思い浮かべたのは、江戸川乱歩の『二銭銅貨』だ。漢字の羅列を使った暗号が出てくる探偵小説だ。乱歩のデビュー作だったと思う。『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』とたくさん書き連ねた暗号だった。ぼくはその暗号になるほどなあと感心しながら読んだものだった。

しかし、この写真の暗号には、もっと多くの漢字が使われている。一行に七文字の漢字で二十六行。一体どうやって解くのだろう。そのとき急にあることに気が付き、心臓がどくどくと音を立てた。なぜ?と言う思いと、偶然に決まってるという思いがぼくの中でせめぎあう。ぼくはこのことは少しの間、黙っておこうと思った。


 トントントン、とドアがノックされたとき、ぼくはギクッとなった。ドアを開けるとホームズさんが立っていた。

「調子はどうだい?」

「すみません・・・まだよく分かりません」

「実は、わたしの友人にも尋ねてみようと思ってね。彼も日本人なのだよ。今から一緒に訪ねてみないかい?」

「はい、ご一緒します」

ぼくは、ハドスン夫人が持ってきてくれた服に着替えた。それは、こちらの少年たちがよく来ている白いシャツと膝丈のズボンで、どうやらハドスン夫人は、ぼくは服さえもひったくり、というか、追いはぎにあい、下着で歩き回っていたと思っているらしかった。ぼくの着ていたTシャツや短パンは、こちらのひとには、どうやら下着に見えるらしかった。なんて恥ずかしいのだろう。

そして、ホームズさんとぼくは、辻馬車でクラパム・コモンというところに住むその友人を訪ねた。


「こちらは、キンさんだよ。」

ホームズさんはそう言って彼を紹介した。

「こちらの少年はモモタ。縁あって、わたしのところで、しばらく預かることになったのだ」

とホームズさんがぼくをきんさんに紹介した。

短髪で大きな口ひげをたくわえた優しい風貌のその日本人はどうも、とにこやかに言って、ぼくに手を差し出してくれた。ぼくは急いで手を差し出してぺこりと挨拶をした。異国で会った日本人だからだろうか、ぼくはなんだか懐かしい心持ちになった。

「キン、わたしたちが今日、多忙な君を不本意ながらお邪魔したのには、のっぴきならない訳がある。これのためなのだ」

とホームズさんは、あの写真を差し出した。

「これはどうも暗号だと思われるのだ。これを解読するのを手伝ってくれないだろうか。これは連続子供誘拐事件を解明するヒントかもしれない」

キンさんは、どれどれと写真を受け取り、

「これは暗号などではないよ、七言絶句という形式の漢詩、つまりしんの古いポエムだね。一行七文字の四行で作るのだ。これには、七言絶句がいくつか書かれているようだね」

と言った。

ぼくはあっと思った。ぼくが『旅館が寒くて眠れないよ』と解釈したのは、あながち間違っていないかもしれない。四行か・・・あれっ?

「待ってください、この暗号は二十六行なのです。一つの詩が四行だとすると、二行足りません」

「あれ、本当だね。この最後の詩は、張継というひとの有名な作なのだけれど、始めの二行のみだね。残りは書き忘れたというわけか」

キンさんがそう言うと、ホームズさんが言った。

「あるいは、意図して」

「意図してだって?」

「うん、四行の詩を二行切ってまで二十六行にした。ということは、二十六と言う数字に意味があるのかもしれない」

ぼくは二十六という数字に何も思いつかない。しかし、ホームズさんとキンさんは顔を見合わせてうなずきあっている。

「二十六といえば、アルファベットの数さ」

ホームズさんはニコリとして言った。漢字の羅列にアルファベットの数、二十六。なんだかもっと複雑になってきた。じっと写真を見つめて考える。ぼくはあのことを言うべきかどうか悩んでいた。

グーッ!!!

いきなりすさまじい音がした。ぼくは思わずおなかを押さえた。

「ご、ごめんなさい」

ふたりは笑って、「そろそろ夕飯時だね」とホームズさんが言った。


 ぼくたちは、レストランに行くことにした。その前にヴィムの様子を見に行く。

「あーもう、連れて帰っていいですよ。元気で暴れまわっていますから」

と獣医さんが言うので、ぼくはひと安心した。

ヴィムは「やれやれ、ひどい目にあった」と言った。キンさんは、しゃべる犬を見るのは初めてだと、とても面白がった。

やがて『シンプソンズ』というレストランに着くと、ホームズさんはローストビーフ、キンさんは一ポンドのステーキを注文した。ぼくは半ポンドにしておいた。

「わたしもステーキを一ポンド」

とヴィムがすまして言うので、みんなで止めた。

「獣医さんが『消化のいいものを』って言っていたでしょ」

とぼくが言うので、ヴィムはしぶしぶ諦めた。ホームズさんが、じゃがいもとチキンとキャベツの茹でたものを注文してくれた。ヴィムは

「次はきっとステーキを食べてやることにしましょう。帰ったら、寿司だって食べてやりましょう」

と一人でぶつぶつ言っていた。

そして再びぼくたちは、暗号の話に戻る。ぼくは意を決して言った。

「あのう、これ、関係ないとは思うのですが」

みんながぼくを見る。

「この十行目の青山万里子ってやつ。ぼくの母の名前なのです」

ぼくはどきどきした。お母さんが誘拐犯だと疑われたらどうしよう。そんなことあり得ないのに。

キンさんがそれを見て、顎をさすりながら言った。

「これ、おかしいなあ、うん、なんか変だぞ」

「わたしにも見せてください」

ヴィムがそういうので写真を渡すと、

「ああ、これ、正しくはこうです」

ヴィムは、目を閉じてうっとりと詩を詠うように口にする。

猿啼き客散ず 暮江の頭

人自ずから心を傷ましめ 水自ずから流る

同じく逐臣と作りて 君更に遠し

青山万里 一孤舟

キンさんもその通りだとうなずく。ぼくはヴィムの知識の深さに舌を巻いた。

ぼくたちは、そのおかしな個所をじっと見つめた。

正しくは、青山万里一孤舟。ここには、青山万里子酉亥とある。

「つまり、『子酉亥』の部分が変なのだね」

とホームズさん。

「これって、十二支に使われている漢字ですね」

とぼく。

「ほかにも十二支の漢字があるね。ここに申」

とキンさん。

「辰や寅もありますね」

といつの間にかぼくのひざに乗っているヴィム。

キンさんは十二支とは何かをホームズさんに説明した。ホームズさんはうんうんとうなずき、

「なるほど、つまりこれらの漢字は年や時間、つまり数字に変換できるのだね」

と言った。そして、手帳を取り出し、なにやら書き始めた。そして、そのページを破ると、ぼくたちに見せた。それは単に番号をこのように書いたものだった。

--------------------------------------------------------------

1.

2.

3.

4.

5.

6.

7.

8.

9.

10.

11.

12.

13.

14.

15.

16.

17.

18.

19.

20.

21.

22.

23.

24.

25.

26.

--------------------------------------------------------------


次にホームズさんは、ぼくに

「これに、先ほどの十二支の漢字だけを、その行の下に書き入れてくれないかい」

と言った。

ぼくは考えながら漢字を書き入れた。「巳」という漢字があるのは五行目なので、5の番号のところへ。「申」は十二行目なので、12番のところへ。全部書き込むと、次のようになった。

--------------------------------------------------------------

1.

2.

3.

4.

5.  巳

6.

7.

8.

9.

10.

11.

12. 申

13.

14. 辰

15. 寅卯未  

16.

17.

18.

19. 戌

20. 子酉亥

21.

22. 午

23. 丑

24.

25.

26.

--------------------------------------------------------------


ホームズさんはこれを見て、いいぞいいぞとうなずいた。

「次にこの漢字のとなりに、十二支の順番の数字を書き入れてみてくれないかい」

ぼくは子のとなりに1を、丑のとなりに2を、という具合に数字を書き入れていった。それがこれだ。

--------------------------------------------------------------

1.

2.

3.

4.

5.  巳6

6.

7.

8.

9.

10.

11.

12. 申9

13.

14. 辰5

15. 寅3 卯4 未8

16.

17.

18.

19. 戌11

20. 子1 酉10 亥12

21.

22. 午7

23. 丑2

24.

25.

26.

--------------------------------------------------------------


ホームズさんはこれを見て、満足そうに微笑み、番号を消して、代わりにアルファベットを書き入れた。

--------------------------------------------------------------

A.

B.

C.

D.

E.  巳6

F.

G.

H.

I.

J.

K.

L. 申9

M.

N. 辰5

O. 寅3 卯4 未8

P.

Q.

R.

S. 戌11

T. 子1 酉10 亥12

U.

V. 午7

W. 丑2

X.

Y.

Z.

--------------------------------------------------------------


そのメモを見て、ぼくはさっと顔を上げた。分かってしまったかもしれない。

ホームズさんは、ぼくにうなずきかけて聞いた。

「最後の仕上げをやるかい?」

ぼくは、ホームズさんからそのメモを受け取り、漢字を消した。それがこれになる。

--------------------------------------------------------------

A.

B.

C.

D.

E.  6

F.

G.

H.

I.

J.

K.

L. 9

M.

N. 5

O. 3 4 8

P.

Q.

R.

S. 11

T. 1 10 12

U.

V. 7

W. 2

X.

Y.

Z.

--------------------------------------------------------------


そして、このメモを使って、最後はアルファベットを並べ替えた。つまり、一番初めの「1」はTの行にあるから、Tと書く。

「2」はWの行にあるから、Wと書く。最後までこれを続けると、こうなった。

TWOONEVOLTST

ぼくは首をひねった。どういう意味なのだろう。

ホームズさんは、「ふむ、なるほど」と言って、これにスペースを書き足して、こう直した。

TWO ONE VOLT ST

ぼくたちは顔を見合わせた。ホームズさんが言った。

「TWOは2、 ONEは1,VOLTはそのままヴォルト、 STはストリートの略語。つまりこれは、「ヴォルト通り二十一番地」だね。ここからそう遠くなさそうだ。さっそく様子を探りに行くとするか」


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