また逢う日まで
七日目の朝。お世話になった人たちに、もう一度会ってお礼を言いたいなあと思っていると、ワトスンさんが、往診の前に寄ってくれた。
「ひざの手当てをありがとうございました。あと、お部屋も貸してもらってすみません」
「いやいや、あの部屋はぼくが使っていたというだけで、もうぼくが住んでいるわけじゃないからね。ホームズを手伝ってくれたそうだね。どうもありがとう」
ぼくたちはしっかりと握手をした。ワトスンさんはゆったりとホームズさんのとなりの椅子に腰かけた。二人でいるのはやっぱり絵になるなあと思う。
遊撃隊の少年たちも来てくれた。みんな口々に言う。
「とっても面白かったぜ」
「また来いよ」
「たのしかったね」
「ヴィム、すごかったな」
「元気でね」
などなど。クリスはぼくに抱きついて、もう泣き出しそうだ。
質屋の店主のおじさんもプレゼントを抱えて来てくれた。
「はい、うちの店のもので悪いのだけれど」
と照れながら渡してくれたのは、大きなビッグ・ベンの置物だ。
「ありがとうございます。大切にします」
キンさんも来てくれた。
「気を付けてお帰りよ。長い船旅だからねえ」
「キンさんは、こちらに来るとき、何日かかったのですか?」
「九月八日に横浜港を出港して、十月二十八日にロンドンに着いたのだ」
「うわっ、大変ですね。お帰りの際は、どうかご無事で」
「うん、ありがとう。あれっ、こちらが見送りに来たのだがなあ」
ぼくたちは、アハハと明るく笑った。キンさんは言った。
「ぼくはね、君のホームズやほかの英国人たちと交流する姿に感銘を受けたのだよ」
ぼくは驚いて言葉に詰まった。
「ぼくは一人で拗ねて、被害者になった気分でいたのだよ。昨日は変なことを言ってしまったね。気にしないでくれるかい?」
ぼくはうなずいた。
「ところで、ヴィムは何という種類の犬なのかい? ぼくも日本に帰ったら、彼のような犬を飼いたいなあ」
ぼくは少し考えて、言った。
「ヴィムみたいな犬、他に見たことがないのです」
「確かに、どんな犬を飼っても、ヴィムほど賢くはないから、がっかりするかもしれないなあ。猫にしておくか」
そう語るキンさんの目はいつもより明るく、ぼくは心の中でキンさん、がんばってと応援した。
ハドスン夫人は、あのときはごめんなさいねとヴィムを撫でている。ぼくは夫人に食事と服のお礼を言った。夫人は
「あの服、とてもあなたに似合っていましたよ」
と微笑んで言った。
ぼくは、ホームズさんに聞いた。
「ホームズさんがぼくに事件捜査のお手伝いをさせてくださったのは、ぼくが日本人で、目撃されていた男も東洋人だからですか」
ホームズさんが首を横に振った。
「いいや、まったく」
「じゃあ、どうして」
「考えてもみてごらん。しゃべる犬を抱えた不思議な風体の少年が突然現れたのだ。もし、わたしが小説の主人公なら、こんな少年を放っておくはずないだろうと思ったのさ」
ぼくは、ホームズさんのまるでパズルのような説明に、はあぁとため息とも何ともつかない声をもらした。しかし、気を取り直して、
「それから、もう一つ。本当にバリツなんて武術、習ったのですか」
ホームズさんはにやりとして、
「ときにはハッタリも有効だろう? あの大男は、わたしの構えを見て、一歩も動けなかったじゃないか」
と言った。
ぼくはハンチングをかぶりなおし、みんなを見まわして言った。
「みなさん、お見送りどうもありがとうございます。ぼくたちは、ロンドンでとってもいい経験ができました。みなさんにこころから感謝しています。お会いできてよかったです。きっとまた遊びに来ます。それまでどうかお元気で」
ヴィムが
「楽しかったです。みなさん、ありがとう」
と言って頭を下げた。そして、ウィギンスに声をかけた。
「元気で。君なら何にでもなれる」
ウィギンスは、晴れやかに笑ってうなずいた。
ぼくはヴィムをしっかりと抱き、あの部屋を思い浮かべ、そっと目を閉じた。




