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幕間Ⅱ 鉄の番犬と甘すぎる午餐(ティータイム)

 アトラクト王宮の、父王の目が届かぬ私庭。


 そこには、大陸の運命を左右する冷徹な軍師たちの姿はなく、ただ「過保護すぎる姉」と「振り回される周囲」の奇妙な光景があった。


「さあ、シオン。この特製ボロネーゼをお食べなさい。姉様が毒味……いえ、味の最終調整を三度重ねて、さらに栄養学的な最適解を導き出した逸品よ。さあ、あーんして」


「ね、姉様……。僕、もう自分でも食べられるよ。パラネス先生にも、王太子としての自立を促されているし……」


「パラネス? ああ、あの老いぼれね。後でジークに命じて、彼の椅子の脚を数ミリ削っておくわ。シオン、自立なんて十数年早くてよ。貴方はただ、姉様の愛を効率的に摂取して、健やかに育つことだけを考えなさい」


 アリスは、優雅な所作でスプーンをシオンの口元へ運ぶ。

 その瞳は、獲物を狙う鷹のような鋭さと、聖母のような慈愛が混ざり合った、実に言語化しがたい光景だった。


 その傍らで、リリアンは別の「実験」に興じていた。

 彼女が対峙しているのは、椅子に座らされ、石像のように微動だにしない鉄仮面の騎士クストである。


「ねえねえ、お面の人。お腹空かない? ずっとそのままだと、中身が干からびちゃうよ。ほら、私の特製スコーン、ここ(目のスリット)から入るかな?」


「リリアン。止せと言っている。それは騎士ではない、姫様の『道具』だ。……それと、そのスコーンは岩のように硬い。兵器としてなら及第点だが」


 ジークシールドが呆れたように口を挟むが、リリアンは止まらない。


「えー、ジーク師匠だって、さっきから一口も食べてないじゃないですか! ほら、お面の人も『食べたい』って言ってますよ。ね?(騎士の頭を強引に縦に振らせる)」


 鉄仮面の奥で、クストは深い困惑の中にいた。


 かつてアソセスの英雄だった彼が、いまや少女に頭を振らされ、硬いスコーンをスリットにねじ込まれそうになっている。

 声を出せない彼は、ただジークシールドへ「助けてくれ」という視線を送るが、ジークシールドはわざとらしく視線を逸らした。


「……私の契約には、番犬の食事補助は含まれていない」



「……全く。この庭だけは、時間の流れが腐っているようですな」


 背後から、皮肉たっぷりの声と共にパラネスが現れた。


 彼はアリスがシオンに「あーん」を強要している現場を冷ややかな目で見やる。


「姫様。シオン様の頬にソースがついております。そして、そちらの不気味な番犬にスコーンを詰め込むのは、管理コストの無駄ですぞ。壊れたら修理代がかさむ」


「パラネス、貴方という人は! シオンの頬についたソースは、後で私が聖遺物として保管……ゴホン、丁寧に拭き取る予定だったのに!」


 アリスは瞬時に「魔女」の表情に戻り、冷たい視線を軍師へ向けた。だが、その手は依然としてシオンの頭を撫で続けている。


「……リリアン。その『道具』がもしスコーンで喉を詰まらせて機能停止したら、貴女を代わりの番犬にするわよ」


「わあ、それも楽しそう! ジーク師匠、私、鉄仮面被ったら強くなれますか?」


「……勝手にしろ」


 ジークシールドは深く溜息をつき、隠し持ったナイフを磨き始めた。


  アリスの嘘、クストの絶望、アソセスの飢え。 そんな重苦しい現実が、この騒がしい午後の日差しの中で、束の間だけ「安っぽい喜劇」へと塗り替えられていく。


 アリスは、シオンの小さな手を握り締めながら、心の奥底で祈った。

 この嘘のような平穏が、明日には誰かの悲鳴で破られることを知りながら。



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