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嘘で戦争を止めた王女は、英雄を剥製にして平和を偽造する  作者: bebebe
第二部前幕 5年前 第一次アソセス戦争
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第四章 絶望の祭壇

 エルン峡谷でのクスト・レアの奮戦が、かろうじて稼ぎ出した数日間。


 その間に、大陸の命運を分かつ最終調停の場として、中立地「聖地エルマ」の白亜の神殿が選ばれた。

 神殿の中央に据えられた祭壇を囲むのは、互いに血を流し合い、憎悪を煮詰めた将軍たち。

 彼らの視線は、いかにして相手からより多くの領土を毟り取るかという、飢えた獣のそれであった。


「……均衡が保てん」


   バスタレインに指揮権を奪われ、もはや発言権を失ったエルビードが、青ざめた顔で、掠れた声を漏らした。

 アソセスを完全に滅ぼすにはガレスの被害が大きすぎ、ラインベルトの介入を許せば収穫が減る。

 暴力の化身(バスタレイン)が突き進むこの「殺戮」を終わらせ、兵を退かせるための「決定的な大義名分」が、見つかっていなかった。


「私が、その理由(名分)になりましょう」


 凛とした声が神殿の静寂を切り裂いた。


 アトラクト王妃エルザが、ゆっくりと祭壇へ歩みを進める。

 その白いドレスは、逃避行の汚れを帯びていたが、彼女が放つ「聖女」の気品は、その場にいた者たちを沈黙させるに十分だった。


「お母様……?」


 十二歳のアリスは、母の震える指先を握りしめた。

 背後には、何もわからず姉の服を掴んで震える五歳のシオンがいる。


「いいのよ、アリス。私が全ての罪を背負って消えれば、あの方たちも矛を収める理由ができる。それが私の『祈り』の答えなの」


 慈しむようにアリスの頬を撫で、自ら祭壇の短剣へと手を伸ばした。


 神殿の回廊で警護に就いていた十五歳の騎士見習い、クリス・エディンは、その光景を魂を揺さぶられる思いで見つめていた。

 彼にとって、これは正義の極致だった。

 一人の貴き女性が、大陸中の民の命を救うために、自らの命を捧げようとしている。


 (……これこそが騎士道の真髄だ。なんて気高く、美しいんだろう)


 クリスの瞳に映る世界は、まだ「正義」という名の輝きに満ちていた。


 彼はこの日、騎士としての「信義」と「自己犠牲」に人生を捧げることを誓った。

 彼には、祭壇の背後に潜む醜い利害関係など、露ほども見えていなかった。


 だが、十二歳のアリスは違った。


 泥に濡れた母の遺体の前で、アリスは涙を流さなかった。

 ただ、震える弟シオンの手を、痛いほど強く握りしめた。


 彼女は誓った。祈りは神の奇跡を起こさない。

 母は祈りで私たちを捨てた。祈りは何も救わない。

  私は絶対、母の様にはならない。


 聖女が愛した白亜の神殿に、祈りの代わりに「鉄」の冷たい沈黙が満ちていく。

  その日、一人の少女が死に、大陸を欺く「銀髪の毒」が産声を上げた。



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