序章-Ep.4 心の痛み
ちょっと文字数少ないです
「──────ッ!!」
延々と、妙に脳内で木霊するそんな慟哭の中。この一瞬の間だけで、一体どれほどの涙が地面に零れ落ちてしまったのだろう。
───無意識の内にそんな疑問を浮かべる私は、頬を伝う感触という名の違和感を、違和感として意識する事ができずにいた。
その理由というのも、大方の察しはつく。それはきっと、私の勘違い以外に他ならないだろう。
涙を流してしまっている今を、非日常的である筈のこの今を、私の身体は、それを『普段と何ら変わりのない日常』として処理していた。
「これじゃ、これじゃ何にも変わってないじゃない!!」
慟哭から僅かに時間が過ぎて。私は胎児の様に身体を丸めながら、草地に爪を立てつつも、憤りを孕んだ嘆きを零し始めた。
「何で皆私を無視していくの……! せめて、ぜめで一目だけでも、私を見でよぉ───!」
喉から吐き散らされたその怨嗟は、苦しむ私に一目もくれずに去っていったあの二人に向けられていた。
この異様な苦痛から助けてくれるのかと思った矢先。二人は私が触れる事すら許さずに見捨てて行った。いや、そもそもの話としてヤツらは苦しむ私なんて眼中に無かったのだろう。
何せ、先程記憶に新しくなった情景に映る二人は、様々な人の手垢が付きに付きまくったであろう、物語の感動的なワンシーンみたいな事をしていたのだから。
タダでさえ人が苦しんでいる最中にそんな事を?
ヤツらは、私が悶え苦しみながらそれを眺めているサマを見て馬鹿にしていたのだろうか?
「ぁ、ぐ……」
怒りが更び湧き上がった瞬間、不意にも苦痛が更に勢いを増す。
私の感情でも糧にして成長しているのか?とすら思える最悪なタイミングだ。ああ、最早思考すらもままならない。
「ァ、あぁぁ………ッ!!」
苦悶の表情が満面に広がり、自分の声がやけに反響する。頭痛と似たような痛みすらも感じてしまう程に。
───そんな中で薄く視界に映る私の手。それは土汚れどころか、土そのものに思える程に、酷く汚れていた。
辛うじて認識できる草地はところどころ抉れており、その要因は私の手によるものだと容易に想像がつく。
最も記憶に新しい私の顔は、今や見る影もないまでにぐちゃぐちゃな顔へと変貌している事だろう。
「ぃ、や…… ぁ、あァア────!」
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて────
誰かに救助される可能性も絶望的であろうに、尚も私は、そんな塵に覆い尽くされた希望へと手を伸ばし……伸ばし続けて助けを懇望する。
どんな人間にも、そんな言葉の数を数える事などできないくらいに。心の中の喉をも枯らしてしまうまで、声を濁らせながら『助けて』と無限に繰り返した。
────これでは、次の行動へ移そうなどというのは限りなく不可能に近い。
世界中の苦痛という苦痛を全てここに結集した様な、この世のものとは思えない強さの精神的な痛み。
胸が張り裂けそうで、頭が砕け散りそうで、臓物が焼き朽ちてしまいそうで、神経が溶け死にそうで、四肢が千切れてしまいそうで………
否。そんな苦痛なんてものは、生ぬるい限りだった。
己の意思で満足に身体も操れず、それに対抗する手段も持たぬまま、死ぬまで悶えるしかない。こんな生身の身体に襲いかかる不幸というのは、さながら地獄以上の地獄そのものだろう。
『死にたい』
ありとあらゆる全てに渡って繋がる億兆にも及ぶ繊維網。それらから伝播する極上の聲の湖沼の渦に、思わず呑み込まれて溺れてしまいそうだ。
己の身分も明かさぬ人々がとある個をひたすらに突き刺し、個が星の数ほど言葉を吐き散らす。再び人々が個を突き刺し、個が限界を迎えて死を頭に浮かべる。
どす黒い底無しの湖沼に生きる触手共の軍勢が、恵里を下へ下へと悪意のままに引き摺り込んでいく。
『死にたい』
苦痛に溺れる人を助けるのはいつだって人であるというのに、それなのにかの者らは尚も攻撃を続け、やがて死に導いていく。更には、それを行う同族をも増やしていき、そして死に導いていく。
呆れる程愚かで無意味な事だ。
『死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい』
血涙を流し、希望を胸中で乞いながら「死にたい」と、限界を迎え始めた身体がそう願うならば。
本当に、なんて無意味な事なのだろうか…………
「────カハラァッ!!」
刹那。私の背後から、そんな甲高くも幼さを感じられる声が響き渡った。
「っ……?!」
不意にも鼓膜を揺らした生の声に対して驚愕していると、頭の上を熱い何かが掠め通る。
その後、数秒程度だろうか。理解が追いつかぬまま、呆然と地面を眺めていると、耳を劈く様な爆発音が、前方から鳴り響いた。
衝撃波が来ると同時に顔を上げ、血涙で赤黒く染まり切った視界の中に前方の光景を映してみると……
「は……?」
地面が真っ黒に抉れ、この緑の世界にはとても似合わない黒い煙が、そこで立ち昇っていた。
『一体何が起きたのか?』『もうわけが分からない』『あれは何なのか?』『何が私の上を通り過ぎたのか?』
いつの間にか弱くなっていた矛盾の痛みを境に、津波の如く思考が脳内を埋め尽くす。湧き上がる疑問は次の疑問に覆われ、再び次へと覆い尽くされていく。
私の頭は、目の前の光景を処理し切れなかった。いや、理解を拒んだのだ。
理解してしまえば、自分がどんな状況下に置かれているのか分かってしまいそうで……それが、堪らなく怖かったのだ。
「………っ」
だが、そんな恐怖すらも、私の好奇心によって覆い尽くされてしまった。
目の前の爆発跡の原因がどんなものであるのか、知りたくて知りたくて………もしかしたら、それが人間であるかもしれないという可能性があったからだ。誰かの声が、聞こえたからだ。
唾を飲み込み、冷や汗を背筋に浮かべながら、ゆっくりと背後に視線を向けて見る。
────するとそこには、一人の子供が立っていた。




