序章-Ep.2 異世界(2)
注意
前話の改稿からある程度経っている他、書き直しが続いていたので、この回は描写等に違和感を感じるかもしれません。
────理由も無く奇行を繰り返し始めてから数分後
「あーーーー…………」
私は先程の意味不明な行動の連続とは打って変わって、ただ単に地面に寝そべり、ぼんやりと空を仰いでいた。
無駄に身体を動かしていたせいか、頭の奥がじんわりと疲れているのが分かる──何せ何度も頭を上げ下げしていたのだから、こうなるのも当たり前かもしれないが──
これ以上何かを考えようとしても、そんな疲れから思考がまともにできず、考えようとした事すら忘れたり等で空回りするだけだった。
「おそらきれー……」
恐ろしく間の抜けた声が無意識に零れ、同時に、風が運ぶ草花の匂いが鼻腔をくすぐる。
果てしなく広がる宝石の様な碧。雲ひとつ無い晴天。羨んでしまいそうになる程に美しい自然の芸術の数々が、視界全体に広がっている。
これを見て思うことといえば……
「───この空は先程行っていた私の奇行を嘲笑っていたのだろうか?」「それともこの空は、私の奇行を近年稀に見る珍しいタイプの儀式として捉えていたのだろうか?」などといったものだ。
傍から見ても自分から見てもくだらない。しかしながら、今の私が考えられる事なんてものは、せいぜいこの程度……要するに愚かだ。
「なにしてんだろ、わたし」
とりあえず転移からどれくらい経ったか考えてみようか? 食べるものはどうしようか? それともいっその事彷徨ってしまおうか……?
地図さえあれば、わざわざこんな事を考えるわけもなかろうに……
「───そういえば、スマホとかカバンってどこやったっけ……」
頭が疲れているからなのか、モヤがかかったようにあまり思い出せそうにない。──少し経てば思い出せそうな気がするが……なんというか、それすらも面倒だ。
いやはや、我ながらなんと怠惰な人間であろうか……強欲と怠惰、これに加えてあと五つも揃えばパーフェクトだ。うむ、まだ先は長いな。
「んー、いっその事悪役系の主人公として活躍するのもアリかな? 正義は勝つ!とかで退場しそうな予感もするけど」
大体悪役になるとしても、一体何すればいいんだろうか?──野盗とかかな?
「───いや、やっぱりそれはなんか負け犬感がするなぁ……野盗は却下でいいか」
「まあ、そもそもヒャッハー!する主人公なんてどこにいるんだって話だけど」
そんな事をつぶやき、鼻で笑い飛ばす。
私は「暇だ」と言葉を続け、空を飛び回る鳥を何も考えずに見詰める。
………不意に手を持ち上げ、視線を遮ったその掌に、残念そうな声色で言葉を投げる。
「魔法、使えなかったなぁ……」
実を言うと、私は先程まで奇行を繰り返している中で、何度か魔法を試してもいた。
例えばポージング。『何かポーズを取っていなければ発動しないのでは』と考えての試行で、当然成功はしなかった。
他にも『魔力やらを集めていなければ発動しないのでは』とか『そもそも詠唱内容とか適性属性が違うのでは』とか色々と試した。
結果、それぞれ『妄想の中で魔力を集めていただけ』だったからなのか成功しなかったり、
『炎は勿論氷、土、風』とかの属性を試したり、どこぞの竜な冒険で登場する呪文……メラメラとかの擬音を略したやつ……とかを試したりしても、成功しなかった。
「───。やっぱり適性の違いとか、魔力の量とか……あと詠唱とかも違うんだろうな」
「ま、人生そう簡単には行くワケもないか……」
そんな事を呟くと、私は「よいしょっ」と声に出しながら身体を起こす。
「ここでクヨクヨしててもしょうがない……まあ当てはないけど、歩いてれば何か見つかるか」
そう考え、私はひとまずといった具合にこの草原を放浪する事にした。
何もせずに倒れるより、何かをして倒れる方がずっと格好いい。どこかで聞いた様な言葉に対して裏で感謝しつつ、私は前へと歩み出す。
◇◇◇
「ア"ァァーーーー!!もう!」
「ここいくら何でも広すぎでしょ?!」
どうやら現実は思った以上に私に非情であったらしい。
あれからかなり経ったのだが、小さな木もおろか、そこら辺にある筈の石ころも見つけられない。なんなら、移動する前の方がもっとマシなくらいだ。
………以前と比べて悪化しているのを見るに、余計な事はすべきではなかったようだ。
「あー、もう歩きたくない……!」
後ろに倒れ込みながら、言葉を言い切る。
やがて『酸素を寄越せ』と叫ぶ肺が、空気を取り込む速度を更に加速させた。
「私かなり歩いたよ?なんなら体感三時間くらい歩いたんだよ? そう三時間だよ三時間!!」
「なのになんでこんな何も見つかんないワケ?!」
やたらと広い大草原なだけあり、視界を遮るものは殆ど無い。あるとしても、たまにそこらで確認できる大小様々な丘くらいだ。
それは良いとして、ここまで何時間も歩き続けているというのに何も見つからなかったのだ。どんな決意をしたとて、同じ景色が続いたならば叫びたくもなるし、狂ってもおかしくないだろう。
「はぁー………もー無理……歩き過ぎてもー足がパンパン……」
何時間も動いていたせいか、私の身体は疲労困憊。
このまま続けて練り歩いてしまえば、いつ足が使い物にならなってもおかしくないだろう。
「きゅーけーしないと………さすがに…疲れ過ぎて、しぬ……」
徒歩による疲労で死ぬなんて聞いた事無いが、とにかく体感ではそれくらい疲れている。
我ながらよくやった。ここまで歩けたのは奇跡に近いと言えるだろう。
「ていうか、こんなに歩いたのは初めてだよ……? さっきまで引きこもりだった人間には、流石にキツイものがあるよコレ……っ!」
「一歩進めば草でチクチクして鬱陶しいし、太陽のせいでなんか蒸し暑くなるし。──何より、なんかデカくてすんごい臭い虫が出てきて最悪だったしさぁ……!」
全く、ほんと何なのだろうかあのカメムシモドキは?
私を見るや否や、|腐った牛乳を拭いた雑巾と吐瀉物を煮詰めて《少しでも嗅いだら吐き気を催す》、|茶色い例の排泄物で出汁が取られた汁物みたいな《怪物の如き驚異的な》悪臭を放出しやがってからに………鼻にスコップでも突っ込まれてるのかと思ったじゃないか。
あと、私にあの加齢臭を百倍くらいにした芳しき香ばしさが残ってしまったらどうしてくれるというのだ。あの臭いは多分誰もが嫌うキモさだぞ?
「ぅ、思い出したら吐き気が……」
カメムシモドキへの文句を脳内で繰り広げていると……不意にもあの悪臭が、架空として鼻腔に蘇る。
それによってか、胃がひっくり返る様な不快感が顕著に身体へ現れ、その臭いを耐える準備なんてものをやっていなかった私は、吐き気を催して口を抑えた。
おのれカメムシモドキ……! 一、二時間くらい経った後ですら影響を与えてくるなんてすんごくタチが悪いな!
全く、異世界クオリティここに極まれりというヤツなのだろうか? なんと傍迷惑な事か。私をゲロインにしたら最低極まりないぞマジで!
「───判決を下す。加齢臭百倍君……もといカレヒャク君は、やはり死刑だ……!」
「ふふん」とでも言う様に、裁判官が木槌を打つような素振りで…疲れを隠してしまう程に嬉々とした表情をしながら…草を叩くと、私は理不尽に件の虫に対して死刑を宣告する。
加齢臭百倍君が悪臭を放出するのが悪い、とそう思っていたので、そこまで罪悪感は湧かなかったし、今そう思ったので少なからずは罪悪感があったかもしれない。
何の権利があって罰則を宣告してきているのか?と、加齢臭百倍君は異議を申し立てるのであろうが……異議を立てたとて、キミの犯した罪は決して赦される事はないのだ。
「───そう、変な臭いが付くのは女の子にとって死と同義……ッ!」
「キミの犯してしまった罪は殺人と同等レベルのモノなのだよカレヒャク君……! うん、つまり重罪だよ重罪ッ!!」
腕を組み、うんうんと頷きながらそんな屁理屈を捏ねる。
いやはや……我ながら思想が強いな。
とは言えども、悪臭を放つ女の子が将来彼ピを作れるかどうかは怪しいところなので、それを否定する事はできそうにない。不幸中の幸いにも、ゲロイン化は未遂に終わったのでなんとか助かった。
もし色々と終わってしまった子を愛せる人が居るのなら、私は素直に尊敬しよう……だが、「まずそれはそれとして」。
「はぁ……ほんっとに疲れた………」
私は『それはそれとして』などと言って思考を切り替えると、どこか情けなさを感じる、そんな言葉を零した。
まさかこれだけ練り歩いて、それで何一つ見つからないとは思いもひなかった。
『何かをした方が格好いい』なんて息巻いてたクセに、最後の最後まで歩気通すことができないとは……
あの時の私はなんと浅はかで愚かだったのだろう、と自虐したくなる。ただ、これは休憩なのでノーカンという事にしておこう……ッ!
────いやはや、この様子だと身体能力の鬼バフ補正とかも無さそうですな……まあ私から見れば、これだけ歩けるだけでも奇跡に相当する程なんだけど、言うなれば運動不足解消補正だろうか?
なんとも発音がムズい単語だな。
「にしても……異世界モノはまあ確定だとして。こう、異世界転移補正?とかなんかのチートボーナスがあってもいいと思うんだけど……」
「それ結局なんなのよ……あるのかどうかも分からない状況だし、実際に貰ったやつは運動不足解消とかかなり雑。結局一般人と何ら変わりないのがほんとに酷いんだよなぁ……?」
『鬼バフ補正』やら『イカレた火力の魔法への適性』やらあったら文句なんてものは無かったのに、運命様はそれに唾吐いて踏み潰してきやがった。
それで『お前にはこれで十分だ』とでも言う様に、与えられたのはこの地味な変化だけときた。
これでは異世界で無双パテーンを実行できないし、それで圧倒的な力を寄越さなかった世界には、恨み言を吐いてしまいたい。
「とりあえず、我最強の力を求む……!みたいなノリで行けば、いつかは規格外の強さになれるのかな? ラノベなら大体この展開で行けるだろし」
───いやナシだな。努力で成り上がるっていうのはいつの日になるのやら分からないし。
………一旦その話は置いとくとして。まずチートが無いなら、せめて何かイベントがあれば良かったのだが、結局今のところはそれも無し。
ここまでで発生したイベントがほぼゼロなのはあまりにも酷すぎる。異世界転移モノなのに、私をもてなす気があんまし無いのはどこか心にクるものがある。
「はぁ……結局、どこぞのデカ虫以外は特に何かが見つかる事も殆どなかったし、見つけた物と言えば四葉のクローバーくらいかぁ……」
上半身を起こし、先程通りすがりに採ったそのクローバーを、ローブのポケットから取り出してクルクルと指で回す。
今考えてみれば、これを発見する事ができている辺りを見るに、私の幸運度はある程度高いとも言えるだろう。──少なくとも、あの虫の大群よりかは良いに違いない。
「っていうか、そもそもとして私の初期装備いくらなんでも貧弱過ぎない? なんならろくに魔法も使えないし。──ただ一つ変わった身体能力だって一般人程度だっていうのに……」
「んでもって転移したは良いよ? 服だって変わっちゃってるけども、それもまあ良しとするとしましてからに? まず私の持ち物はどこに行っちゃったワケですかね!?」
疲労で口調が変になったが、それはどうでもいい。
まず一応、初期地点ではカバン等も含めて、軽く周囲の探索はした。だが、『何の成果もッ!得られませんでしたァーッ!』とも叫びたくなるくらい、呆れる程何も見つからなかった。
あと遠方にあった丘については二度と近づきたくない。探す時に行きはしたが、本当に思い出したくない。
あったのは、よく分からない身体構造をした色んな種類の蟲が数十……いや百以上は居た程度。
私から見ればそいつらは勿論気持ちが悪かったし、件の丘について分かりやすく例えてみるならば、それはさしずめグロい宝物庫だ。
思えば、その時なんとなく命名もしたっけ。虫丘ツリーハウス。
我ながらなんと分かりやすい名前だろうか。恐らくはどこぞのカレヒャク君も住んでいるんだろうし、きっと私の記憶に深く刻まれるに違いない。
────話は戻るが、私の持ち物は本当にどこに行ったのだろうか? 念の為、初期地点からある程度歩いた辺りから何度か探しはしたのだが………
無論、それで見つかったのはこの四葉のクローバーだけ。成果は、今の状況では何の役にも立たない幸運の雑草と言ったところ。
「持ち物をどっかに無くしたプラス、異世界転移モノなのに魔法とかも使用不可ときた。あー、詰み展開もいいところだなコレ……」
「───。魔法使えないなら使えないならで、せめて聖剣なり魔剣なり、もしくはなんかすんごい杖なりなんなり………そういう、とんでもアイテムくらい持たせてくれたっていいでしょーに」
そういえば、ここまで来る以前に神様とか人様の一人とも会ってないな……
あはは、せめて私のヒーロー役の男の人と会いたいものですな。本当に会えるのであれば白馬の王子様とかが理想なんだけども。
けど、そんな思いとは裏腹に誰かと出会う素振りは無いわけで、一番出会いそうなのは魔獣みたいなのとかなのがね……
どこぞの『やまのくまさん』か何かみたいなノリで出くわすのは、かなり勘弁したいところだ。
「………やっぱりアレかな?『ちょっと服装が変わっちゃう時にね!持ち物も一緒に消えてっちゃいましたぁ!いやー、残ー念!』みたいな感じなのかな?」
早口で、元気たっぷりの子供の様な声色でそんなモノマネをする。
「───なんか……自分で言っててあれだけど、ちょこっとばかし煽られてる感じが凄いなぁ……」
溜息をつきながら、自嘲気味にそんな事を呟く。次に、私は大の字になるようにして四肢を広げながら、地に身を預けた。
空を仰ぎ、身体全体を使って一身に受け止める太陽光はとても暖かく……いや暑いな。にしても暑いな……
四季でいえば、ここら一帯は夏の季節と言ったところだろうか?
「日焼け止めでも塗っていればよかったかも……」
紫外線はお肌の天敵だというのに困ったものだ……
だが悲しいかな。そんな事を気にしたとて、生憎とそんなものはカバンと共にどこかへ消えている。
日焼け止めを塗りたいというのに、手元にそれが無いが故に塗れないという、このやりきれない虚しさ。今日は本当につくづく運が悪い。
この様子だと、運気の大規模な消費=異世界転移の可能性が大だな……?
───少しすると、私はやるせない気持ちのままで、手元のクローバーをゆっくりと持ち上げた。
何を思ったのか、私はそれを眼前に近づけて太陽にかざし、ぼんやりと観察を始める。
「───いやー、我が人生に幸あれってノリで探してみはしたけど、意外とこういうクローバーって異世界にもあるものなんだなー……」
零れたのは、感心した様な口ぶりでありながら、どこかつまらなそうに聞こえる言葉だ。
転移から今に至るまで…と言っても、たった数時間程度しか経っていないのだが…私は何をしてきたのだろうか。
思えば、殆ど何もしてこなかった気もするし、何かしたような気もしている。
───私がやった事は何か?と聞かれて思い当たるのは、チートボーナスの確認に、周囲の探索……思いつく限りではこの二つだ。なんなら、後者の方がやった事の大半を占めているので、後者の方だけと言っても過言ではない。
そんな事を考えている内、私は最終的に『自分は一体何をやっているのか?』などという考えに思い至った。今の自分の有様が、馬鹿らしく思えてきたのだ。
「…………あーあ、ほんと何が幸運なのやら? やっぱり迷信は迷信か」
果てに、そんな気持ちが言葉で吐き出される。
直後、私はシロツメクサをそこらへ捨てようと考え、雑なモノを扱うように腕を横に振るおうとした。
「────」
「────いややっぱり……なんかもったいないなぁ……」
何なのだろうかこのやりきれない気持ちは……?
我ながら優柔不断だ。決心したとしても、次の瞬間にはクルリと手の平返しなのだから……
まあただ、折角見つけた四葉というレアモノをポイと捨ててしまうのは何だか気が引ける。仮に幸運という迷信が本当だったら、それは幸運を投げ捨てると同義に違いない。
故に、今回は仕方ないと言うべきだろう。
「はーぁあ……」
と欠伸紛れに身体を伸ばしながら、私は退屈を紡ぐ。
「なんか退屈だー………なんかもう、地震の一つや二つくらい起きてくれた方がいい気もしてきたし……」
ポケットにクローバーを優しく詰めつつ、冗談めかした様にそんな事を呟く。
天に視線を戻せば、視界に広がる空には小さくて細かい雲が何個か浮かんでいるのが見える。──人が歩いているみたく、ゆっくりと動くその雲に対して『雲って何も考えずに空を飛んでるから羨ましい』などと私は思いながら、じっとそれを見詰めた。
「───って、私は何バカな事考えてるんだろ」
何分かした後、私は目を閉じて、悟ったような自嘲する口ぶりを取る。次に、私は表情をややおどけたようなものへと変えてみせると、
「やっぱり事が起こるなら、地震じゃなくて大爆発とかでしょっ!」
などと、聞く人が聞けばどこかで怒られそうな発言をする。
…………ハハ、私には環境破壊願望でもあるのだろうか?
なんと不謹慎な事か……まあ何にせよ、地震なんて先に言っておいて少しアレではあるが、この考えは少しでも改めなければなるまい。
いつかこの世界にある環境保護団体?か何かに、モノを申されてしまいそうだ。
「ま、とりあえずさっきの地震なんちゃらは取り消すとして──」
不謹慎な願望を振り払うように、背伸びをしながら区切りをつける事で思考を切り替える。
「せっかく誰もいない贅沢な空間にいるんだ。たまには主人公ポジらしく、少しは高尚な事やらやった方がいいよねっ!」
一応『謎循環奇行』は無かった事にしておくとしよう……あれを立派だなんて、お世辞にも言い難いし絶対に言えない。最早こんなの黒歴史だよ。
そうして、あるものを論外だと黒歴史だと決めつけつつも、私はそっと目を閉じて周囲の環境音に耳を傾けてみた。
私が始める自称高尚な事とは所謂……『自然の聲』を聴く、というヤツだ。




